篠原千絵の次回作は飛鳥時代の伊勢を描く『斎宮幻視譚』
『ネコメンタリー 猫も、杓子(しゃくし)も。(篠原千絵と桃太)(2026年8月28日)』で、画業45周年を迎えても新しいキャラクターを生み出し続ける姿を見せる篠原千絵さん。その「新作」が、『斎宮幻視譚』として動き始めます。舞台は飛鳥時代の伊勢。神に仕える皇女「斎宮」を中心に、歴史と謎が絡み合う新たな物語です。
この記事でわかること
- 篠原千絵さんの新作『斎宮幻視譚』の内容
- 主人公につながる「斎宮・斎王」とはどんな女性なのか
- 飛鳥時代の斎王・大来皇女に起きた出来事
- 『天は赤い河のほとり』など過去の歴史作品との違い
新作『斎宮幻視譚』は飛鳥時代の伊勢を舞台にした歴史ミステリー
(出典:明和町「さいくう平安の杜など史跡斎宮跡の利用について」)
篠原千絵さんの新作タイトルは『斎宮幻視譚(さいくうげんしたん)』です。
小学館『Cheese!』2026年11月号の予告では、篠原さんの新たな「歴史ミステリー・ロマン」として掲載されることが告知されています。
物語の時代は飛鳥時代。場所は伊勢です。
中心になるのは、神に仕える「斎宮」として生きる1人の皇女。その皇女のもとに何者かが訪れ、やがて出来事が歴史の大きな流れへつながっていく物語として紹介されています。
『天は赤い河のほとり』の古代ヒッタイト、『夢の雫、黄金の鳥籠』のオスマン帝国に続き、今度は日本の古代史が舞台になります。
45周年を迎えてなお大きく方向を変えながら歴史ものに挑むところは、篠原作品を長く読んできた人ほど気になるところです。
斎宮とは伊勢神宮に仕えた未婚の皇女
(出典:三重県「お伊勢参り(斎宮)」)
タイトルに入っている斎宮は、この物語を理解する重要な言葉です。
伊勢神宮に奉仕する皇族女性は「斎王」と呼ばれ、その斎王や住んでいた場所を「斎宮」と呼ぶようになりました。
天皇が代替わりすると、原則として未婚の皇女などから斎王が選ばれ、都を離れて伊勢へ向かいます。
現代の感覚で考えると、皇族として都で暮らしていた女性が家族から離れ、神に仕えるため遠い伊勢で生活することになります。
華やかな立場に見える一方で、本人の人生は政治や皇位継承とも無関係ではありませんでした。
そこに恋愛や権力争い、家族との別れを描いてきた篠原千絵さんの物語が組み合わさるため、『斎宮幻視譚』はかなり相性のいい題材といえます。
飛鳥時代の斎宮といえば大来皇女の人生が壮絶
新作で気になるのが、物語のモデルとなる時代です。
飛鳥時代に実在が確認できる最初の斎王が、天武天皇の娘大来皇女(おおくのこうじょ)です。
大来皇女は673年に斎王となり、翌674年に伊勢へ向かいました。
そして彼女には、歴史上非常にドラマ性の高い弟がいました。
大津皇子です。
大津皇子は天武天皇の皇子で、有力な皇位継承者の1人でした。姉である大来皇女を伊勢に訪ねた記録も残っています。
ところが天武天皇が亡くなった後、大津皇子は謀反の疑いをかけられ、686年に死を命じられました。
大来皇女も父・天武天皇の死によって斎王を退任します。
『万葉集』には大来皇女が弟を思って詠んだ歌が残っており、現在まで姉弟の悲劇として知られています。
『斎宮幻視譚』の皇女が大来皇女その人なのかは別として、飛鳥時代の斎宮という設定そのものに、家族・権力・皇位継承が交差する背景があります。
篠原作品らしい緊張感のある物語を作れる時代なのです。
壬申の乱直後という日本史の大転換期と重なる
斎王制度が本格的に形作られていく飛鳥時代は、日本の政治そのものが大きく揺れていた時代でもあります。
672年には壬申の乱が起きています。
天智天皇の死後、皇位継承をめぐって大海人皇子と大友皇子が争い、大海人皇子が勝利。後の天武天皇となりました。
そして、その翌673年に天武天皇の娘・大来皇女が斎王となっています。
