48歳で土俵と厨房を守る輝の里一輝
『有吉ゼミ(グルメすぎる相撲部屋の名古屋合宿&海上自衛隊の食のこだわり密着SP)(2026年8月24日)』で、田子ノ浦部屋の食事を支える輝の里一輝さんが登場しました。48歳になった今も番付に名前が載る現役力士でありながら、30年以上にわたり厨房に立つ総ちゃんこ長でもあります。15歳の初土俵から続く力士人生、1000を超える料理、名古屋合宿で見せた仕事ぶりまで詳しく見ていきます。
この記事でわかること
- 輝の里一輝さんが48歳でも現役力士を続けている現在
- 15歳で初土俵を踏んでから33年以上続く力士人生
- 30年以上厨房を支える総ちゃんこ長としての仕事
- 名古屋合宿で作った名古屋コーチン料理と豪快な食事
輝の里一輝は48歳の現役力士で総ちゃんこ長
輝の里一輝(てるのさと・かずき)さんは、田子ノ浦部屋に所属する48歳の現役力士です。
本名は長野一輝さん。1978年1月17日生まれで、愛媛県四国中央市出身です。
日本相撲協会に掲載されているプロフィールは次の通りです。
- 本名:長野一輝
- 生年月日:1978年1月17日
- 出身地:愛媛県四国中央市
- 身長:170.0cm
- 体重:170.4kg
- 初土俵:1993年3月場所
- 最高位:三段目23枚目
- 2026年7月場所:東序ノ口3枚目
2026年7月場所にも正式に番付があり、単に相撲部屋で料理を担当している元力士ではありません。今も土俵に立つ現役の力士です。
そして、もう1つの大きな仕事が田子ノ浦部屋の総ちゃんこ長です。
料理を作るだけでなく、複数のちゃんこ長をまとめ、献立を確認する立場を担っています。48歳まで続く力士生活と30年以上の厨房経験を両立しているところが、輝の里さんならではの経歴です。
15歳で初土俵を踏んでから33年以上続く相撲人生
輝の里さんの初土俵は1993年3月場所です。
1978年1月生まれなので、入門したときは15歳でした。
しこ名履歴には「長野→輝の里」と記されています。最高位は三段目23枚目。幕内や十両で活躍してきたタイプの力士ではありませんが、33年以上にわたって大相撲の世界に身を置き続けてきました。
15歳だった少年が、20代、30代、40代と力士を続け、48歳になった現在も番付に名前を残していることになります。
さらに、その長い力士生活の大部分で仲間の食事作りにも携わってきました。
相撲の世界で積み重ねた年月を「番付」だけで見ると見落としてしまう、輝の里さんのもう1つの実績が厨房にあります。
30年以上厨房を支える「総ちゃんこ長」とは
田子ノ浦部屋のちゃんこ作りは、1人だけで担当しているわけではありません。
厨房は3班制で、それぞれにちゃんこ長がいます。
基本的な流れは、
- 各班のちゃんこ長が献立を考える
- 総ちゃんこ長の輝の里さんがチェックする
- 田子ノ浦親方が最終確認する
という形です。
つまり、輝の里さんは自分で大量の料理を作る料理人であると同時に、若いちゃんこ長たちが考えた献立を見る厨房のまとめ役でもあります。
田子ノ浦部屋の食事は、鍋だけではありません。
これまでには中華料理、韓国料理、魚料理、煮物、炒め物、揚げ物など、多彩な料理を作ってきました。
ちゃんこ長歴は角界でも非常に長く、30年以上にわたって厨房を支えてきた存在として紹介されています。
毎日大人数が食べる料理を作り続けるだけでも大変ですが、相撲部屋では差し入れられた食材や季節、遠征先の食材なども生かして献立を組み立てます。
だからこそ長年の経験が大きな武器になります。
レシピは1000種類以上!料理本なしで頭に入っている
輝の里さんの料理経験を象徴する数字が、1000種類以上のレシピです。
しかも、レシピ帳を見ながら作るのではなく、多くを記憶していると紹介されています。
例えば、これまで田子ノ浦部屋では、
- スペアリブの酢豚
- タイピーエン鍋
- 豆乳担々ちゃんこ鍋
- 麻婆冬瓜
- 参鶏湯風ちゃんこ鍋
