年商5億円の社長から70歳で自己破産、山で人生を築き直した根岸さん
『ナゼそこ?(累計100万部超えベストセラー作家がなぜ山奥へ?借金3億円訳あり移住)(2026年8月20日)』に登場した根岸さんは、かつて年商5億円の建築会社を経営していた元社長です。5DKの自宅を構えるまで成功した一方、会社の経営悪化で3億円の負債を抱え、70歳で自己破産。現在は群馬の山で暮らし、建築の経験を生かしながら、23歳年下の妻と暮らす新しい家を自ら造っています。
この記事でわかること
- 根岸さんが年商5億円の会社を築くまでの経歴
- 3億円の負債を抱え70歳で自己破産した経緯
- 3万円未満のテントから山暮らしを始めた理由
- 23歳年下の妻のために新居を建てている現在
根岸さんは年商5億円の建築会社を経営していた元社長
群馬県の山中で暮らしている根岸さんは、現在82歳。
山の中に自分で造った建物で生活している姿だけを見ると、昔から大工や山暮らしを続けてきた人にも見えます。
しかし、以前の生活はまったく違うものでした。
根岸さんは31歳で建築会社を設立し、事業を年商5億円まで成長させた経営者です。
自宅も5DKの立派な家を建てるなど、事業も生活も順調な時期を経験しました。
ところが、その後に会社の経営が行き詰まり、最終的には3億円もの負債を抱えることになります。
成功した経営者が、70歳になって家や会社を失うほど状況が変わってしまったのです。
高校卒業後はベッド販売から社会人生活を始めた
根岸さんは1944年、群馬県高崎市で生まれました。
高校卒業後に最初に就いた仕事は、ベッドのセールスマンです。
ただ、この仕事は約1年で退職しました。その後に就いた仕事も長続きせず、若い頃から順調に経営者への道を歩んだわけではありません。
転機となったのが、手に職をつけようと考えたことでした。
看板を扱う会社に就職しながら技術を身につけ、さらに2級建築士の資格も取得します。
営業の仕事を転々としていた青年が、建築という専門分野を身につけたことで人生の方向が定まりました。
このとき習得した建築の知識と技術は、何十年もたった現在の山暮らしでも生かされています。
31歳で建築会社を設立し年商5億円まで成長させた
技術と経験を積んだ根岸さんは、31歳で自分の建築会社を立ち上げました。
そこから会社を成長させ、売上は年商5億円にまで達します。
若い頃には仕事が1年、2年と続かなかった根岸さんが、自ら会社を興し、大きな事業へ育てたことになります。
自宅には5DKの家を構えるなど、生活も大きく変わりました。
しかし、会社を大きくすることと、その経営を長く維持することは同じではありません。
根岸さんの人生を再び大きく変えたのが、会社の経営悪化でした。
3億円の負債を抱えて70歳で自己破産した
建築会社の経営がうまくいかなくなり、根岸さんが抱えた負債は約3億円に膨らみました。
最終的に70歳で自己破産します。
それまで築いてきた会社や財産を失い、年商5億円の会社を経営していた頃とは正反対の状況になりました。
70歳という年齢も大きなポイントです。
一般的には仕事を退職し、その後の生活を考える時期ですが、根岸さんはその年齢から生活そのものを一から組み直さなければならなくなりました。
ここで人生を支えたのが、それまでに築いた財産ではなく、人とのつながりと自分の技術でした。
山へ移れたきっかけは知人女性からの申し出だった
自己破産後の根岸さんに手を差し伸べたのが、知人の女性でした。
女性から、空いている別荘を管理してくれるのであれば土地を使ってほしいという話を受けます。
その場所が、現在暮らしている群馬県の山中でした。
根岸さんにとって、それまで縁のなかった場所です。
74歳のときに街中での生活を離れ、山へ移りました。
70歳で自己破産してから約4年。
会社を失った直後にすぐ山暮らしへ転じたのではなく、その後の生活を経て、新しい場所へ移ったことになります。
3万円未満のテントから山での再出発が始まった
山へ来た根岸さんが最初に用意した住まいは、立派な住宅ではありませんでした。
購入したのは、コストコで販売されていた3万円未満のテントでした。
元建築会社社長が、70代になってテントから再出発するという大きな変化です。
ただし、根岸さんはそのテントで生活し続けるだけではありませんでした。
