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【アナザースカイ】河合郁人が思い出深い福島県いわき市へ!亡き祖母と交わした約束に涙|いわき・ら・ら・ミュウ食べ歩きと関の湯の家族の記憶|2026年1月31日

アナザースカイ

河合郁人が帰った“心の原点”いわき市の物語

このページでは『アナザースカイ(2026年1月31日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。

母の故郷・福島県いわき市へ向かった河合郁人。幼い頃に毎年のように通った祖父母の家、海の匂い、そして胸に残り続ける家族との時間。
久しぶりの再訪でよみがえる思い出は温かく、そして少し切ないものでした。

祖父母との約束、芸能界での長い挑戦、今の自分を支える“原点”。
そのすべてがいわきの景色とともに立ち上がる、心に残る旅となっていました。

河合郁人と福島・いわき市、祖父母の家に刻まれた原点

今回のアナザースカイは、河合郁人が“自分の原点”として語る福島県いわき市への旅でした。
母の故郷であるいわきは、子どもの頃から何度も通った場所で、裕福ではなかった家庭にとって「旅行」といえば、いつも祖父母の家があるいわきだけ。海の匂い、家族で向かった長距離ドライブ、玄関で迎えてくれる祖父母の笑顔——すべてが彼の「休みの記憶」として強く焼き付いています。

礼儀作法を教えてくれたのは祖父でした。挨拶の仕方、目上の人との距離の取り方、食卓での振る舞い…。今のバラエティ番組で見せる立ち居振る舞いの土台は、いわきで過ごした時間にあると断言できます。
ジャニーズのオーディションを受けてからは、多忙さもあって何年もいわきに行けなくなり、その空白の時間が逆に「帰れなかった」という負い目として心に残ります。そして祖父の訃報を受け、家族5人で車を走らせて向かったいわき。久しぶりに見る町並みや海の景色が、悲しみの中でも「帰ってきた」という感覚を呼び起こす場所になりました。

いわき市は太平洋に面した港町で、水産業と温泉、観光の街としても知られています。スパリゾートハワイアンズや水族館「アクアマリンふくしま」、小名浜港周辺の観光施設など、海と共に歩んできた土地柄で、海産物を中心とした食文化も非常に豊かです。こうした土地の“匂い”が、河合の幼少期から今に至るまで、確かなルーツとして息づいているのが、この回からはっきりと伝わります。

道の駅いわき・ら・ら・ミュウとメヒカリに出会う郷土グルメ旅

いわきの味を代表するスポットとして登場したのが、道の駅いわき・ら・ら・ミュウです。小名浜港に面した大型の観光物産センターで、新鮮な魚介類の市場、海鮮レストラン、お土産店、バーベキューゾーン、子どもの遊び場、ミュージアムなどが一体になった“海と魚のテーマパーク”のような施設です。

番組では、河合がここを訪れ、貝やだし巻き卵を食べ歩きながら、いわきの海の幸を存分に満喫していました。スタジオでは、いわき市のシンボル的な魚でもあるメヒカリの唐揚げを試食。メヒカリは深海性の小型魚で、いわき市の魚にも選定されている存在。脂がほどよくのっていて、薄塩で干してから焼き魚や丸ごとの唐揚げにするのが定番の食べ方で、外はサクッと、中はふんわりとした独特の食感が魅力です。

ら・ら・ミュウの館内には、海鮮丼や刺身、煮魚、揚げ物など、いわきならではの魚料理を出す店が多数並びます。海鮮市場通りで魚を選び、そのままバーベキューゾーンで焼いて食べられるサービスもあり、「港に来たからには海鮮をがっつり食べたい」という願望を一気に満たしてくれる場所です。

各地でレギュラー番組を持つ河合は、「世界にも行きたいが、まずは日本を制覇したい」「どこに行っても分かる存在になりたい」と語ります。日本各地のロケで鍛えられた“食リポの経験値”を総動員しながら、いわきの魚を味わうその姿は、タレントとしての顔と、母の故郷に帰ってきた一人の孫としての顔が重なり合う、印象的なシーンでした。

