入山和史が怪獣一筋の生活からプロの造形マンへ
2026年10月4日放送の「家、ついて行ってイイですか? ニッポンの職人ワザSP」で再び追跡されるのが、怪獣造形を続けてきた入山和史さんです。
番組が最初に入山さんを取材したときは28歳。ドラッグストアで働きながら、仕事が終わると工房へ向かい、明け方までオリジナル怪獣を作り続けていました。
それから約7年。入山さんはフリーランスの造形マンとして活動を続け、怪獣の着ぐるみ制作やデザイン、映画の特殊造形にも携わり、さらにTravis JapanのMVへ出演するところまで活動を広げています。2026年10月4日の番組では、その変化した現在が紹介されます。
この記事でわかること
- 入山和史さんが怪獣造形を始めた人生の転機
- 進学校から美術の道へ進んだ理由
- 「我が家工房」で続けてきた怪獣制作
- 7年後にTravis JapanのMVへ出演するまでの変化
入山和史は新潟から上京した怪獣造形マン

入山和史さんは、新潟県から東京へ出てきた造形マンです。
怪獣の着ぐるみやソフトビニール人形などを制作する怪獣造形集団「我が家工房」に参加し、オリジナル怪獣のデザインや造形に携わってきました。
2020年に「家、ついて行ってイイですか?」が取材した当時は28歳。いったん造形会社へ就職したものの退職し、ドラッグストアでアルバイトをしながら怪獣制作を続けていました。
当時の生活はかなり極端です。
アルバイトを終えると工房へ向かい、明け方まで制作。その後、自宅へ戻って短く休み、再び仕事へ向かうという毎日でした。
生活の中心にあるのは、収入や安定ではなく「怪獣を作ること」でした。
中学では上位の秀才、進学校で居場所を失った
現在の姿だけを見ると、子どものころから美術一本だった人物にも見えます。
しかし入山さんは、中学時代には新潟県内で上位に入るほど成績が良く、県内トップクラスの私立高校へ進学しています。
ところが高校へ入って状況が変わりました。
もともと勉強そのものが好きだったわけではなく、高校では成績が大きく低下。周囲が受験へ向かって進んでいく中で、自分の居場所を見つけられなくなっていきます。
人生を変えたのが高校3年生のときでした。
映画「エイリアン」に衝撃を受けた入山さんは、学園祭に向けて巨大なエイリアンを1人で制作します。
完成したエイリアンに扮して校内を歩いたところ、大きな注目を集め、個人として特別賞を受賞しました。
勉強では得られなかった評価を、自分の手で作った造形物によって初めて得た瞬間でした。入山さん自身も、この経験が現在につながる自信になったと振り返っています。
美術専門学校へ進み、造形会社を辞めた理由
高校卒業後、入山さんは周囲と同じ大学進学ではなく、美術専門学校へ進みました。
その後は造形会社へ就職します。
一見すると、ここで念願だった造形の仕事へ到達したことになります。
しかし入山さんは会社を辞めました。
理由は非常に明確でした。
作りたかったのは幅広い造形物ではなく、「怪獣」だったからです。
2020年の番組取材では、「怪獣しか作りたくない」という理由で造形会社を退職した経緯が紹介されています。安定した会社員生活より、自分が作りたいものを作る道を選びました。
ガイガン山崎との出会いから「我が家工房」へ
入山さんの怪獣制作を語るうえで欠かせない人物が、特撮・映画などを専門に執筆するライターのガイガン山崎さんです。
2人が知り合ったきっかけは、映画「ガメラ」シリーズのオールナイト上映でした。
怪獣について意気投合した2人は、その後一緒に制作活動を始めます。
ガイガン山崎さんは自宅のガレージを利用した怪獣造形集団「我が家工房」を主宰。入山さんはその中心メンバーとなり、造形主任としてオリジナル怪獣づくりを担うようになりました。
2020年の「山の怪獣プロジェクト」では、入山さんがデザインを担当。
北海道のヒグマやエゾシカなどをモチーフにした怪獣をはじめ、山や土地の特徴を怪獣へ落とし込むデザインを制作しています。
