迷い道の先にある親子の答え
このページでは『ザ・ノンフィクション 父と娘のキッチンカー物語 後編〜夢を乗せた迷い道〜(2026年2月22日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。
夢を乗せて走り出したキッチンカー。順調だったはずのスタートは、平日の苦戦や恋人の存在をきっかけに少しずつ揺らいでいきます。自立したい娘と成功を願う父。すれ違う親子が本音で向き合うまでの道のりを追います。
JAさいかつ「べじ太くん」から始まったオリジナルホットサンドの挑戦
恵夢さんのキッチンカーが最初に力を入れたのは、父の人脈を生かしたイベント出店でした。
その舞台のひとつが、埼玉県三郷市にある 三郷直売所「べじ太くん」。
ここは さいかつ農業協同組合 が運営する農産物直売所で、地元・三郷市の農家さんが毎日新鮮な野菜を持ち込むお店です。
住所は三郷市幸房101、武蔵野線・三郷駅から徒歩15分ほどの場所にあります。
野菜直売所のイベント日は、家族連れが多く集まり、にぎやかな雰囲気になります。
恵夢さんは、そんな場に合わせて、旬の野菜を使った ホットサンド を開発。
カウンター越しにお客さんと会話しながら、焼きたてを手渡していきます。
番組では、仕込みから出店、片付けまでの流れが丁寧に映し出されていました。
仕込みでパンに具材をはさみ、焼き加減を調整し、ソースの味を確かめる。
営業が終われば、片付けて、帰ってまた次の日の仕込みです。
一見キラキラして見える キッチンカー起業 ですが、実際は「体力勝負の仕事」でもあります。
飲食店のような仕込みと、移動販売ならではの設営・片付けが同時にのしかかってくるからです。
それでも、おいしそうにホットサンドを頬張るお客さんを見て、恵夢さんは「やっぱりこの仕事がしたい」と感じているように見えました。
父が用意してくれた舞台で、自分の力を試す日々が続いていきます。
出店18回の夏と、恋人との出会いが揺らした仕事とのバランス
2025年の夏、恵夢さんのキッチンカーは、8月だけで18回も出店していました。
ほぼ2日に1回のペースで現場に立ち続けていた計算です。
出店場所は、埼玉県三郷市や吉川市、新座市、千葉県印西市や野田市など、関東各地に広がっていきます。
そのひとつが、吉川JAZZ NIGHT(YOSHIKAWA JAZZ NIGHT)。
このイベントは、埼玉県吉川市の吉川美南駅西口広場で毎年開かれる野外ジャズイベントで、
地元の飲食店やキッチンカーが集まり、音楽と一緒にフードを楽しめる人気企画です。
ジャズの生演奏が響く会場で、恵夢さんのキッチンカーもホットサンドを提供します。
音楽に合わせて行列が伸びていく光景は、まさに「キッチンカーの花形ステージ」です。
しかし、売上が上がるイベントの裏側では、体力と心のバランスがじわじわと崩れていきます。
仕込みをして、イベント会場へ移動して、営業して、片付けて、また仕込み。
このループが続くと、休みの日がほとんどなくなってしまいます。
そんな中で、恵夢さんには 恋人 ができます。
高校時代の剣道部仲間との飲み会で、友だちが彼氏の写真を見せるシーンもありました。
「自分も普通の20代として恋愛もしたい」という気持ちと、キッチンカー を軌道に乗せたい思い。
その両方を抱えながら、彼女の日常はますます慌ただしくなっていきます。
そして、恋人との時間を優先するようになったことで、翌月の出店回数は18回から11回に減少。
それが、父・竜太さんの心をざわつかせるきっかけになってしまうのです。
「家を出たい」娘と「支えたい」父が正面からぶつかった日
出店回数が減ったことで、父・竜太さんの表情には、目に見えるような不満が滲み始めます。
竜太さんは、裸一貫から運送会社を立ち上げた人。
自分自身がトラック1台から事業を広げてきた経験があるからこそ、
「やると決めたら徹底的にやる」という働き方が身についています。さいかつ運送(仮)
だからこそ、娘が「休む」方向に舵を切っているように見えると、どうしても口を出したくなってしまうのです。
ある日、恵夢さんは「自分で時間や日程を調整したい」「家を出たい」と口にします。
それは、父の目から見ると「逃げ」にも見えたかもしれません。
でも恵夢さんにとっては、「自分の責任で、自分の店をやりたい」という、精一杯の自立宣言でした。
2025年12月。
二人がきちんと向き合う日が、ようやくやってきます。
