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新宿の豪邸は西川流宗家 11世西川扇藏と人間国宝の父、300年以上続く名門一家【プラチナファミリー】

文化・伝統芸能

新宿の豪邸に受け継がれる西川流300年の歴史

『プラチナファミリー 2時間SP(品川・青山・世田谷…都内“謎の豪邸”潜入SP)(2026年8月18日)』で新宿の名門一家として登場するのが、日本舞踊西川流宗家です。先代は人間国宝の10世西川扇藏、現在の宗家は11世西川扇藏。3歳から日本舞踊の世界で育ちながら、ロンドンでモダンダンスやバレエまで学んだ異色の後継者です。300年以上続く家に何が受け継がれ、どう現代へつながっているのかをたどります。

この記事でわかること

  • 新宿の豪邸につながる日本舞踊・西川流宗家の歴史
  • 11世西川扇藏と人間国宝だった父・10世との関係
  • ロンドン留学や宝塚、大河ドラマへ活動を広げた経緯
  • 西川流が300年以上続いてきた継承の仕組み

新宿の豪邸は日本舞踊・西川流宗家

新宿の「先代が人間国宝で300年以上ある伝統芸能を受け継ぐ一家」として登場するのが、日本舞踊・西川流宗家です。

西川流は日本舞踊を代表する流派の1つで、公式には初世宗家の生誕から300有余年の歴史を持つ、最も古い流派の1つとされています。現在も「日本舞踊の5流派」に数えられる名門です。

宗家の拠点は東京都新宿区市谷台町。

つまり今回登場する新宿の邸宅は、単に裕福な一家が暮らす大きな家というだけではなく、長い歴史を持つ日本舞踊の宗家と結びついた場所です。

代々受け継がれてきたのは家や名前だけではありません。

踊りの型、振付作品、舞台に立つための身体の使い方、弟子を育てる仕組み、そして「西川扇藏」という宗家の名まで、何世代にもわたって継承されてきました。

豪邸のスケール以上に興味深いのは、この場所から300年以上続く芸が次の世代へ渡されていることです。

西川流は300年以上続く日本舞踊の名門

西川流の歴史は江戸時代までさかのぼります。

現在の日本舞踊にはさまざまな流派がありますが、西川流はその中でも特に古い歴史を持ち、花柳流、藤間流、若柳流、坂東流と並ぶ代表的な流派として知られています。西川流自身も、初世宗家の生誕から300有余年を数えることを掲げています。

日本舞踊というと、着物を着てゆっくり踊る伝統芸能という印象を持つ人もいるでしょう。

しかし実際には、音楽や物語に合わせた身体表現だけでなく、役柄ごとの立ち方、歩き方、扇子の扱い、視線、間の取り方など、多くの技術が積み重なっています。

こうした技術は文章だけで完全に残せるものではありません。

師匠から弟子へ、舞台や稽古を通じて身体で受け継がれていく部分が大きいため、「人が人へ伝える仕組み」が途切れれば流派そのものが続かなくなります。

300年以上という年月は、ただ古いだけではありません。

時代が江戸、明治、大正、昭和、平成、令和と変わっても、踊りを教える人と学ぶ人が途切れなかった歴史でもあります。

11世西川扇藏はどんな人物なのか

現在、西川流宗家を継いでいるのが11世西川扇藏さんです。

1960年2月1日生まれ。本名は西川均さんで、人間国宝となった10世西川扇藏さんの長男として生まれました。

長く5代目西川箕乃助の名で活動してきましたが、2024年7月29日に西川流11世宗家を継承し、11世西川扇藏を襲名しています。

父である10世が「西川扇藏」という名を88年にわたって名乗っていたため、11世にとって襲名は非常に大きな出来事でした。

現在は重要無形文化財「日本舞踊」の総合指定保持者でもあります。

経歴を見ると、「伝統芸能の家に生まれてそのまま家を継いだ人物」というイメージとはかなり違います。

早稲田大学で演劇を学び、その後は日本を飛び出してロンドンへ留学。

さらにモダンダンス、バレエ、舞踊理論まで学んでいます。

日本舞踊という伝統の中心に生まれながら、一度外の世界から舞踊を見直した経験を持つ宗家なのです。

先代・10世西川扇藏は人間国宝

11世の父であり先代宗家だった10世西川扇藏さんは、日本舞踊界を代表する存在でした。

1928年生まれで、幼少期から西川流を継承。長年にわたって舞台活動を続け、日本舞踊の技術と芸を後世へ伝えてきました。

大きな功績の1つが、重要無形文化財「日本舞踊」の保持者に認定されたことです。

一般に人間国宝と呼ばれる存在です。

文化財として残されるのは建物や美術品だけではありません。

日本舞踊のように、人間の身体を通して伝えられる高度な「わざ」も文化財として守られています。10世西川扇藏さんは、そうした技術を高い水準で体得した人物として認められていました。

