チャップリンの名作を文楽へ変えた三味線奏者・鶴澤友之助
2026年9月18日放送のNHK Eテレ『芸能きわみ堂』では、チャールズ・チャップリンの映画『街の灯』を原作にした新作文楽『まちの灯』の制作現場に密着します。
なかでも注目したいのが、作曲を任された文楽三味線奏者の鶴澤友之助(つるざわ とものすけ)さんです。もともと西洋音楽の楽器を演奏していた友之助さんは、文楽の世界へ入り、まったく異なる音の感覚と向き合ってきました。その経験が、チャップリンの音楽と義太夫節を結ぶ今回の新作につながっています。
この記事でわかること
- 鶴澤友之助さんが『まちの灯』で担当した役割
- 西洋音楽から文楽三味線へ進んだ歩み
- チャップリン『街の灯』を義太夫節にするための工夫
- 新作文楽『まちの灯』の内容と公演・配信情報
鶴澤友之助が新作文楽『まちの灯』の作曲を担当
新作文楽『まちの灯』で鶴澤友之助さんが担ったのは、作品を支える作曲です。
制作陣は、
- 原作:チャールズ・チャップリン『街の灯』
- 脚本・演出:大野裕之
- 補綴:豊竹若太夫
- 作曲:鶴澤友之助
- 人形監修:桐竹勘十郎
- 作調:望月太明藏
という布陣。2026年7月18日から8月9日まで大阪・国立文楽劇場の「Bunraku Summer Festival」で上演されました。
単に映画で使われた音楽を三味線で弾く作品ではありません。チャップリンの世界を、太夫の語り、太棹三味線、人形の動きからなる文楽そのものへ作り替える必要がありました。
そこで重要な役割を果たしたのが、西洋音楽と義太夫節という異なる音楽を経験してきた友之助さんでした。
西洋音楽の感覚を持ったまま文楽の世界へ入った
友之助さんは文楽一筋で育った三味線奏者ではありません。
高校時代にはクラシックギターやエレキベースに夢中になり、17歳ごろにはフラメンコギターやコントラバスにも取り組んでいたことを、自身の母校へのメッセージで振り返っています。
本人も『まちの灯』の取材会で、もともとは西洋音楽の楽器を演奏していたと説明しています。
ところが文楽で使われる義太夫節は、西洋音楽とは音程の捉え方そのものが違います。西洋音楽の平均律に慣れていたため、文楽に入った当初は義太夫節の音程になじめない時期もあったそうです。
長く続けるうちに、西洋音楽と義太夫節、それぞれの感覚を頭の中で使い分けられるようになっていきました。
一見すると遠回りにも見える西洋音楽の経験が、後にチャップリンと文楽をつなぐ大きな武器になったのです。
2000年に文楽研修生となり2002年に初舞台
文楽協会の公式プロフィールによると、友之助さんは2000年4月に国立劇場文楽第19期研修生となりました。
その後の主な歩みは次の通りです。
- 2000年4月:国立劇場文楽第19期研修生
- 2002年4月:豊澤富助に入門し「豊澤龍爾」を名乗る
- 2002年7月:国立文楽劇場で初舞台
- 2017年5月:鶴澤清友門下となり「鶴澤友之助」を名乗る
文楽協会賞や国立劇場文楽賞文楽奨励賞の受賞歴もあります。
西洋の楽器を弾いていた青年が、研修を経て文楽三味線の舞台に立ち、20年以上を重ねた先でチャップリン作品の作曲を任されることになりました。
今回の『まちの灯』は、友之助さん自身の音楽人生が生かされた作品ともいえます。
チャップリンの音楽をそのまま再現せず義太夫節へ溶け込ませた
『まちの灯』で難しかったのは、チャップリン映画らしさを残しながら、文楽として違和感のない音楽にすることでした。
原作映画『街の灯』は1931年公開。チャップリン自身が音楽にも深く関わった作品です。
文楽版では、その音楽的な記憶を残しつつ、基本となるのはあくまで太夫と三味線による義太夫節。文化庁も、公演紹介でチャップリンの音楽を義太夫節へ巧みに取り入れた点を『まちの灯』の特徴として紹介しています。
友之助さんが歩んできた「西洋音楽から文楽へ」という経歴が、ここでそのまま生きました。