長年培ってきた建築技術を使い、テントを囲むように木で骨組みを組み、モルタルを塗りながら建物へと手を加えていきました。
水洗トイレまで設置しています。
お金をかけて完成した家を購入するのではなく、自分が持っている技術で生活環境を作り直していったのです。
若い頃に「手に職をつけたい」と考えて身につけた技術が、数十年後、自分自身の暮らしを支えることになりました。
山では畑の恵みを生かした暮らしを続けている
現在は住宅だけでなく、食生活も以前とは大きく変わっています。
借りている畑では小松菜やふきのとうなどを収穫。
採れた小松菜を油揚げと煮たり、ふきのとうを味噌で和えたりと、身近で採れるものを食卓に取り入れています。
年商5億円の会社を経営し、5DKの家で生活していた頃とはまったく違う暮らしです。
ただ、山暮らしは「何もない生活」というわけではありません。
土地があり、畑があり、自分で建物を造れる技術があります。
大きな財産を失った後に、手元に残ったものを使って暮らしを組み立て直しているところに、根岸さんの現在の生活の特徴があります。
23歳年下の妻と山の中で暮らしている
根岸さんは現在、23歳年下の妻と一緒に山で暮らしています。
82歳の根岸さんから23歳差となるため、妻は50代後半という年齢差の夫婦です。
山の生活では、自分だけが暮らせればよいわけではありません。
根岸さんは、妻がこれからも暮らしていける住まいを造ろうと、新たな挑戦を始めています。
それが新居建設です。
80歳ごろから妻のための新居を自分で建て始めた
根岸さんが新しい家を造り始めたのは約2年前。
80歳ごろからの挑戦です。
建築会社を経営していた人とはいえ、80代になって自ら家を造るのは簡単なことではありません。
それでも建築士として培った知識や現場経験を生かし、妻と暮らす新居を造り続けています。
ここが根岸さんの人生で特に印象的な部分です。
31歳で建築会社を立ち上げた頃は、仕事として人の建物を造っていました。
70歳で会社も財産も失い、74歳からは自分が生きるための住まいを造るようになります。
そして80代では、今度は妻のこれからのために家を造っているのです。
同じ「建築」でも、その意味は人生の段階によって大きく変わりました。
自己破産後も残った「建築の技術」が人生を支えた
根岸さんの人生を見ると、「年商5億円から3億円の借金へ」という金額の大きさに目が向きます。
しかし、その後までたどると別のものが見えてきます。
会社は失っても、若い頃から積み重ねてきた建築の知識と経験までは失われませんでした。
テントを生活できる建物へ変え、水洗トイレを整え、さらに80代になって新居まで建設する。
もし20代の頃に「手に職をつけよう」と考えていなければ、山に移った後の生活もまったく違うものになっていたでしょう。
仕事を転々としていた青年時代、31歳での起業、年商5億円への成長、3億円の負債、70歳での自己破産、74歳での山暮らし。
そして80代になった現在も、生活を自分の手で造り続けています。
成功した会社そのものではなく、その過程で身につけた技術が最後まで自分を助けているところに、この人生のもう1つの大きな意味があります。
5億円の会社を失っても82歳で人生は続いている
70歳で3億円の負債を抱えて自己破産すれば、「そこで人生が終わった」と考えてしまっても不思議ではありません。
根岸さんの場合は、その後に74歳で新しい土地へ移り、3万円未満のテントから生活を作り直しました。
そして82歳となった今も、23歳年下の妻と暮らしながら、新しい家を造っています。
年商5億円だった時代から見れば、現在の生活は大きく変わりました。
それでも、自分で建物を造り、畑のものを食べ、妻との生活を築いています。
根岸さんの人生で特に残るのは「3億円を失った」という部分だけではありません。
70歳ですべてを失った後にも、12年以上の人生が続き、その中で新しい暮らしを築いてきたことです。
財産を築いた過去よりも、失った後に何を残し、どう暮らしを立て直したのか。
そこに、年商5億円の元社長から山暮らしへと変わった根岸さんの人生の核心があります。
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