2023年7月に95歳で亡くなるまで、日本舞踊の継承と発展に深く関わりました。

そして翌2024年、長男である西川箕乃助さんが11世西川扇藏を襲名。

人間国宝だった父から息子へ、宗家の名前と役割が正式に受け継がれました。

新宿の名門一家を見るうえでは、この10世から11世への継承が大きな軸になります。

3歳で初舞台に立った11世西川扇藏の歩み

11世西川扇藏さんは、幼いころから日本舞踊が日常にある環境で育ちました。

3歳から父・10世西川扇藏さんに稽古をつけてもらい、同じ3歳のころに「かつを売り」で初舞台を経験しています。

宗家の長男という立場だけに、幼いころから周囲には「将来は流派を継ぐ人」と見られていたと本人も振り返っています。

ただ、興味深いのは進路を無理に決められたわけではなかったことです。

大学を卒業する際、母からは他にやりたいことがあるなら別の道へ進んでもよいと伝えられ、それでも最終的には自分の意思で踊りの世界へ進むことを選びました。

早稲田大学第一文学部では演劇を専攻。

1984年に卒業した後も、日本舞踊の技術だけに閉じこもらず、舞台芸術そのものを広く学んでいきます。

1993年には歌舞伎座で行われた西川会で5代目西川箕乃助を襲名。

古典作品や父が振り付けた作品を継承する一方、自ら新しい作品を作る活動にも力を入れるようになりました。

ロンドン留学でバレエやモダンダンスを学んだ理由

11世西川扇藏さんの経歴で特に目を引くのが、ロンドン留学です。

日本舞踊の宗家を継ぐ立場でありながら、1980年代後半にイギリスへ渡りました。

ロンドン大学SOASで学んだ後、ラバンセンターでモダンダンス、バレエ、舞踊理論を専攻しています。

その背景にあったのが、日本舞踊の将来と国際化でした。

自分が生まれ育った日本舞踊だけを内側から見るのではなく、海外の舞踊を学ぶことで「日本舞踊とは何なのか」を別の角度から捉えようとしたのです。

これは300年以上続く宗家としてはかなり大胆な選択です。

伝統を守ることを「昔とまったく同じことだけをする」と考えず、異なる身体表現や舞踊理論を学びながら、自分たちの芸を見つめ直してきました。

現在の西川流に古典の継承と新しい創作の両方があるのは、この経験ともつながっています。

宝塚や大河ドラマにも生きる西川流の技術

西川扇藏さんの活動は、日本舞踊の舞台だけにとどまりません。

NHK大河ドラマや連続テレビ小説、映画などの所作指導に携わり、宝塚歌劇団やOSK日本歌劇団では振付も数多く手掛けてきました。

所作指導とは、単純に踊りを教える仕事ではありません。

たとえば時代劇なら、その時代や身分に合った歩き方、座り方、お辞儀、物の扱い方などを俳優に伝えます。

現代人が普段行っている動きと、江戸時代などを生きた人物の身体の使い方は同じではありません。

そこで日本舞踊で蓄積されてきた身体表現の技術が生きてきます。

一方、宝塚歌劇団やOSKでは舞台作品の振付として、その技術が新しい形へ変換されます。

つまり、西川流で受け継がれてきた技術は「古典芸能を見る人」だけが触れているものではありません。

テレビドラマや映画、ミュージカルなどを通じて、知らないうちに多くの人がその技術に接しています。

11世西川扇藏さん自身も舞踊家として高く評価され、5代目西川箕乃助時代の2021年には、古典の伝承と舞台成果により日本芸術院賞を受賞しました。

西川流が300年以上受け継がれてきた理由

300年以上続く流派と聞くと、「昔からの型を変えずに守ってきたから」と考えたくなります。

しかし、西川流の歩みを見ると、それだけではありません。

11世西川扇藏さんは、父や流派から受け継いだ古典作品を残す一方、自分自身の創作にも取り組んできました。

さらに海外公演や外国人を対象としたレクチャーを行い、日本舞踊を日本の中だけに閉じない活動も続けています。

ロンドンで西洋舞踊を学んだことも同じです。

守る部分は守る。

しかし時代に合わせ、新しい知識や表現も取り入れる。

この2つを同時に続けてきたことが、西川流の強さなのでしょう。

特に伝統芸能では、芸そのものだけでなく「次に伝える人」を育て続けなければなりません。

10世西川扇藏さんから11世へ伝わったように、作品、型、名前、考え方を次の世代へ渡す仕組みそのものが流派の財産です。

古いから残っているのではなく、残すために世代ごとに動き続けてきた。

300年以上という時間の重みは、そこにあります。

市谷台町に宗家を構える西川家の現在

現在の西川流宗家は、東京都新宿区市谷台町に拠点を置いています。公式サイトにも宗家所在地として新宿区の住所が掲げられています。

2024年7月29日に11世西川扇藏が誕生し、西川家は新しい時代へ入りました。

11世は古典の舞台に立つ一方、振付、所作指導、教育、海外への発信など幅広い活動を続けています。

しかも、伝統を継ぐだけの人物ではありません。

ロンドンで西洋舞踊を学び、自ら作品を作り、映像作品や宝塚など別ジャンルにも日本舞踊の技術を広げてきました。

新宿の豪邸を入口に西川家をたどっていくと、本当に驚かされるのは建物の大きさではなく、300年以上も「家」と「芸」が一緒に続いてきたことです。

人間国宝となった10世から11世へ。

江戸時代から受け継いできた古典を守りながら、テレビ、映画、宝塚、海外へと活動領域を広げる西川流は、現在も変化の途中にあります。

新宿の邸宅は、そうした日本舞踊の歴史を何世代にもわたってつないできた、西川家の「暮らしの場所」であると同時に、伝統を次代へ渡す宗家の拠点でもあるのです。

参考リンク

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