テーブルをはさんで座る父と娘。
竜太さんは、「彼氏がサポートに入っているように見えない」と切り出します。
恵夢さんは「自分の責任でやるから、あまり口を出さないでほしい」と伝えます。
すると父は、「もうこれ以上は言わない」と言って言葉を飲み込みます。
良かれと思って言い続けてきた言葉が、いつの間にか娘を追い詰める トゲ になっていた。
そのことに気づいたからこその、一歩引く決断でした。
親子にとって、「言わない」という選択は、ときに「支えること」と同じくらい難しいことです。
このシーンには、子どもを持つ視聴者も、これから親になる若い世代も、胸がぎゅっとなるような重さがありました。
オーガニック食材のクレープで勝負する江里菜さんのキッチンカー人生
番組にはもう一人、キッチンカー で人生をかけている女性が登場します。
それが、クレープのキッチンカーを営む江里菜さんです。
江里菜さんは、調理師専門学校を卒業し、表参道の人気レストランでイタリアンの料理人として働いていました。
しかし、コロナ禍でその仕事を辞めざるをえなくなり、「料理を続けたい」という思いで、約480万円をかけて クレープのキッチンカー を購入します。
彼女の強みは、地元を自分の足で回って集めた オーガニックな食材 と、イタリアンの経験から生み出される、ひとひねりある味わい。
フルーツやソースの組み合わせ、トッピングのバランスなど、カメラ越しでも「普通のクレープとは違う」と分かるこだわりが伝わってきました。
日本では近年、産地の分かる有機野菜や果物を使ったスイーツが人気です。
健康志向や環境への関心が高まり、「安心して子どもに食べさせられるおやつ」を選ぶ親が増えていることも背景にあります。
江里菜さんは、そんなニーズを敏感に感じ取りながら、出店場所やメニュー構成を自分で試行錯誤していきます。
イベントだけでなく、公園や駅前など、いろいろな場所でキッチンカーを構える姿が映し出されていました。
一方で、彼女の親子関係にも、恵夢さんと似た「すれ違い」が存在します。
母親に自信作のクレープを食べてもらったとき、思ったような評価が返ってこなかったこと。
「おいしい」の一言に、どれだけ救われるかを知っているからこそ、その一言が出てこないとき、心は大きく揺れてしまいます。
恩師の店「深川 中華 Shin」と服部栄養専門学校につながる“味のルーツ”
落ち込んだ江里菜さんが向かったのは、調理師学校時代の恩師の店、深川 中華 Shin でした。
このお店は、東京都江東区高橋にある中華料理店で、都営新宿線・森下駅から徒歩4分ほどの場所にあります。
店主の菊池晋作さんは、服部栄養専門学校 で20年以上、中国料理の教師を務めてきたシェフ。
テレビ番組「きょうの料理」にも数多く出演しており、2022年にこの店をオープンしました。
江里菜さんは、恩師にクレープを食べてもらい、率直な感想を求めます。
そこで返ってきた言葉は、ただの味の評価ではありませんでした。
「味のセンスがいいのは、ご両親がちゃんと味の分かるものを食べさせてきたからだから、感謝してください」
この一言は、彼女のクレープが「家族の食卓」という土台の上に成り立っていることを教えてくれる言葉でした。
料理の世界では、幼いころに触れた家庭の味が、その人の基準や感性をつくると言われます。
江里菜さんのクレープにも、そんな“食の記憶”が、静かに息づいているのかもしれません。
服部栄養専門学校 は、調理師・栄養士・パティシエ・ブランジェなど、食のプロを数多く育ててきた専門学校です。
国内外の一流シェフによる特別授業も多く、テレビや雑誌で活躍する講師陣から直接学べる学校として知られています。服部栄養専門学校
だからこそ、江里菜さんにとって、恩師はただの先生ではなく、「料理人としての原点」を思い出させてくれる存在。
その原点に立ち返ることで、彼女はまた前を向く力を取り戻していきます。
姉・来夢さんが見ていた、知られざる父のサポートのかたち
一方、恵夢さんと竜太さんの物語は、表から見える部分だけでは語り尽くせません。
家を出たあとも、恵夢さんがキッチンカーの準備をするときには、彼女は実家に戻ってきます。
しかし、滞在時間は最低限。
仕込みが終わればすぐに自分の暮らしへ戻ってしまうので、父とゆっくり話す時間はほとんどありません。
そこで登場するのが、姉の来夢さんです。
来夢さんは、妹が知らないところで、父がどれだけサポートを続けているかをそっと伝えます。
