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【テレメンタリー2026】異才と呼ばれて|異才発掘プロジェクトROCKETの12年後と濱口瑛士の現在、ROCKET卒業生“その後”追跡取材|2026年1月31日

テレメンタリー

異才が歩んだ12年の物語

このページでは『テレメンタリー2026「異才と呼ばれて」(2026年1月31日)』の内容を分かりやすくまとめています。
学校では居場所を見つけられなかった子どもたちが、異才発掘プロジェクトROCKETという小さな灯りに出会い、未来へ踏み出した12年間。その中心にいた濱口瑛士は、絵だけを頼りに孤独と向き合いながら、自分の道を切り開いてきました。

彼の成長と仲間たちの“その後”が重なり合い、才能と社会のあいだで揺れるリアルな姿が浮かび上がります。

異才発掘プロジェクトROCKETとは

異才発掘プロジェクトROCKETは、学校という枠組みになじめず、不登校だったり、発達障害などの特性を持っていたりする子どもたちの中から、「突出した才能」を持つ子を全国から選び出し、その学びと生活を支えるために立ち上がったプロジェクトです。東京大学先端科学技術研究センターと日本財団が共同で実施し、書類選考と面談で選ばれた子どもたちは「スカラー候補生」と呼ばれました。

選抜では学力テストは一切使わず、「学力不問・登校状況不問・障害の有無も不問」という方針が貫かれました。求められたのは、破壊的イノベーションを生みそうなユニークさと、その子自身が「学びたい」と強く願っているかどうかです。

活動拠点となった東京大学先端科学技術研究センター(東京都目黒区駒場)は、分野横断の研究が集まるキャンパスで、子どもたちはその中で最先端の研究者やアーティストから直接学びました。 科学技術、芸術、スポーツなど各分野のトップランナーによる講義、実験や工作・料理などのプロジェクト型学習、海外研修まで、学校の時間割とはまったく違う「自分で選び、自分で責任を取る学び」が用意されていました。

この番組は、単なる「特別な才能の子どもたちの物語」ではなく、日本の教育の中で異端視されてきた子どもたちが、異才発掘プロジェクトROCKETという場でどのように居場所を得ていったのか、その実験の記録でもあります。

不登校の少年画家・濱口瑛士の12年

番組の軸となるのが、濱口瑛士です。2002年生まれの彼は、3歳頃から絵を描き始め、物語を作ることも得意だった少年でした。しかし学校では、発達障害の特性などからいじめに遭い、不登校となります。そのとき彼が逃げ込んだのが、寝食を忘れて没頭できる「絵の世界」でした。

2014年、小学6年生だった濱口は、東京大学先端科学技術研究センターと日本財団による異才発掘プロジェクトROCKET第1期スカラー候補生に選ばれます。そこで出会ったのは、自分と同じように学校では浮いてしまうけれど、芸術・生物・プログラミングなど特定の分野で極端に突き抜けた仲間たちでした。

やがて濱口は、少年画家として作品集『黒板に描けなかった夢〜12歳、学校からはみ出した少年画家の内なる世界』『書くこと と 描くこと』を出版し、自身の世界観を詰め込んだ絵本『ダビッコラと宇宙へ』も発表します。 不登校の「問題児」として見られていた彼は、12年を経て「職業として絵を描き続けるオトナ」へと変わりました。

番組は、画家・絵本作家として活動を続ける現在の濱口の姿と、不登校だった頃の葛藤を交差させながら、「異才」と呼ばれることの重さ、才能を仕事にすることの現実、そして絵に救われた一人の人生の軌跡を描き出していきます。

15人の仲間たちが歩んだ「その後」

濱口とともに選抜された15人の仲間たちも、番組のもう一つの重要な主人公です。彼らは、鉱物に異常なほど詳しい子、昆虫に取りつかれた子、ドローンやロボットの開発に没頭する子、プログラミングや数学の世界に沈み込む子など、興味の方向こそバラバラですが、「どこか一つが極端に強い」という共通点を持っていました。

プロジェクト全体では、全国から7万人以上の応募があり、その中から約128人がスカラー候補生として選ばれています。多くは不登校や読み書きの困難を抱え、公教育の中では「問題」とされがちな子どもたちでした。 番組は、その中でも濱口と同じタイミングで選抜されたメンバーの「今」にカメラを向けます。