つまり斎宮の物語を描くことは、単に伊勢神宮で暮らす皇女を描くだけではありません。
天皇、皇位継承、皇族同士の争い、都と伊勢の関係まで自然につながってきます。
公式予告にある「歴史の大きなうねりへ」という言葉とも重なる部分です。
『天は赤い河のほとり』とは違い日本の古代史へ向かう
篠原千絵さんはこれまで何度も歴史を大きな物語にしてきました。
代表的なのが『天は赤い河のほとり』です。
古代ヒッタイト帝国へタイムスリップした少女ユーリを主人公に、王位継承や戦争、恋愛を組み合わせた長編となりました。
そして『夢の雫、黄金の鳥籠』では、16世紀オスマン帝国を舞台に、後に皇帝スレイマン1世の寵妃となるヒュッレムの人生を描きました。
これまで大きな歴史作品ではトルコ周辺を舞台にしてきた篠原さんが、次に選んだのが日本の飛鳥時代です。
ただし共通点もあります。
篠原作品では、歴史上の巨大な出来事そのものより、そこに巻き込まれた女性が「どう生きるか」が物語を動かしてきました。
『斎宮幻視譚』でも、神に仕える立場に置かれた皇女の人生が中心となります。
歴史を説明する漫画ではなく、1人の女性の運命から時代全体が見えてくる作品になりそうな設定です。
『幻視譚』というタイトルからミステリー要素も大きい
新作を歴史ものだけで考えると、篠原千絵さんのもう1つの大きな持ち味を見落とします。
ミステリーとサスペンスです。
『闇のパープル・アイ』『海の闇、月の影』『蒼の封印』『陵子の心霊事件簿』など、篠原さんは長い漫画家人生の中で、超常的な出来事や謎を物語の中心に置いてきました。
新作も公式に「歴史ミステリー・ロマン」とされています。
さらにタイトルは『斎宮幻視譚』。
歴史上の斎宮をそのまま描く作品ではなく、「皇女のもとに何が訪れるのか」という謎が物語の入口になっています。
歴史大作を描いてきた篠原千絵さんと、初期から得意としてきたミステリーが1つになる作品と考えると、新作の位置づけが分かりやすくなります。
約660年続いた斎王制度にはまだ多くの物語が残っている
斎王の歴史は飛鳥時代だけで終わりません。
制度は長く続き、最後の斎王となった祥子内親王の時代まで含めると、飛鳥時代から約660年に及びました。
その間には、斎王を務めた後に皇后となり、後に失脚した井上内親王など、波乱の人生を送った女性もいます。
斎宮という題材そのものに、多数の人物とエピソードが存在するわけです。
さらに三重県明和町には現在も国史跡斎宮跡が残り、発掘調査も続いています。
当時の建物を再現した「さいくう平安の杜」なども整備され、漫画をきっかけに実際の斎宮の歴史へ興味を広げることもできます。
『天は赤い河のほとり』からヒッタイトを知った読者が多かったように、『斎宮幻視譚』から飛鳥時代や伊勢の斎宮を知る人も増えそうです。
画業45周年で「次に描いていた作品」がいよいよ見えてきた
篠原千絵さんは1981年のデビューから2026年で画業45周年を迎えました。
『夢の雫、黄金の鳥籠』という長期作品を終え、『天は赤い河のほとり』も新たな展開を迎える中、それでも机に向かって新しいキャラクターを描き続けています。
その先にあった作品が『斎宮幻視譚』です。
古代ヒッタイト、オスマン帝国を描いてきた漫画家が、45周年に選んだ新天地は飛鳥時代の伊勢。
しかも歴史だけではなく、篠原さんの原点ともいえるミステリーを組み合わせた作品です。
長く読んできた人にとっては「次は何を描くのか」という最大の疑問への答えが、かなり意外な形で出てきました。
桃太が見守る仕事机で生まれていた新しい人物たちが、これからどんな歴史のうねりへ巻き込まれていくのか。画業45周年は振り返りの年ではなく、新たな長編世界が始まる年になっています。


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