富士山八合目で命を守る救命救急医・岩瀬史明
『主治医が見つかる診療所(密着 夏の富士山救命現場&最新研究 若返りタンパク質)(2026年8月24日)』では、標高3100mにある富士山八合目救護所の救命現場が取り上げられます。この場所で長年活動してきたのが、山梨県立中央病院の岩瀬史明医師です。2007年から救護所に通い続ける救命救急医である一方、富士山を走って登るトップクラスの市民ランナーでもあります。その仕事と異色の経歴を詳しく見ていきます。
この記事でわかること
- 岩瀬史明医師が富士山八合目で続けている救命活動
- 山梨県立中央病院で担っている救命救急の仕事
- 2007年から約20年にわたり救護所へ通う理由と役割
- 富士登山競走で年代別1位になったランナーとしての実力
標高3100mの富士山八合目で命を守る現在
岩瀬史明医師は、山梨県立中央病院の高度救命救急センター統括部長を務める救命救急医です。
夏になると、普段働いている病院を離れ、富士山吉田ルートの八合目にある富士山八合目富士吉田救護所でも活動しています。
救護所があるのは標高約3100m。
登山口から簡単に救急車が駆けつけられる場所ではありません。体調を崩した登山者を診察し、その場で対応できる状態なのか、下山が必要なのか、さらに緊急搬送が必要なのかを限られた設備の中で判断する必要があります。
2026年8月24日の放送では、女性への落雷や重度高山病、意識がもうろうとした60代男性など、富士山で発生する緊迫した救命現場が扱われます。標高3100mという特殊な環境で活動する医療チームが大きなテーマになっています。
八合目救護所には医師や看護師などが入り、登山シーズン中の救護を担当します。
過去の活動では、頭痛や吐き気を訴える高山病だけでなく、低体温症、腹痛、けが、さらには心肺停止につながりかねない重症者にも対応してきました。
通常の病院との最大の違いは、患者が病院へ来るまで待つのではなく、医療そのものを標高3100mまで持ち上げていることです。
2007年から約20年間ボランティアで救護所に通い続ける
岩瀬医師が富士山八合目富士吉田救護所の活動に参加し始めたのは2007年です。
それ以降、毎年のように救護所へ入り、2026年まで数えると活動は約20年に及びます。
特徴的なのは、この活動が本業の病院勤務とは別に行われていることです。
八合目救護所では医師や看護師をはじめとする医療スタッフが交代で入り、診療や応急処置を行います。
富士山は日本を代表する観光地ですが、標高3000mを超える環境では地上と同じ感覚で行動できません。
高山病だけでなく、急激な天候変化による低体温症、転倒などによるけが、もともとの持病の悪化といった問題も起こります。
その一方で八合目から地上の医療機関までは距離があります。
岩瀬医師が長くこの場所に通っている背景には、病院から遠く離れた場所で発生する救急患者を、できるだけ早い段階から医療につなぐ役割があります。
20年近く同じ場所で診療を続けているからこそ、富士山特有の環境や登山者に起こりやすい症状について蓄積された経験も大きいといえます。
山梨県立中央病院の高度救命救急センター統括部長として働く
富士山で活動する姿が印象的ですが、岩瀬医師の本職は救命救急医です。
山梨県立中央病院の高度救命救急センターで統括部長を務めています。山梨県のメディカルコントロール協議会でも、救急活動の基準を検討する「活動基準部会」の部会長を務めています。
山梨県立中央病院の高度救命救急センターは、県内の重症患者を受け入れる重要な拠点です。
救急車で患者が搬送されてから治療を始めるだけではありません。
日中はドクターヘリ、24時間体制ではドクターカーを運用し、医師や医療スタッフが患者のいる場所へ向かいます。両者を合わせた出動は年間1000件以上とされています。
つまり岩瀬医師が富士山で行っている「医療が患者のもとへ行く」という考え方は、普段の救命救急の仕事ともつながっています。
事故や急病では、治療開始までの時間が重要になります。
病院の救命救急センターと標高3100mの救護所。
場所はまったく違いますが、どちらも重症化する前に患者へ医療を届ける仕事です。
ドクターヘリ導入時から山梨の救急医療を支える
岩瀬医師の経歴を知るうえでもう1つ外せないのが、山梨県のドクターヘリです。
