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【テレビ寺子屋】戦場カメラマンからのメッセージ/渡部陽一 戦場カメラマン渡部陽一が語る戦場カメラマンになった理由と恩師の言葉 石の上にも15年とは|2026年3月14日

テレビ寺子屋

戦場カメラマン渡部陽一が語る「戦場を撮る理由」

このページでは「テレビ寺子屋(戦場カメラマンからのメッセージ/渡部陽一)(2026年3月14日放送)」の内容を分かりやすくまとめています。

ゆっくりとした独特の語り口で知られる渡部陽一さんですが、その歩んできた人生は決して穏やかなものではありません。大学生の頃、アフリカを旅した際に偶然目にした内戦の現実が、彼の人生を大きく変えました。泣きながら助けを求める子どもたちの姿を目の前にし、自分には何もできないという強い無力感を味わいます。

その経験から「戦争の現実を伝える仕事がしたい」と考え、戦場カメラマンを志すようになりました。番組では、戦場を撮り続ける理由、写真が評価されなかった長い下積みの時代、恩師の言葉、そして子どもたちへ伝えたい生き方のメッセージが語られました。

戦場カメラマンになった原点

渡部陽一さんが戦場カメラマンを志した原点は、大学生の頃のアフリカの旅でした。異文化に触れたいという思いから現地を訪れましたが、そこで民族衝突による内戦の現場に遭遇します。

銃声が響く中、人々は恐怖の中で生活していました。特に渡部さんの心に強く残ったのが、泣きながら助けを求める子どもたちの姿でした。家族を失ったり、家を追われたりした子どもたちは、ただ必死に生きようとしていました。

しかし学生だった渡部さんには、その場で人を助ける力がありませんでした。

何もできないまま帰国した渡部さんは、自分にできることを考え続けます。そして「写真で現実を伝える」という方法にたどり着きました。

戦争の現場を記録し、多くの人に見てもらうことで、遠く離れた場所にいる人々が現実を知ることができる。その積み重ねが、平和を考えるきっかけになるかもしれないと考えたのです。

ルワンダ内戦が残した衝撃

渡部さんの人生に大きな影響を与えた出来事の1つが、アフリカで起きたルワンダ内戦でした。

ルワンダでは1994年に民族対立が激化し、約100日間で80万人以上が命を落としたとされています。これは20世紀の大虐殺の1つとして世界史にも記録されている出来事です。

紛争の現場では、子どもたちが家族と離れ離れになり、食べ物も住む場所もない状況で暮らしていました。

渡部さんは、その姿を目の前で見ながら何もできない自分に深い無力感を感じたといいます。しかしその経験こそが、戦争の現実を世界に伝えるという使命につながりました。

戦争のニュースは数字だけで語られることが多いですが、実際にはそこに暮らす1人1人の人生があります。渡部さんは、その現実を写真として残し続けています。

写真が使われなかった苦しい時代

戦場カメラマンを志しても、すぐに仕事として認められたわけではありませんでした。

戦場で撮影した写真を日本の雑誌社や新聞社に持ち込んでも、なかなか掲載されなかったのです。編集部を訪れても「今回は使えません」と断られることが何度も続きました。

生活費と取材費を作るため、渡部さんはさまざまなアルバイトを続けました。

・引っ越し作業
・警備の仕事
・飲食店の仕事
・配送の仕事

朝早くから夜遅くまで働き、貯めたお金で再び戦場へ向かうという生活を続けました。

危険な取材をしても、帰国すると仕事として評価されない。そのような状況が10年以上続き、渡部さんが気づけば30代になっていました。

それでもカメラを手放さなかったのは、「戦争の現実を伝えたい」という思いがあったからでした。

恩師の言葉「石の上にも15年」

長い下積みの中で、渡部さんを支えたのが写真の恩師の言葉でした。

先生は渡部さんにこう伝えました。

「自分で決めた道なら、毎日シャッターを切りなさい。そしてさまざまな写真を見続けなさい。続けていけば必ず目標を引き寄せることができる」

さらに先生はこう続けました。

「続けるから見えてくる世界がある。突き抜けるから熟成される視界がある」

そして最後に語ったのが

「継続は力。石の上にも15年だ」

という言葉でした。

一般的には「石の上にも3年」と言われますが、先生はあえて15年と言いました。夢を実現するには、それほど長い時間が必要なこともあるという意味が込められていました。

この言葉は渡部さんの人生の支えとなり、どんなに苦しい時期でもカメラを手放さず写真を撮り続ける力になりました。

35歳でつかんだ初掲載

長い努力が実を結んだのは、35歳になる少し前のことでした。

渡部さんが撮影した写真が、ついに週刊誌に掲載されたのです。

戦場カメラマンを志してから十数年。アルバイトをしながら取材を続け、危険な紛争地を訪れ続けた日々が、ようやく形になりました。

この経験は渡部さんに大きな自信を与えました。同時に、続けることの大切さを実感する出来事でもありました。

渡部さんは後にこう語っています。

好きだから続けられる。
続けることで同じ世界の人とつながる。
つながりが環境を作る。

好きな場所に立ち続けていれば、どんなに強い風が吹いても踏みとどまることができるという考えです。

子どもたちへ伝えたい生き方

番組の最後に渡部さんが語ったのが、子どもたちへのメッセージでした。

それは

好きなこと、やりたいことをどんどんやってみよう

という言葉です。

好きなことに挑戦しても、最初はうまくいかないことが多いかもしれません。渡部さん自身も、写真が初めて掲載されるまで10年以上かかりました。

しかし続けていくことで経験が増え、自分の世界が少しずつ広がっていきます。

好きなことを続けていると、同じ夢を持つ仲間とも出会うことができます。仲間が増えることで、新しい仕事やチャンスも生まれていきます。

小さな一歩でも続けること。
好きなことをあきらめないこと。

その積み重ねが、自分らしい人生をつくる力になると渡部さんは語りました。

戦場という厳しい場所を見続けてきたからこそ、渡部陽一さんの言葉には強い説得力があります。好きなことを突き抜けて続けることが、人生を切り開く力になるというメッセージが、静かに心に響く講演でした。

放送内容のまとめ

今回の「テレビ寺子屋」では、戦場カメラマン 渡部陽一さんが自身の人生経験をもとに、好きなことを続ける大切さについて語りました。アフリカで見た戦争の現実、写真が評価されなかった長い下積み、恩師の言葉「石の上にも15年」、そして35歳でつかんだ初掲載までの道のりが紹介されました。どんなに時間がかかっても、好きなことを続けることで道が開けるというメッセージが印象的でした。なおこの記事は放送内容をもとにまとめていますが、実際の放送内容と異なる場合があります。放送後、必要に応じて追記します。

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