75歳から歌を学び、76歳から作曲を始めた高嶋宏治
『モヤモヤさまぁ~ず2(東村山だっふんだぁ散歩 天才音楽家と永遠の3歳現るSP!)(2026年8月29日)』に登場する高嶋宏治さん。東村山を舞台に自作曲を歌う人物ですが、驚くのは音楽を本格的に始めた時期です。75歳から歌を学び、76歳から作曲へ。80代になっても新曲を発表し続ける、かなり珍しい“遅咲き”のシンガーソングライターです。
この記事でわかること
- 高嶋宏治さんが75歳から歌を始めた経緯
- 76歳から作曲するようになった転機
- 「東村山のめっ恋音頭」と地元とのつながり
- 80代になった現在も続く楽曲制作と活動
高嶋宏治は75歳から歌を学んだ80代の演歌系シンガーソングライター
高嶋宏治さんは、80代で活動を続ける演歌系シンガーソングライターです。
一般的な歌手とはスタート地点が大きく違います。
若いころからプロを目指して音楽活動を続けていたのではなく、きっかけとなったのはカラオケ好きでした。
カラオケを楽しむうちに歌への思いが強くなり、75歳から本格的なボイストレーニングを開始。そして翌年の76歳からは、自分自身で曲を作るようになりました。
「歌を始めるには遅い」と考えてしまいそうな年齢から、新しいことを1つ始め、さらに翌年には作曲へ進んでいるところが高嶋さんの大きな特徴です。
しかも趣味として曲を作るだけでは終わらず、作品を配信し続けています。
カラオケ好きから75歳でボイストレーニングを始めた
高嶋さんが通うようになったのが、ボーカルスクールフェザーハートミュージックです。
もともとはカラオケを楽しんでいた高嶋さんですが、歌をもっときちんと学びたいという思いからレッスンを開始しました。
その後、歌うだけではなく「自分の曲を作る」という段階へ進みます。
作曲を始めたのは76歳。
つまり高嶋さんの場合、
カラオケ → ボイストレーニング → 作曲 → 楽曲配信
と、年齢を重ねてから活動の幅を1つずつ広げていったことになります。
高齢になってから趣味を始める人は珍しくありませんが、そこからオリジナル作品を継続的に発表する段階まで進む例はそう多くありません。
高嶋さんが気になるのは、単に「80代で歌っているから」ではなく、70代半ばから新しいキャリアを作り始めた人物だからです。
高嶋宏治の作曲方法は詞を歌いながらメロディーを作るスタイル
高嶋さんの曲作りには特徴があります。
作詞家のつのだゆみこさんによると、高嶋さんは先に出来上がった詞を受け取り、その詞を実際に歌いながらメロディーを組み立てていくスタイルで曲を作っています。
楽器を使って理論から組み立てるだけではなく、自分が歌う声を出発点にして曲を完成させていく方法です。
高嶋さん自身が歌手でもあるため、「自分の声でどう響くか」を確かめながら作れるのも強みでしょう。
代表的な作品では、つのだゆみこさんが作詞、高嶋さんが作曲、相澤静夫さんが編曲という形で制作されています。
75歳で歌を学び始めた人が、その数年後には作詞家や編曲家と一緒に作品を生み出しているところにも、活動の広がりが見えます。
「東村山のめっ恋音頭」は高嶋宏治を象徴する地元ソング
高嶋さんを知るうえで外せない曲が、「東村山のめっ恋音頭」です。
2021年4月28日に配信された演歌・音頭調の楽曲で、高嶋さん自身が歌っています。
曲名に「東村山」が入っているため、高嶋さんの名前を知らなくても、東村山に暮らす人や地元イベントを通して曲を耳にした人もいるでしょう。
東村山といえば志村けんさんの「東村山音頭」のイメージが非常に強い街です。
そこへ自分自身のオリジナル曲として「東村山のめっ恋音頭」を作ったところにも、高嶋さんの音楽活動の面白さがあります。
単に演歌を歌うだけではなく、自分が関わる地域を題材に曲を残していることが、今回の東村山散歩につながる大きなポイントです。
「空のように」には80代になっても前へ進む高嶋宏治の姿が重なる
