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【ナゼそこ?】山梨の小菅村で自宅全焼の原因と再起の山暮らし…小島さん夫婦の6畳ログハウス移住物語|2026年3月5日

ナゼそこ?

山梨の山奥で見つかった「ナゼそこ?」な暮らし

テレビ東京のバラエティ番組「ナゼそこ?」は、「どうしてこんな場所に人が住んでいるのか」という素朴な疑問からスタートする番組です。スタッフが日本各地の秘境や山奥を歩き回り、予想もできない人生ドラマを掘り起こしていきます。

今回の舞台は山梨県小菅村。多摩川の源流部にあたる、人口約600人台の小さな山村で、面積の約95%が森林という、まさに「山に抱かれた村」です。

都心から車でおよそ2時間ほどで着く場所ですが、まわりをぐるりと山に囲まれた風景は、都会の感覚とはまったく別世界です。澄んだ川、深い森、急な山肌。ここで見つかったのが、番組が思わずカメラを向けた「ナゼここに?」という暮らしでした。

山の斜面にぽつんと立つ小さな家。そこには、立派な長いひげをたくわえた82歳の男性と、その奥さんが暮らしていました。番組は、この夫婦の山暮らしと、そこに隠された自宅全焼の物語を追いかけます。

82歳・小島さん夫婦がたどり着いた山梨県小菅村という場所

小島さん夫婦が暮らしているのは、山梨県北都留郡にある小菅村です。小菅村は多摩川の源流に位置し、村を流れる小菅川は、やがて東京都の水がめである奥多摩湖へと注ぎ、その先で多摩川となって東京湾まで流れていきます。

村のほとんどは山林で、標高も高く、冬は雪が積もる日も多い地域です。山の斜面に軒を連ねる集落は、昔ながらの日本の山村そのもの。人口減少と高齢化が進む一方で、近年は移住者を受け入れ、地域を支えようとする動きも生まれています。

そんな山村に移り住んだ小島さんは、82歳という年齢になっても、山の暮らしを自分の足で営んでいます。薪を運び、畑を手入れし、家のまわりを整える。便利さからは遠い生活ですが、画面からは、自然とともに生きることを選んだ人だけが持つ、ゆったりとした時間の流れが伝わってきます。

山の村での生活は、天気や気温に大きく左右されます。雪や大雨が続けば、道が通れなくなることもあります。それでもこの場所を選ぶ人たちがいるのは、静けさや自然の豊かさ、そして人と人との距離の近さに魅力を感じるからです。小菅村でも、移住者と地元の人が一緒に村づくりを進める取り組みが行われていて、単なる「田舎暮らし」以上の意味を持ち始めています。

東京・目白の園芸店から収入ゼロへ…人生が揺れた転機

意外なのは、この山の暮らしが、もともと「田舎育ち」の人のものではないということです。小島さん夫婦は、かつて東京・目白で園芸店を経営していたと紹介されます。

目白は、東京都豊島区にある、都内でも指折りの高級住宅街として知られるエリアです。由緒ある寺院や学習院大学などの教育機関が並び、落ち着いた街並みと良好な治安、緑の多さが特徴の、静かな文教地区です。

そんな目白で園芸店を営んでいた小島さん夫婦。街路樹やガーデニングの需要もあり、当初は順調な時期もあったことでしょう。ところが、40歳の頃、店の収入がゼロになってしまったと番組は伝えます。

景気の変動や、ライフスタイルの変化で、個人の園芸店には厳しい時代が訪れました。大型ホームセンターやネット通販が伸びるにつれて、街の小さな店は、価格や品ぞろえで競争することが難しくなっていきます。園芸業界全体でも、都市部の小規模店舗が次々に姿を消した時期がありました。

小島さん夫婦も、その波にのまれたひと組です。都会での商売がうまくいかなくなり、生活の基盤が崩れたことで、「どこで、どう暮らすのか」という根本的な問いと向き合うことになります。その答えのひとつが、山梨の山村への移住でした。

1年3カ月前の自宅全焼…何もかも失った火事の真相

しかし、小菅村での山暮らしが順風満帆だったわけではありません。番組の大きなテーマとなるのが、自宅全焼という出来事です。

82歳になる少し前、つまり81歳の頃、小島さん夫婦の家で火事が起きました。番組紹介では、「何もかも燃えた」と語られるほどの火災で、家も財産もいっぺんに失ってしまったと伝えられています。

山村の家は、木材が多く使われていることが多く、ひとたび火が広がると、あっというまに燃え広がってしまいます。都市部に比べて消防署が遠い地域では、通報から消火活動が始まるまでの時間が長くなり、その分被害も大きくなりがちです。