- チャプチェ
- 魚の南蛮漬け
など、「相撲部屋のちゃんこ」という言葉から想像する以上に幅広い料理が登場しています。
大量調理でも味を単調にしないこと、食材を余らせず別の料理へ展開できること、人数が増えても対応できること。
30年以上の厨房経験があるからこそ成立する仕事です。
総ちゃんこ長という肩書だけを聞くと「鍋作りの責任者」のように感じますが、実際には大人数の食事全体を組み立てる料理責任者に近い存在だと分かります。
名古屋合宿では10kgの名古屋コーチンを1時間以上かけてさばいた
2026年の名古屋場所では、田子ノ浦部屋が愛知県瀬戸市の八王子神社を宿舎として利用しました。
地元から多くの人が稽古を見に訪れ、この日は20人を超える後援会関係者にも昼食を振る舞うことになりました。
決まった料理は5品です。
- 名古屋コーチンのひきずり鍋
- タコのアヒージョ
- ウンパイロウ
- 長芋のとろろ焼き
- イカバター焼き
中心となったのが、愛知らしい名古屋コーチンのひきずり鍋でした。
輝の里さんは約10kgもの名古屋コーチンを、1時間以上かけてさばいています。
ひきずり鍋には白菜、玉ねぎ、ゴボウ、しらたき、厚揚げなどを使用。鶏肉だけでなく、キンカン卵や鶏肝も入れ、砂糖、酒、しょうゆで味を整えました。
最後にしめじと小松菜を加えて完成です。
地元の名物を単に出すのではなく、大人数が一緒に食べられる「ちゃんこ」に落とし込むところにも、長年の経験が表れています。
鍋だけではない技術!アヒージョやウンパイロウまで作る
輝の里さんの料理の幅が分かりやすかったのが、残る4品です。
タコのアヒージョではオリーブオイルでニンニクを炒め、しめじ、タコ、唐辛子を加えています。
さらに冷やした豚肉を使った中国・四川料理のウンパイロウ、イカバター焼き、長芋のとろろ焼きまで完成させました。
和食の鍋だけを極めた人ではなく、さまざまな料理を大人数向けに作り替えられるところが、1000種類を超えるレシピにつながっています。
相撲部屋のちゃんこは「ちゃんこ鍋」という1つの料理名ではありません。
力士が作る料理全般をちゃんこと呼ぶ文化があります。田子ノ浦部屋の食卓を見ると、その意味がよく分かります。
名古屋の決起集会では力士15人がひつまぶし30kgを完食
名古屋合宿では、厨房だけでなく豪快な決起集会もありました。
夕食に訪れたのは、田子ノ浦親方が現役時代から30年以上付き合いがあるという、うなぎ店「うなぎの瓢家」です。
力士たちには特上ひつまぶしや白焼き、さらに超特大ひつまぶしまで用意されました。
特上ひつまぶしは1人前で約1.5kg。
参加した力士15人が食べた総重量は、なんと約30kgでした。
普段、輝の里さんたちが大量の食事を作っている理由も、この食べっぷりを見ると納得できます。
この名古屋場所では、部屋の中心力士である髙安が11勝を挙げています。
食事は勝敗を直接決めるものではありませんが、長い本場所を戦う力士たちの日常を支えている重要な仕事です。
48歳の現在も土俵と厨房の両方に立ち続けている
輝の里さんの経歴で最も印象的なのは、料理の腕だけではありません。
料理人になったのではなく、現在も力士であることです。
2026年7月場所では東序ノ口3枚目として番付に掲載されています。身長170cm、体重170.4kg。15歳で初土俵を踏んでから33年以上が経過した今も、現役力士として田子ノ浦部屋に所属しています。
その一方で厨房では、30年以上の経験を持つ最古参クラスの存在として後輩たちの献立を確認し、自ら包丁を握ります。
土俵に立つ力士、料理を作るちゃんこ長、厨房全体をまとめる総ちゃんこ長。
3つの役割が重なっているところに、輝の里一輝さんの相撲人生の面白さがあります。
幕内優勝や昇進だけでは測れない、相撲部屋を長年支えてきた力士の生き方です。
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