勿来温泉 関の湯で重なり合う家族の時間と「売れてやる」という誓い

祖父が亡くなったあと、親戚一同が集まる場所になったのが、勿来温泉 関の湯です。太平洋を目前に望む日帰り温泉・宿泊施設で、天然温泉風呂や露天風呂、薬湯風呂、サウナなど、13種類ものお風呂が楽しめるのが大きな特徴。泉質は塩化物温泉で、切り傷ややけど、慢性皮膚病、慢性婦人病などへの効能が期待されるとされています。

河合の家族は、この関の湯に集まり、海を眺めながら食事をし、祖母を囲んで語り合う時間を過ごしてきました。雄大な海を目の前にした温泉という非日常の空間で、親戚たちが一堂に会する——それは、東京で走り続ける河合にとって、家族の温もりと故郷の“拠り所”を同時に感じる場所でもあります。

番組内では、河合がまだ売れていなかった時期に、入院中の祖母から「売れないとばあちゃん死んじゃうからね」と冗談交じりに言われていたエピソードが語られました。祖母の死を前に、「売れなかったから死んじゃったのかな」と自分を責めるような気持ちを抱えながらも、その言葉を「絶対売れてやろう」という誓いに変えていったことが明かされます。
太平洋を望む露天風呂のように、視界が一気に開けるこの場所で、「絶対に前に進む」と心に決めた瞬間が何度もあったのだろうと想像させる、非常にドラマチックなロケ地です。

A.B.C-Z時代からソロへ ものまねで切り開いたブレイクストーリー

河合郁人は、ジャニーズJr.時代の長い下積みを経て、2012年にA.B.C-ZとしてCDデビューしました。しかし、デビュー後も即座に大ブレイクしたわけではなく、バラエティ番組で爪痕を残すために、自らの武器を模索する日々が続きます。

そこでたどり着いたのが、先輩アイドルのものまねでした。特にSMAPや木村拓哉らの特徴をつかんだものまねは、「似ているのに愛がある」「ジャニーズを一番よく分かっている男」と評され、バラエティ番組で一気に存在感を発揮します。こうした活躍により、2020年にはテレビ番組出演本数が前年比5倍に跳ね上がるほど、引っ張りだこの存在になりました。

その後、2023年には長年所属したA.B.C-Zを脱退し、グループ活動から一歩離れてソロとしての道を歩み始めます。事務所には残りつつも、自らの名前で勝負する覚悟を固めたタイミングでのアナザースカイ出演は、彼にとっても大きな意味を持つロケだったはずです。
いわきで過ごした時間、祖父母や家族との記憶、そして「売れてやろう」と誓った関の湯での日々。そのすべてが、現在のマルチな活躍へとつながる一本の線として、番組の中で鮮やかに浮かび上がっていました。

38歳・河合郁人が母のお雑煮に込めた、天国の祖父母へのメッセージ

ラストシーンで印象的だったのが、38歳になった河合が、母のお雑煮をいわきで再現する場面です。スマホのビデオ通話越しに母と繋がりながら、鶏肉とゴボウ、人参、大根などの野菜を炒め、水とだしを加えて温め、酒・醤油・みりんで味を整える。最後にお餅と三ツ葉を入れて仕上げるという家庭の味は、彼にとって“いわきと家族をつなぐ一皿”そのものです。

祖父母の家で食べたお雑煮の記憶を抱きしめながら、「ゴールデンタイムでMCをしている自分の姿を、天国のおじいちゃんおばあちゃんに見せたい」と語る河合。さらに「バズりすぎると終わっちゃう気がするから、ちょうどいいところにいたい」という本音も打ち明けます。
一気に燃え上がる人気よりも、長く続いていく信頼と仕事。それは、いわきで重ねてきた家族との時間のように、ゆっくりと積み重ねていきたいという願いにも聞こえます。

母のレシピをなぞるように鍋をかき混ぜる姿には、タレントとしての華やかな顔だけでなく、一人の息子・一人の孫としての素朴な表情が滲んでいました。祖父母との約束を胸に、福島・いわき市という原点から、次のステージへと踏み出していく——今回のアナザースカイは、そんな河合郁人の“人生の現在地”を鮮やかに描き出した回でした。

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