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小野塚良康がカール・ベンクスの後継者になるまで!東京から移住した一級建築士と古民家再生【古民家村だよりで話題】

建築士

古民家再生を受け継ぐ一級建築士

新潟県十日町市の山あいで、古い家を壊さず、次の暮らしへつないできたカール・ベンクスさん。その仕事を長く支えてきた1人が、一級建築士の小野塚良康さんです。『カールさんとティーナさんの古民家村だより(2026 めぐる物語)(2026年8月22日)』では、築300年の寺を住宅へ再生する新たな挑戦も描かれます。小野塚さんが古民家再生に関わるまでの転機や、竹所で続けてきた仕事をたどります。

この記事でわかること

  • 小野塚良康さんの現在の仕事
  • 東京から竹所へ移住したきっかけ
  • 梨の木ハウスと古民家再生との出会い
  • カールさんから受け継がれていく仕事と考え方

カール・ベンクスの後継者として期待されてきた一級建築士

小野塚良康さんは、一級建築士としてカール・ベンクスさんの古民家再生に携わってきた人物です。

カールさん自身がデザインするだけではなく、小野塚さんが設計を担い、妻も二級建築士として仕事を支える形で古民家再生が進められてきました。

過去に描かれた竹所での暮らしでは、カールさんが小野塚さんを自らの「片腕」と位置づけ、仕事を受け継ぐ存在として期待している様子も紹介されています。単に同じ事務所で働く建築士というより、長年続いてきた再生の考え方や技術を次の世代へつなぐ立場にあることが分かります。

ここで大事なのは、カールさんの古民家再生が「古い姿へ戻すだけ」の修復ではないことです。

柱や梁など、昔の職人が残した良い部分はできるだけ生かしながら、断熱性を高め、現代の暮らしに合わせた間取りや設備を加えていきます。古いものと新しいものを組み合わせ、再び人が暮らせる家にするのが大きな特徴です。

その考え方を長く身近で見てきた小野塚さんだからこそ、「後継者」という言葉が単なる肩書以上の意味を持ってきます。

東京から新潟へ移住した人生の転機

小野塚さんが古民家再生の世界へ入った出発点には、家族で暮らす場所を変える決断がありました。

もともとは東京で働いていましたが、子育てに合った環境で生活したいと考え、新しい住まいを探していました。

そこで出会ったのが、新潟県十日町市竹所にある梨の木ハウスです。

梨の木ハウスは、カールさんが再生した古民家でした。家そのものにひかれたことが、家族で竹所へ移るきっかけになりました。ちょうどそのころ、カールさん側でも設計を任せられる人材を必要としており、小野塚夫妻が古民家再生の仕事に関わる流れへつながっていきます。

「仕事があるから移住した」という一本道ではなく、暮らしたい家に出会ったことが、仕事まで変えていったところが興味深い部分です。

人生の転機は、必ずしも大きな事件から始まるわけではありません。小野塚さんの場合は、「家族でどこに暮らすか」という選択が、その後の建築家としての仕事にもつながりました。

梨の木ハウスとの出会いから古民家再生の世界へ

小野塚さんの歩みを理解するうえで、梨の木ハウスは外せません。

古い家を再生して暮らすという選択を、自分自身が住み手として体験したからです。

古民家というと「冬は寒そう」「設備が古そう」といった印象を持ちやすいですが、カールさんの再生では古い木組みや意匠を残しながら、断熱材や複層ガラス、床暖房などを取り入れ、日常生活がしやすい住まいへ変えていきます。

見た目だけを昔風にするのではなく、昔の職人技を残しながら、今の生活に合わせるという考え方です。

小野塚さんにとっては、その家に住み、雪国で家族と暮らしながら設計にも関わることになりました。

住む人の立場と設計する人の立場を同時に経験していることは、古民家再生では大きな強みです。古い建物を残すだけなら文化保存ですが、実際に家族が何十年も暮らせる住まいにするには、寒さや動線、設備、使いやすさまで考えなければなりません。

カールさんの片腕として設計を任されるまで

カールさんは1993年に竹所で古民家を購入し、自宅となる「双鶴庵」の再生を始めました。

その後、竹所や松代地区を中心に古民家再生を続け、2021年までに日本国内で60軒を手掛けています。さらに再生された建物を目当てに新しい住民が移り住むようになり、古民家再生が建物だけでなく地域の人口や景観にも影響を与えてきました。