単に既存作品の怪獣を再現するのではありません。
設定を考え、動物や地形、特撮作品の造形史まで組み合わせながら「存在していそうな新しい怪獣」をゼロから生み出す仕事です。
「売るため」ではなく自分が見たい怪獣を作り続けた
入山さんの怪獣作りには、一貫した考えがあります。
2020年の取材当時、完成した怪獣を販売しないのかと聞かれた入山さんは、販売を最終目的にはしていないと話していました。
自分が見たい怪獣を、自分で作る。
この姿勢が長く続いています。
当時は、昼間に別の仕事をしなければ生活できない状態でした。
それでも制作をやめず、ガイガン山崎さんとともに着ぐるみ、ソフビ、怪獣デザインなどを積み重ねていきます。
YAMAP MAGAZINEでも入山さんは「フリーランスの造形マン」として紹介され、「我が家工房」でオリジナル怪獣の着ぐるみ制作を担っていることが確認されています。
怪獣作りが映画の「特殊造形」という仕事につながった
入山さんの活動は自主制作だけではありません。
映画制作の現場にも広がっています。
2025年の映画「怪奇タクシー 布告を知らぬ者達に」では、入山和史さんが「特殊造形」のスタッフとしてクレジットされています。
特殊造形は、撮影で使用する怪物や特殊な身体表現、小道具などを実際の形として作り上げる仕事です。
高校時代にたった1人で巨大なエイリアンを作り、その後も怪獣にこだわり続けた経験が、商業作品の制作へつながっていることが分かります。
2026年にもガイガン山崎さんのプロフィールでは、入山さんがフリーランスの造形マンとして活動し、我が家工房でオリジナル怪獣の着ぐるみ制作を行っていることが紹介されています。
7年後、Travis JapanのMVへ出演
そして今回の「家、ついて行ってイイですか?」で最も大きな変化として示されているのが、Travis Japanとの仕事です。
番組公式は、かつて取材した怪獣青年について「その7年後…Travis JapanのMVにも出演していた!」と紹介しています。
2020年にはドラッグストアで働きながら深夜まで怪獣を作っていた入山さん。
そこから制作を続け、怪獣造形の仕事を積み重ね、映画の特殊造形にも携わり、アーティストの映像作品へ出演するところまで活動の場が広がりました。
「好きな怪獣を作る」という軸自体は変わっていません。
変わったのは、その怪獣作りが社会との接点を持ち始めたことです。
入山和史の現在につながる主な活動
入山さんについて確認できる活動を整理すると、次のようになります。
- オリジナル怪獣のデザイン
- 怪獣着ぐるみの制作
- ソフビなどの造形
- 「我が家工房」の造形活動
- YAMAP「山の怪獣プロジェクト」のデザイン・造形
- 映画作品の特殊造形
- ミュージックビデオへの出演
かつて「怪獣しか作りたくない」と造形会社を辞めた人物が、怪獣を作り続けることで仕事そのものを自分の方向へ引き寄せてきた形です。
まとめ
入山和史さんは、新潟県の進学校に通っていた高校時代、映画「エイリアン」と出会ったことをきっかけに造形の道へ進んだ人物です。
高校の学園祭で巨大なエイリアンを1人で作り、特別賞を受賞した経験が大きな転機となりました。
その後は美術専門学校、造形会社を経ながらも、「怪獣しか作りたくない」と退職。ガイガン山崎さんが主宰する「我が家工房」でオリジナル怪獣を作り続けてきました。
2020年のテレビ出演時には、アルバイトと制作を両立する生活でした。
それから約7年。
フリーランスの造形マンとして活動し、映画の特殊造形にも参加。そして「家、ついて行ってイイですか?」が再び追った現在では、Travis JapanのMVへ出演するまでになっています。
好きなものを作り続けるという一点を変えず、それを仕事へつなげてきた入山さん。その7年間の変化が、今回の放送で大きな見どころとなります。
参考リンク
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