たとえば、出店場所の調整や、イベント主催者との連絡。
運送会社を経営している父だからこそ持っているネットワークを使って、
恵夢さんの キッチンカー に合いそうなイベントを見つけては、声をかけていること。
その姿を、恵夢さんは直接は見ていません。
だからこそ、「口だけ出してくる」と感じてしまう瞬間もありました。
でも、来夢さんの言葉を通して、「実は影でこんなことをしていたんだ」と知ったとき、
視聴者としても「親って、ほんとうに不器用だな」と感じずにはいられません。
親子関係の難しさは、「見えない努力」と「伝わらない感謝」が積み重なっていくところにあります。
この回は、その“すれ違いの構造”を、誰かを悪者にすることなく、静かに描いていました。
それぞれが見つけ始めた“自分のペース”というゴールのないゴール
物語の終盤、ナレーションは「恵夢さんも、少しずつ自分のペースを見つけ始めている」と語ります。
出店のペースを落としたことは、売上だけを見ればマイナスかもしれません。
でも、「長く続ける」ことを考えたとき、自分の生活と仕事のバランスを整えることは、とても大切なことです。
同じように、父・竜太さんも「言いすぎない」という新しいスタンスを選びました。
これは、手伝う側にとっての「自分のペース」を見つけることでもあります。
一方、江里菜さんも、恩師の言葉を受け止めて、クレープの味だけでなく、自分のあり方を見つめ直します。
オーガニックな 食材 と、自分ならではの クレープ。
そこに、家族の記憶や学んできた技術が合わさることで、「自分だけの店」が少しずつ形になっていきます。
千葉市の 千葉公園 では、四季折々の花が咲き、家族連れやカップルが思い思いに過ごします。
そんな場所でキッチンカーを出すことは、「日常の風景の一部になる」ということでもあります。
キッチンカー は、一見すると「自由な仕事」に見えますが、その実態は、
「自分の人生の舵を、自分で取り続ける」という、とてもハードな選択です。
この回の ザ・ノンフィクション は、
「成功したかどうか」ではなく、「それぞれがどう自分のペースを見つけようとしているのか」を追いかけていました。
ゴールのないゴールに向かって、一歩ずつ進んでいく父と娘、そして若い料理人たち。
画面の向こうで揺れるキッチンカーのライトが、
「働き方」や「家族との距離」に悩む、今の私たち自身の姿にも見えてくるような回でした。
【ザ・ノンフィクション】父と娘のキッチンカー物語 前編 親子経営の現実と24歳女性起業の葛藤…父の人脈頼み問題とは|2026年2月15日
キッチンカー営業許可の現実
キッチンカーで営業するためには、必ず飲食店営業許可を取得する必要があります。ここでは番組の背景として、実際にどんな制度があるのかを紹介します。夢を乗せて走るキッチンカーですが、その裏側には厳しい衛生基準と手続きがあります。知らずに始めることはできません。まずは管轄の保健所に申請し、車両が基準を満たしているか確認を受けます。営業は自由に見えて、実はしっかりとしたルールの上に成り立っています。
保健所の管轄の違い
営業許可は全国共通ではありません。**保健所ごとに管轄が分かれており、地域ごとに手続きが異なります。**同じ県内でも市が変われば担当の保健所が変わることがあります。主に車両の保管場所や営業拠点の所在地が基準になります。出店エリアが広がる場合は、追加の申請や届け出が必要になるケースもあります。つまり、一度取ればどこでも自由に営業できるわけではありません。
必要な設備と条件
キッチンカーには細かな設備基準があります。給水タンクや排水タンクの容量、シンクの数、手洗い設備の設置など、衛生を守るための条件が決められています。さらに食品衛生責任者の資格を持つ人を配置しなければなりません。申請後は保健所の職員が車両を確認し、基準を満たしているか検査を行います。基準をクリアして初めて許可証が交付されます。
許可取得までの流れ
まず事前相談を行い、図面や設備内容を提出します。その後、車両完成後に現地検査を受けます。問題がなければ営業許可証が発行されます。この許可証は営業中に提示できるように保管します。書類の準備や検査日程の調整には時間がかかることもあり、計画的な準備が必要です。キッチンカーは自由な働き方に見えますが、こうした確かな制度の土台があるからこそ、安全に営業できるのです。


コメント