どちらか一方の音楽に寄せるのではなく、文楽として成立させながら、ふとチャップリンを感じさせる。そのバランスこそ、この新作で求められた仕事だったと考えると分かりやすいでしょう。
『街の灯』は幕末の大坂を舞台にした物語へ生まれ変わった
新作文楽『まちの灯』は、映画の舞台をそのまま再現した作品ではありません。
舞台は幕末の大坂です。
主人公は、チャップリンが演じた放浪者にあたる風来坊の与次郎。天神橋で目の不自由な花売り娘・お花と出会います。
与次郎は大旦那の吉田勘右衛門から得た二十両で、お花の花を買い占めます。しかし、お花の目を治療するにはさらに大金が必要でした。
そこで与次郎は賞金を得るため賭け相撲にも挑み、ついには百両をお花へ渡しますが、自身は役人に捕らえられてしまいます。
やがて時代は明治へ。治療によって目が見えるようになったお花の前に、出牢した与次郎が姿を現す――という形で、映画史に残る『街の灯』の物語が文楽へ移されています。
時代や地名、人物名まで日本へ置き換えながら、原作に流れる「相手のために尽くす」という物語の核は残されています。
人間国宝・桐竹勘十郎もチャップリンから影響を受けていた
『まちの灯』を支えたのは音楽だけではありません。
人形監修を担当し、主人公・与次郎を遣ったのは桐竹勘十郎さんです。
勘十郎さんは若いころ、チャップリンの『黄金狂時代』で、パンにフォークを刺して足のように踊らせる有名な場面を見て、その見事な動きに強い刺激を受けたと取材会で明かしています。
長い年月を経て、そのチャップリンを自ら文楽人形として表現する側になりました。
語りでは豊竹若太夫さん、音楽では鶴澤友之助さん、人形では桐竹勘十郎さん。それぞれ異なる立場の技芸員が『街の灯』を文楽の言葉へ翻訳していったことが、この作品の大きな特徴です。
チャップリンの息子ユージーンも初日に『まちの灯』を鑑賞
2026年7月18日の初日には、チャールズ・チャップリンの息子ユージーン・チャップリンさんも国立文楽劇場を訪れました。
ユージーンさんは、文楽の伝統的な音楽と、父チャップリンの音楽が組み合わされていること、人形に命が吹き込まれているように感じられたことを高く評価しています。
原作者の家族が実際に舞台を見届けたことも、『まちの灯』が単なる企画物ではなく、チャップリン作品と文楽を本格的に結びつけた作品だったことを象徴する出来事でした。
『まちの灯』の公演期間と現在の配信状況
『まちの灯』が上演された「Bunraku Summer Festival」の公演情報は次の通りです。
- 会場:国立文楽劇場
- 所在地:大阪府大阪市中央区日本橋1-12-10
- 公演期間:2026年7月18日~8月9日
- 開演:18時
- 『まちの灯』上演時間:18時35分~20時25分
- 当時の料金:一般6,000円、学生4,200円
公演そのものはすでに終了しています。
また、国立文楽劇場は夏休み文楽特別公演の収録映像を2026年9月に配信しましたが、公式案内ではBunraku Summer Festivalの『まちの灯』は配信対象外と明記されています。
そのため、舞台制作の過程や技芸員たちがどのようにチャップリン作品へ向き合ったのかを知るうえで、今回の『芸能きわみ堂』はかなり貴重な内容になりそうです。
まとめ
鶴澤友之助さんは、西洋音楽の楽器に親しんだ後、2000年に文楽研修生となり、2002年に初舞台を踏んだ三味線奏者です。
文楽へ入った当初は、西洋音楽と義太夫節の音程の違いに苦労しました。しかし、その両方を知っていることが、約20年以上を経て大きな強みになりました。
2026年の新作文楽『まちの灯』では、チャップリン『街の灯』の音楽的な記憶を残しながら、作品全体を義太夫節として成立させる作曲を担当しています。
9月18日の『芸能きわみ堂』では、完成した舞台だけでなく、友之助さんをはじめ、豊竹若太夫さん、桐竹勘十郎さん、大野裕之さんらが映画の名作を文楽へ変えていくまでの試行錯誤が大きな見どころとなります。
参考リンク
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