高嶋さんの人生そのものを感じやすい作品が、2021年12月に発表された**「空のように」**です。
この曲では高嶋さんから「少しフォークソング寄りの曲を歌ってみたい」という希望があり、作詞をつのだゆみこさん、作曲を高嶋さん、編曲を相澤静夫さんが担当しました。
制作時点ですでに高嶋さんは傘寿を超えていました。
それでも新しい曲調に挑戦し、作品を作り続けています。
歌詞を担当したつのださんも、高嶋さんが年齢を重ねても夢を持ち、「まだまだこれから」という気持ちで活動している姿を曲に重ねています。
75歳からボイストレーニングを始めた経歴と合わせて見ると、この曲は高嶋さんの活動を象徴する1曲ともいえます。
「ありがとさん」など作詞家との共同制作も続けている
高嶋さんは、自分1人ですべてを作るのではなく、周囲の音楽家と組みながら作品を増やしています。
2022年に発表された「ありがとさん」では、
- 作詞:つのだゆみこ
- 作曲・歌:高嶋宏治
- 編曲:相澤静夫
- コーラス:羽山茂樹
というチームで制作されました。
「ありがとさん」は、高嶋さんの年齢や声を意識しながら、日々の小さなことへの感謝や、何歳になっても明るく生きることをテーマとして作られた楽曲です。
高嶋さんの作品には恋や人生を題材にした演歌が多い一方、自分自身の年齢や生き方と重なる曲もあります。
だからこそ、単に若い歌手が年配者向けの演歌を歌うのとは違った説得力が生まれます。
作曲した「花一華」は別の歌手にもカバーされた
高嶋さんの活動は、自分で歌うだけにとどまりません。
2023年に高嶋さんが発表した「花一華」は、後に木村友香さんによってカバーされています。
木村友香さん版でも、作詞はつのだゆみこさん、作曲は高嶋宏治さん、編曲は相澤静夫さんとなっています。
これは高嶋さんにとって重要なポイントです。
自分の声で自分の曲を歌うだけではなく、別の歌手が歌う作品を生み出す作曲家としての活動にもつながっているからです。
76歳から始めた作曲が、他の歌手によって歌われるところまで広がっていると考えると、その歩みの大きさがよく分かります。
2021年から作品を発表し続け、2026年には「みぞれ雨」をリリース
高嶋さんがすごいのは、最初の数曲だけで活動が終わっていないことです。
2021年の「東村山のめっ恋音頭」以降、
「空のように」
「桂川~修善寺物語~」
「令和 演歌節」
「逢えそうで…横浜」
「ありがとさん」
「杜鵑草」
「花一華」
「も一度ひと花咲かそじゃないか」
「しょうがないね 恋心」
「いつか恋した女の町」
「昭和郷愁」
など、数年にわたって作品を発表してきました。
2026年3月19日には「みぞれ雨」もリリースされています。
75歳から歌を本格的に学んだ人物が、80代になっても新作を出している。
高嶋さんの経歴で最も印象に残るのは、この「始めた年齢」以上に、始めてからやめずに続けていることなのかもしれません。
高嶋宏治が教えてくれる「始める時期」は年齢だけで決まらない
高嶋さんの歩みを並べると、かなりシンプルです。
75歳で歌を習う。
76歳で曲を作る。
作品を配信する。
別のジャンルにも挑戦する。
他の歌手に自作曲を歌ってもらう。
80代でも新曲を出す。
どれも若い音楽家なら珍しくない出来事ですが、高嶋さんはそのスタートが70代半ばでした。
「もっと若いころからやっていれば」と振り返るのではなく、興味を持った時点から始めて、その先へ進んでいます。
東村山の街で出会う個性的な人物として見るだけでなく、70代から新しい人生の柱を作った人として見ると、高嶋宏治さんの活動はさらに興味深く感じられます。
そして2026年にも新曲を発表していることを考えると、「遅咲き」という言葉だけでは収まりません。
高嶋さんにとって歌や作曲は、今も続いている現在進行形の活動です。


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