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【第35回JNN企画大賞 大輝のミラクルジャーニー】骨形成不全症の19歳が見たフィンランドとOodi、タンペレ車椅子協会の世界|2026年2月1日

ドキュメンタリー

車イスで海を越えた19歳の夏—大輝のミラクルジャーニー

このページでは『第35回JNN企画大賞 大輝のミラクルジャーニー(2026年2月1日放送)』の内容を分かりやすくまとめています。

19歳の大輝さんは、生まれつきの骨形成不全症という大きな困難を抱えながら、人生で初めて“自分の力で世界を見る旅”に挑みました。向かった先は、福祉先進国として知られるフィンランド。支えてくれる人の温かさを感じながら、同じ病気を持つ仲間との出会い、ヘルシンキやタンペレでの新しい体験が、大輝さんの心に大きな変化をもたらしていきます。

大輝の原点と骨形成不全症 フィンランド行きを決意するまで

番組の主人公となった秋山大輝さんは、生まれつき骨が非常にもろく折れやすい骨形成不全症を抱えています。立ち上がるだけでも誰かの支えが必要で、転倒は命に関わるほどのリスクになります。それでも大輝さんは、長崎県諫早市の特別支援学校で学びながら、自分の言葉で思いを伝えることに喜びを見いだしていきました。
高校時代には、地元のコミュニティFM局であるエフエム諫早で冠番組「秋山大輝のラジおしゃべり」を担当。地域の人たちに向けて、等身大の言葉で日常や思いを届けるパーソナリティとして活動してきました。局は周波数77.1MHzの「レインボーエフエム」として、行政情報や生活情報を発信する地域密着型ラジオ局です。
2024年3月には長崎県立諫早特別支援学校高等部を卒業し、諫早市泉町にある就労継続支援B型事業所ジョブサポート ちえの和で働き始めました。この事業所は、障害や難病のある人に対してパソコン作業や軽作業を通じた訓練の場を提供し、特にウェブ関連やデザイン、名刺・ポスター制作などIT系のスキルにも力を入れている事業所です。
仕事をしながらラジオ番組も続けるなかで、大輝さんの胸には「本当の意味での自立とは何か」という思いが強くなっていきます。日常生活では常に家族や支援者の助けが必要な自分が、見知らぬ土地でどう生き、どう移動し、どう働いていくのか。その答えを探すために選んだ舞台がフィンランドでした。フィンランド
2025年8月、大輝さんは俳優の八嶋智人さんと共に、諫早から空路で成田へ向かい、成田国際空港 第3ターミナルから長距離フライトに挑みます。第3ターミナルはLCC専用ターミナルとして知られますが、エレベーターやスロープ、多機能トイレなども整備され、車椅子利用者向けのアシストサービスも用意されています。長時間の移動は体への負担が大きいものの、大輝さんは「自分の目で世界を見たい」という一心で飛行機に乗り込み、人生で初めて“海を越える旅”に踏み出しました。

フィンランドの福祉と図書館Oodi 車イスで広がる世界

到着したヘルシンキの街で、大輝さんがまず驚いたのは、日常の中に当たり前のように組み込まれたバリアフリーの仕組みでした。トラムやバス、地下鉄は低床車両が中心で、車椅子でもスロープを使ってスムーズに乗り降りできます。付き添い者と共に無料または大幅な割引で利用できる制度も整っており、「移動すること」そのものが障害者の権利として守られています。
ヘルシンキ中心部では、ヘルシンキ大聖堂やマーケット広場を巡り、サーモンスープやムイック(小魚の素揚げ)など、サーモンスープをはじめとするフィンランド料理を味わいました。じゃがいもやにんじん、ディルたっぷりのスープは、北欧の厳しい冬を支えてきた“家庭の味”。海風が吹き抜ける市場で、温かなスープを口にしたとき、大輝さんは「旅に来たんだ」という実感を体の芯からかみしめているようでした。
そして旅の大きな目的のひとつが、ヘルシンキ中央駅近くに建つヘルシンキ中央図書館 Oodiの見学です。ガラスと木を組み合わせた3階建ての建物は、「市民のリビングルーム」と呼ばれるほど居心地のよい公共空間として設計されています。1階にはカフェやシネマ、イベントスペース、2階には3Dプリンターや録音スタジオ、ゲームスペースなどの創作エリア、3階は天井まで本棚が並ぶ伝統的な図書エリア。2019年には国際図書館連盟(IFLA)の「Public Library of the Year」を受賞し、世界でもっとも先進的な公共図書館のひとつとされています。
何より大輝さんの心を動かしたのは、館内の至るところに設けられたスロープ、広い通路、昇降機付きの設備など、車椅子でも“当たり前に”利用できるつくりでした。誰かに特別にお願いしなくても、自分のペースで本棚を見て回り、席を選び、機材にアクセスできる。世界幸福度ランキングで何年も1位を維持してきたフィンランドの背景には、こうした日常の設計にまで行き届いた「平等」と「信頼」があることを、大輝さんは身をもって知ることになります。