山梨県では2012年にドクターヘリの運航が始まりました。
岩瀬医師は導入当初から中心メンバーとして関わってきました。山梨県立中央病院にも2012年当時、岩瀬医師によるドクターヘリ独自運航についての情報が残っています。
ドクターヘリの大きな特徴は、患者を病院へ早く運ぶだけではないことです。
医師や看護師を現場へ運び、病院へ到着する前から治療を始められる点にあります。
山が多く、都市部から離れた地域もある山梨県では、この仕組みの意味は大きくなります。
富士山八合目での救護活動とドクターヘリ。
一見すると別の仕事ですが、「医療機関から離れた場所で発生した患者にどう早く医療を届けるか」という共通した課題があります。
笹子トンネル崩落事故にも出動した救命救急医
岩瀬医師は大規模事故の救命現場も経験しています。
2012年12月に起きた中央自動車道・笹子トンネル天井板崩落事故にも出動しました。
普段の救急診療と大規模事故では、求められる判断も変わります。
多数の負傷者が発生した現場では、患者の状態を短時間で判断しながら、限られた医療資源をどこへ振り分けるかという対応が必要になります。
岩瀬医師は病院の救命救急だけでなく、ドクターヘリ、災害現場、そして富士山と、医療環境が整っていない場所で患者と向き合う経験を重ねてきた医師です。
富士山八合目という特殊な場所で長年医療チームを支えている背景には、こうした救急現場で積み重ねてきた経験があります。
富士山を走って登る「走れるドクター」の異色の一面
岩瀬医師をさらに印象的な人物にしているのが、ランナーとしての実力です。
趣味はマラソンやトレイルランニング。
富士山の救護所へ向かう際にも、登山道を走って登る姿が紹介されています。
一般的な「運動が好きな医師」というレベルではありません。
2018年の第71回富士登山競走では、山頂コース男子50歳以上の部で1位になっています。
タイムは3時間13分31秒でした。
山頂コースは富士吉田市役所をスタートし、富士山頂までを目指す約21kmのレースです。
標高差は約3000mあります。
平地の21kmとはまったく条件が違い、標高が上がるにつれて酸素も薄くなります。
そのコースで51歳当時、年代別1位。
さらに2007年の東京マラソンでは2時間37分12秒という記録も残っています。
救命救急医として日々働きながら、このレベルまで走力を維持していたことになります。
富士山八合目へ医療スタッフとして通いながら、自身も山を走る。
医師として富士山を知っているだけでなく、ランナーとしても山の環境を体で知っている点は、岩瀬医師ならではの特徴です。
高山病や低体温症と向き合う富士山医療の特殊さ
富士山八合目救護所で特に多く向き合う問題の1つが高山病です。
標高が高くなると気圧が下がり、体に取り込める酸素も少なくなります。
頭痛や吐き気、強い倦怠感などから始まり、重症化すると命に関わる状態になることもあります。過去の八合目救護所でも、高山病となった登山者への診療が繰り返し行われています。
もう1つ注意したいのが低体温症です。
富士山は夏でも気温が大きく下がります。
天候が崩れれば雨や強風も加わり、薄着や不十分な装備では急速に体温を奪われます。
岩瀬医師も富士登山では、日常とは違う高所であることを忘れず、事前の体調管理と十分な装備を整えることが重要だと伝えています。
八合目救護所は、登山者にとって「具合が悪くなったら気軽に立ち寄ればいい場所」というだけではありません。
救護所へ行く事態になる前に、
- 体調を整えて登る
- 十分な防寒・雨対策をする
- 無理なペースで標高を上げない
- 体調がおかしいと感じたら無理を続けない
という準備と判断が大切です。
岩瀬医師が約20年にわたって八合目に立ち続けていることからも、富士登山には通常の観光とは異なるリスクがあることが分かります。
普段は山梨県の高度救命救急センターで重症患者と向き合い、夏には標高3100mまで上がって登山者を診療する。
そのうえ富士山を走って登り、富士登山競走では年代別1位。
岩瀬史明医師は「富士山の医師」という言葉だけでは収まりきらない、救命救急と山を長年つないできた医師です。
約20年続く活動の重みを知ると、富士山八合目救護所が担っている役割も、より身近に感じられます。
参考リンク


コメント