番組では、「本当にあった恐怖の出火原因とは?」という言葉で、火事のきっかけにも踏み込みます。
山暮らしでは、薪ストーブや灯油ストーブ、ガスボンベ、発電機など、火や燃料を使う場面が多くなります。全国的にも、こうした暖房器具やコンセントのたこ足配線、ガス機器の不具合などが、住宅火災の原因としてよく報告されています。

山の中で家を失うということは、単に「家が焼けた」というだけではありません。そこに置いてあった衣類、思い出の写真、道具、そして暮らしのリズムそのものが奪われます。小島さん夫婦も、長年積み重ねてきた生活の多くを、短い時間で失ってしまいました。

6畳ログハウスで始まったセカンドライフと夫婦の支え合い

それでも小島さん夫婦は、山を離れませんでした。番組紹介には、6畳のログハウスで再出発したと書かれています。

6畳という広さは、決して大きくありません。そこにキッチン、寝る場所、荷物をおさめて暮らすには、ものを厳しく選び、生活動線を工夫する必要があります。

ログハウスは、丸太や角材を組み上げて作る木の家です。木材の断熱性のおかげで、寒冷地でも暖かさを保ちやすく、適切なメンテナンスをすれば長く住むことができます。一方で、湿気や虫対策、火の取り扱いには細心の注意が必要です。

番組では、夫婦がこの小さなログハウスの中で、どんなふうに暮らしを立て直しているのかが描かれます。

朝起きて、薪をくべ、簡素な台所で食事を作る。畑や山の手入れをしながら、必要なものを自分たちの手で補っていく。便利さこそ少ないけれど、視線の先にはいつも相手の姿があり、「ふたりでまたやり直している」という空気が伝わる暮らしです。

火事のあと、多くの人は心が折れてもおかしくありません。それでも、小島さんは長いひげをたくわえ、ユーモアを交えた言葉を返し、奥さんもそれに寄り添うように笑顔を見せます。番組は、山の中の小さなログハウスから、夫婦の絆というテーマを浮かび上がらせていきます。

山梨の山中で「水道なし生活」を送る30代家族の選択

もうひとつの取材対象は、同じ山梨の山中で暮らす30代家族です。こちらは、なんと「水道なし生活」を選んでいると紹介されています。

山の生活では、もともと上水道が整っていない地域もあります。その場合、湧き水をひいたり、沢から水を取り込んだり、雨水をためて生活用水にしたりと、昔ながらの方法を工夫しながら使います。

日本各地でも、山村や離島などで、井戸や沢水を自分で管理しながら暮らす家は少なくありません。水質検査や配管の管理も自分たちの責任になるので、都市の水道とは違った知識と手間が必要です。

番組は、この30代家族がなぜあえて「水道なし」の暮らしを選んだのかに迫ります。仕事はどうしているのか。子どもがいるなら、学校や医療はどうしているのか。

多くの人が「不便そう」と感じる暮らしを、あえて選ぶ理由には、自然のそばで子どもを育てたい、家族の時間を大切にしたい、生活コストをおさえたいなど、さまざまな思いが重なっています。

画面からは、山の空気の冷たさや、水の冷たさ、そして手間がかかる暮らしだからこそ感じられる充実感のようなものが伝わってきます。

番組「ナゼそこ?」が映す山暮らしの現実と覚悟

番組を通して浮かび上がるのは、「山暮らし=ゆったりした癒やし」という一面的なイメージではありません。山梨の山奥で暮らす人たちは、たくさんのリスクと向き合いながら生活しています。

収入がゼロになったとき、家が火事で燃えてしまったとき、水道がない場所を生活の場に選ぶとき。そこには、覚悟や工夫、そして周囲の支えが欠かせません。

同時に、山村での暮らしは、都市では得られないものも与えてくれます。川のせせらぎ、星空、季節の移り変わりを体で感じる日常。隣近所との距離の近さ。自分の手で薪を割り、畑を耕すことで得られる実感。

ナゼそこ?は、そうした「なぜその場所を選び、どう生きているのか」という問いを、山梨県小菅村の移住者夫婦と、山中で水道なし生活を送る30代家族の姿から描き出します。

記事として読むとき、視聴者はきっと、自分ならどんな場所で、どんな覚悟で暮らしたいかを考えさせられるはずです。火事からの再起、山村への移住、そして不便を選ぶ生き方。どのテーマも、今の時代の「生き方の選び方」に直結する物語になっています。

この回は、「山の中で暮らす人たちの物語」としてだけでなく、「自分のこれから」を考えるきっかけにもなる放送回だといえます。

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