12年後の彼らは、大学や大学院で研究を続ける人、クリエイターとして活動する人、地域の中で自分なりの仕事と生活を組み立てている人など、実にさまざまな道を歩んでいます。プロジェクトに参加したからといって、全員が「わかりやすい成功」を手に入れたわけではありません。途中で挫折した人もいれば、進路変更を繰り返し、今も模索し続けている人もいます。

それでも共通しているのは、「自分の興味に正直に生きる」という感覚を手放していないことです。教科書も時間割もないROCKETで培った、「自分で選び、自分で責任を取る」学び方が、その後の人生の羅針盤になっている様子が、インタビューを通じて浮かび上がります。

プロジェクトが生んだトップランナーたち

番組の中で紹介される「業界を震撼させるトップランナー」も、異才発掘プロジェクトROCKETが社会に残したインパクトを象徴する存在です。ROCKET出身者の中には、子どもの頃から開発してきたドローン技術をベースに大学で研究を続け、メディアから「次世代のエジソン」と評されるような若者もいます。

彼らの多くは、いわゆる「良い大学に入って良い会社に就職する」というレールに乗ることを前提にしていません。プロジェクトのディレクターである中邑賢龍教授自身が、「ここにいる子どもたちが、一般的な意味での“エリートコース”を歩むとは限らない。だからこそ、あなたにしかできないことを仕事にしていく生き方を考えてほしい」と語っています。

番組では、そうしたトップランナーの姿を通して、「異才」を持つ子どもたちに必要なのは、才能を競わせる英才教育ではなく、失敗や寄り道を許しながら、興味を徹底的に深掘りできる環境なのだと強く訴えます。ROCKETで培った実験精神やレジリエンスは、単なる成功ストーリーではなく、「どう生きるか」を問い続ける力として機能しているのです。

なぜ異才発掘プロジェクトは終わったのか

そんな異才発掘プロジェクトROCKETは、2021年度をもって日本財団による支援事業を終了し、「5年前にひっそり幕を下ろしていた」ことが番組の重要な転換点として描かれます。

しかし実際には、ここで全てが終わったわけではありません。ROCKETという看板は下ろされましたが、東洋経済の取材によれば、活動は名称をLEARNへと切り替え、「ユニークな子どもたちの居場所づくり」として形を変えて継続していきました。 また、プロジェクトリーダーを務めた福本理恵氏は、その知見を生かして株式会社SPACEを立ち上げ、学校の枠にはまらない学びの場を社会の中に広げる挑戦を続けています。

番組は、「なぜ終わらなければならなかったのか」という問いを通して、こうした大規模な教育プロジェクトが抱える現実――資金の制約、制度との折り合い、運営スタッフの負荷、そして「卒業した子どもたちのその後」を誰が支えるのか、といった問題にも踏み込んでいきます。

終わり方に正解はありません。それでも、ROCKETという実験が残したものは、濱口たちの人生だけではなく、教育政策や自治体の取り組みにも波紋を広げてきました。番組はその「功」と「罪」の両面を見つめながら、プロジェクト終了の真相に迫ります。

「異才」と共に生きるという選択

最後に番組が投げかける問いはシンプルです。「異才と呼ばれる子どもたちに、私たちはどんな社会を用意できるのか」。中邑教授は、従来の教育や企業文化が子どもの個性を削ってきた現状を批判しながら、「なんちゃって個性」ではない、本物の多様性をどう育てるかを語ってきました。

不登校や発達障害は、いまも日本社会では「問題」として扱われがちです。しかし濱口瑛士のように、その特性と真正面から向き合い、自分だけの表現方法を見つけた人間の姿を見てしまうと、問題に見えていたものの裏側に、激しいエネルギーと創造性が潜んでいることに気づかされます。

テレメンタリー2026「異才と呼ばれて」は、一人の「不登校の少年画家」の物語であると同時に、日本の教育と社会に対する挑発でもあります。異才を「普通に近づける」か、「そのまま輝かせる」か。その選択を迫られているのは、子どもたちではなく、私たち大人の側だということを、この30分は容赦なく突きつけてくるはずです。

まとめ

異才発掘プロジェクトROCKETで才能を見いだされた子どもたちは、それぞれの道で自分らしい生き方をつかもうと歩み続けています。孤独や葛藤を抱えながらも前へ進む姿は、社会が「異才」とどう向き合うべきかを静かに問いかけます。
本記事は放送内容と違う場合があります。放送後に内容を追記します。

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