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タマラ・ヴァーンの経歴と現在!2児の母で世界大会2位、企業勤務から転身【YOUは何しに日本へ?で紹介】

プロフィットネス

世界大会2位の筋肉ママ、タマラ・ヴァーンの経歴と現在

世界大会に挑むほどストイックに体を仕上げながら、大会後には大好きなドーナツを42個も楽しんだ女性。その正体が、プロフィットネスアスリートのタマラ・ヴァーン(Tamara Vahn)さんです。『YOUは何しに日本へ?(“手巻き寿司”究めたい職人&ボディビル世界一目指す母)(2026年8月22日)』をきっかけに気になる、世界大会での実績、企業勤務から転身した経歴、2児の母として競技を続ける理由、2026年の活動までまとめます。

この記事でわかること

  • タマラ・ヴァーンさんがどんな競技選手なのか
  • マスターズ・オリンピア2位までの実績
  • 企業勤務からフィットネス界へ転身した経緯
  • 2児の母として競技を続ける現在の活動

ボディビル世界大会に挑んだ母はタマラ・ヴァーン

タマラ・ヴァーンさんは、世界のトップ選手が競うIFBB Professional LeagueのWomen’s Fitness(女子フィットネス)で活動するプロアスリートです。

テレビでは「ボディビルダー」と分かりやすく紹介されていますが、厳密にはWomen’s Fitnessを主戦場としています。このカテゴリーは、体の仕上がりを見る審査だけではなく、決勝でフィットネスルーティンも披露する競技です。筋肉量だけでなく、筋力、柔軟性、運動能力、表現力まで求められるのが特徴です。

タマラさんはカナダ出身で、来日時には世界ランク5位として紹介されました。

しかも、1人で競技生活を送っている選手ではありません。娘と息子を育てる2児の母でもあります。

日本へ来た目的も観光が中心ではなく、東京で開催された世界大会Masters Olympia(マスターズ・オリンピア)への出場でした。子どもたちも一緒に来日しており、母親としての日常と世界トップクラスの競技生活が重なっているところが、タマラさんの大きな特徴です。

世界ランク5位からマスターズ・オリンピア2位へ

日本でタマラさんが挑戦したのが、2025年に東京で開催されたMasters Olympiaです。

Fitness Masters 40+部門には世界各地から実力者が集まり、タマラさんは2位に入りました。

順位は次の通りです。

1位:Jenny Worth

2位:Tamara Vahn

3位:Aurika Tyrgale

4位:Stephanie Jones

5位:Rene Brosch

優勝まであと1つという結果でした。公式プロフィールにも「2025 Masters Olympia Fitness 2位」が競技歴として掲載されています。

この結果がより印象的なのは、タマラさんが若い頃からプロアスリート一本で生きてきた人物ではないことです。

大学卒業後には企業の世界で働き、その後に大きく進路を変えています。

現在の鍛え上げられた姿だけを見ると、長年スポーツだけを続けてきたように感じますが、実際にはビジネスの世界からフィットネスへ人生の軸を移した経歴を持っています。

企業勤務を離れてプロ選手になった人生の転機

タマラさんの原点には、子どもの頃に親しんだダンスと体操があります。

体を動かすことへの関心を持ちながらも、そのままスポーツ選手の道へ進んだわけではありません。

カナダ・オンタリオ州のWilfrid Laurier Universityで経営学を学び、マーケティングを専攻、経済学を副専攻として卒業。その後はビジネスコンサルティングの世界へ進みました。

Arthur Andersen Business ConsultingやEvans Research Corporationなどを経て、BBDO系のThe Daggerwing Groupではマネージングディレクターとして活動。企業向けの戦略やマーケティングなどに携わっています。

転機となったのは2007年です。

企業でのキャリアから離れ、本格的にフィットネスの世界へ進む決断をしました。同時にVahn Enterprisesを立ち上げ、フィットネスの指導やマネジメントにも取り組むようになります。

つまりタマラさんは、

企業勤務 → 独立 → フィットネス指導 → プロ競技選手 → 世界大会

という道を歩んできた人物です。

企業時代に身につけた戦略的な考え方も、現在のコーチングや事業運営に生かされています。

競技者として体を鍛えるだけでなく、トレーナーやコーチ、事業家として活動していることまで知ると、テレビで映る「筋肉ママ」とはかなり違った一面が見えてきます。

2児の母として競技を続ける理由

タマラさんの競技人生で欠かせない存在が、2人の子どもです。

世界大会のために来日した際にも、娘と息子が同行していました。

母親になってからフィットネス競技と出会い、本格的な競技生活を続けています。そして子どもたちには、自分が何かに挑戦する姿から学んでもらいたいという思いを持っています。