小野塚さんは、その活動の中で設計を担ってきました。

一級建築士として図面を引くことはもちろんですが、古民家では新築住宅とは違う難しさがあります。

建物を開けてみなければ柱や梁の傷み具合が分からないこともあり、残せる部分と取り替える部分を見極めなければなりません。さらに、新しい材料だけで整えてしまえば古民家らしさが失われます。

古材を生かしながら安全性や快適性を確保することが必要です。

カールさんの大胆なデザインと、日本の建築を理解した設計者や職人の仕事が組み合わさることで、独特の古民家再生が成り立っています。

建築士の妻と家族で選んだ竹所での暮らし

小野塚さんの妻も二級建築士で、夫の設計の仕事を支えています。

夫婦ともに建築に関わりながら、生活の拠点として選んだのが竹所です。

竹所は新潟県十日町市の山間部にあり、日本有数の豪雪地帯です。一時は世帯数が大きく減りましたが、カールさんが古民家を再生し始めた後、その家にひかれて移住する人たちが増えていきました。

古民家再生が「家をきれいにする仕事」だけで終わっていないことがよく分かる場所です。

小野塚さん自身も、建築の仕事だけでなく、住民主体の地域活動である竹所夢プランに関わってきました。

竹所夢プランでは、集落に残っていた牛小屋の再生などを行い、景観づくりや地域の交流につなげています。活動報告では小野塚さん自身が発表者として参加しています。

建築士が建物だけを設計するのではなく、自分もその地域に暮らし、住民と一緒に地域をつくっていく。

個人的には、この部分を知ると「カールさんの後継者」という言葉の見え方がかなり変わります。

引き継いでいるのはデザインの形だけではなく、空き家を生かして人を呼び、地域そのものを元気にする考え方でもあるからです。

古民家再生で積み重ねてきた設計実績

小野塚さんが古民家再生に関わってきたことを具体的に示す建物の1つが、十日町市蒲生にあるトロノキハウスです。

築100年以上の古民家を再生した建物で、カールさん、小野塚さん、建物のオーナーが共同で設計しました。

再生では柱や梁を補修して再利用し、古い土壁も捨てずに庭の土として活用。使える古材はできるだけ建物へ戻し、使えない木材も薪として利用するなど、建物にあった材料を最大限生かしています。

古民家再生の価値は、「古い家だから残す」というだけではありません。

昔の家には、現在では簡単に手に入らない太い柱や梁、長年乾燥してきた木材、職人が加工した継ぎ手などが残されています。

それをすべて壊して新しい材料へ置き換えるのではなく、使えるものを見極めながら次の暮らしへ渡していく。

小野塚さんが関わってきた仕事を見ると、この考え方が一貫しています。

築300年の寺を住宅へ再生する新たな大仕事

そして新たに動き始めるのが、築300年の寺を住宅へ再生するプロジェクトです。

シリーズの締めくくりでは、カールさんが「思いを受け継ぐ後継者」とともに、この一大プロジェクトへ取り掛かることが紹介されています。

寺は一般的な古民家以上に大きな空間を持ち、住宅とはもともとの使い方がまったく違います。

本堂のような広い空間をどのように生活空間へ変えるのか、古い柱や梁をどこまで残すのか、現代の住宅として必要な断熱や水回りをどう組み込むのか。

単純なリフォームとは違い、建物が持つ歴史を残しながら「住める家」へ変える必要があります。

カールさんは長年、「日本の古民家は芸術品」という考えのもと、壊されるはずだった建物に新しい役割を与えてきました。

その仕事が次の世代へ渡っていくことを考えると、小野塚さんの存在はかなり重要です。

建築家の後継者というと、デザインをそのままコピーする人物を想像しがちですが、古民家は1軒ごとに状態も材料も違います。

だからこそ本当に受け継ぐべきなのは、「昔の建物の価値を見つけ、残せるものを残しながら、新しい暮らしをつくる」という姿勢なのでしょう。

小野塚良康さんは、東京から家族と暮らす場所を探して竹所へ移り、1軒の古民家との出会いからカールさんの仕事へ入りました。

住み手から設計者へ、そして地域づくりにも関わる存在へ。

築300年の建物を次の暮らしにつなぐ挑戦を見ると、古民家再生が「過去を保存する仕事」ではなく、古いものを使って未来をつくる仕事だということがよく分かります。

参考リンク

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