競技フィットネスは、大会当日だけ努力すればよいスポーツではありません。

食事、トレーニング、ポージング、フィットネスルーティンなどを長い期間かけて仕上げます。さらにタマラさんの場合は、その生活と子育て、仕事を同時に続けています。

公式プロフィールでも、競技生活とmotherhood(母親としての生活)、起業を両立してきたことが自身のキャリアの重要な部分として紹介されています。

現在は自身が競技に出るだけでなく、一般の人へのフィットネス指導や、競技選手・モデル向けのポージング指導も行っています。

「世界大会に出る母」というだけでなく、自分自身の経験を別の人の挑戦にもつなげているのが現在の活動です。

大会前12週間の食事制限とドーナツ42個のご褒美

タマラさんを一気に身近に感じさせるのが、大のドーナツ好きという一面です。

幼い頃からドーナツが好きでしたが、世界大会に向けた期間は食生活を徹底。大会前にはサーモン、鶏むね肉、白身魚などを中心とした食事を取り、大会12週間前からお菓子を断っていました。

そこで大会後の楽しみに決めていたのが、日本での「ドーナツハンティング」です。

Masters Olympiaで2位となった翌日から京都や東京のドーナツ店を巡りました。

京都ではkoé donuts Kyotoを訪れ、12個のドーナツを選択。その後も東京などで店を巡り、最終的には合計42個ものドーナツを味わいました。

世界大会を目指して12週間も好物を我慢する徹底ぶりと、終わった途端に思い切り楽しむ姿の落差が印象的です。

ただし、これは日常的に大量のドーナツを食べているという意味ではありません。大会へ向けて長期間食事を管理した後の特別な機会でした。

このメリハリこそ、長く競技を続けるタマラさんらしいスタイルともいえます。

Vancouver Pro優勝など世界で残してきた実績

Masters Olympia2位だけがタマラさんの代表的な成績ではありません。

特に大きいのが、2024 Vancouver Pro ShowのFitness部門優勝です。公式プロフィールに掲載されている主な成績を見ると、長期間にわたって世界大会の上位で戦ってきたことが分かります。

主な実績は、

  • 2021 Legion Sports Fest Masters Fitness 40+ 優勝
  • 2022 Puerto Rico Pro Fitness 優勝
  • 2022 Fitness Olympia 6位
  • 2024 Chattanooga Night of Champions Fitness 優勝
  • 2024 Vancouver Pro Show Fitness 優勝
  • 2025 Masters Olympia Fitness 2位

などです。

さらにオリンピアへの出場経験も重ねています。

世界最高峰クラスの大会へ何度も出場していることを考えると、「日本に来た世界ランク5位の母」という紹介だけでは、実績の一部しか見えてきません。

世界大会2位まで進んだ背景には、1度だけ大きな結果を出したのではなく、何年にもわたりプロの舞台へ立ち続けてきた積み重ねがあります。

2026年もアーノルドクラシックに出場する現在

タマラさんは2026年も競技生活を続けています。

3月にアメリカ・オハイオ州コロンバスで開催された2026 Arnold ClassicのWomen’s Fitnessには13人が出場。タマラさんは7位となりました。

さらに同じ3月、イギリス・バーミンガムで開催されたArnold Classic UKにも出場し、こちらでは5位に入っています。

40歳以上を対象としたMasters Olympiaだけでなく、年齢別ではないOpenカテゴリーのArnold Classicでも世界のトップ選手たちと競い続けている点は見逃せません。

競技者として活動する一方で、フィットネスコーチとして「Train on Purpose」、競技選手やモデルへのポージング指導として「Pose on Purpose」なども展開しています。

企業でキャリアを築いた後、2007年にフィットネスへ転身。

その後、母親として2人の子どもを育てながら世界大会へ進み、2025年には日本でMasters Olympia2位、2026年もArnold Classicの舞台に立っています。

「筋肉ママ」「ドーナツ42個」という強烈なエピソードの奥に、約20年にわたって新しい道を切り開いてきたキャリアがある人物です。

参考リンク

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