同じ病気の先輩リーッカとフィンランド骨形成不全症協会 「声の仕事」のヒント

旅の中盤、大輝さんは同じ骨形成不全症を持つ先輩・リーッカさんのもとを訪ねます。リーッカさんは2人の子どもの母であり、フィンランドでバリアフリー化を進めるコンサルタントとして働きながら、フィンランド骨形成不全症協会の会長も務めています。
リーッカさんは、自身も骨が折れやすい体で育ちながら、高等教育を受け、仕事と子育てを両立してきました。フィンランドでは、障害の有無にかかわらず教育機会が保障されており、大学や専門学校でも合理的配慮が進んでいます。骨形成不全症の患者団体も、医療情報の共有やピアサポート、行政への働きかけなどを通じて「当事者が社会の一員として生きるための土台づくり」を担っています。
悩みは尽きません。大輝さんは「声の仕事だけで生きていけるのか」「障害のある自分に、どこまでできるのか」という不安を、真正面からリーッカさんに打ち明けます。するとリーッカさんは、静かに、しかし力強くこう伝えました。
「まずは、やってみればいい。あなたが挑戦することで、同じ病気を持つ人たちに新しい道が開けるかもしれない」
その言葉は、大輝さんの胸に深く刺さりました。声優やナレーターの世界で、骨形成不全症の当事者が活躍する前例は決して多くありません。だからこそ、「最初のひとり」になることには大きな意味があります。ラジオ番組で培ってきたトーク力、言葉を選ぶ感性、聞き手に寄り添う姿勢。そのすべてが、これからのキャリアにつながる武器になると、大輝さんはフィンランドの夜空の下で改めて確信していきました。

八嶋智人と巡るヘルシンキ〜タンペレ ムーミン美術館の旅

旅のパートナーである八嶋智人さんは、ずっとテレビの中の存在だった憧れの人です。その八嶋さんが目の前で、同じ景色を見て、同じ料理を味わい、ときには冗談を飛ばしながら車椅子を押してくれる。その時間そのものが、大輝さんにとって大きな励みでした。
ヘルシンキでは、フィンランド料理レストランZetorで伝統料理に舌鼓を打ちます。素朴ながらもボリュームのある肉料理やジャガイモ料理は、北の国の暮らしを支えてきた“エネルギー源”そのもの。店内にはトラクターや農具などが飾られ、ユニークな内装も印象的です。
2日目には、列車で第2の都市・タンペレへ移動。タンペレは工業都市として発展しつつも、湖に囲まれた美しい街並みを持つ地方都市です。タンペレ
この街で訪ねたのが、世界で唯一の公式ムーミン美術館として知られるムーミン美術館。トーベ・ヤンソンが描いた原画や、物語の世界を立体的に再現したジオラマが並び、子どものころからムーミンの物語に親しんできた人なら、誰もが胸を躍らせる空間です。かつてはタンペレ市立図書館「メッツォ」に併設されていたムーミンの展示は、現在は専用のミュージアムとして整備され、車椅子でも回りやすいバリアフリーな動線が整えられています。
タンペレ大聖堂やピューニッキ展望台から眺める湖と森の景色は、日本とはまったく違う色彩に満ちています。高い階段や坂道では八嶋さんや現地スタッフが息を合わせてサポートし、平坦な場所や舗装された道では大輝さんが自分で車椅子をこいで進みます。
「助けてもらいながら、自分でも進む」
この絶妙なバランスが、旅のなかで少しずつ形になっていく様子が画面からも伝わります。

ヴェンラとの出会いとタンペレ車椅子協会 サウナがつなぐ友情

旅のクライマックスは、同じ骨形成不全症を抱えるヴェンラさんとの出会いです。彼女はタンペレ近郊に暮らし、夏には湖畔の夏の家で家族と過ごす、音楽好きの若者。
再会を祝うように、ヴェンラさんはピアノでアラン・ウォーカーの『Hello World』を演奏してくれます。世界的なヒット曲を、自分の指先で、自分のリズムで奏でる姿は、「障害があっても、好きなことを追いかけていい」というメッセージそのものです。大輝さんも日本から持ってきたプレゼントを手渡し、ふたりの表情にはすぐに打ち解けた雰囲気が広がりました。
ふたりが一緒に訪ねたのが、タンペレの車椅子協会の施設です。ここには、バリアフリーのサウナや休憩スペースが整えられ、車椅子ユーザーが安心して集える「居場所」として機能しています。フィンランドにとってサウナは、家族や友人と語り合う大切な場。汗をかき、体を温め、また冷たい空気に触れる。その繰り返しの中で、心の距離もぐっと縮まっていきます。
印象的なのは、大輝さんとヴェンラさんが「学校」の話をした場面です。大輝さんは特別支援学校に通ってきましたが、ヴェンラさんは普通学校で学んできました。サポートは受けつつも、クラスメイトと同じ教室で学び、同じ試験を受けてきたのです。もちろんフィンランドでも課題はありますが、「同じ教室で一緒に学ぶ」ことを前提に、支援員や合理的配慮を組み合わせる仕組みが根づいています。
さらに、大輝さんはヴェンラさんの自宅で使っている小型の車椅子にも乗せてもらいます。日本で普段使っているものよりもコンパクトで、室内をスイスイと動けるタイプ。ほんの少しの違いが、日々の暮らしのしやすさを大きく変えることを実感し、「道具ひとつで、できることが増える」というシンプルな真実に気づかされていきます。

帰国後の秋山大輝 諫早で始まった新しい一歩

旅を終えて日本に帰った大輝さんは、諫早での暮らしを続けながら、新しい一歩を踏み出しています。そのひとつが、認知症の方に特化したデイサービス施設**デイサービス澄実家(すみか)**でのボランティアです。デイサービス澄実家
澄実家は、諫早市小川町に2025年に開所した、認知症ケア専門の通所介護事業所。生理学に基づいたケアで症状の改善をめざし、利用者と家族の負担を軽くすることを目標としています。家庭的な雰囲気を大切にしながら、一人ひとりのペースに合わせたリハビリやレクリエーションを行う地域密着型の施設です。
ここで大輝さんは、利用者さんと会話したり、ラジオで鍛えた“聞き上手”な一面を発揮したりしながら、認知症の方の日常に寄り添っています。骨形成不全症という自身の経験から、病気や障害を持ちながら生きることの苦しさと、誰かに話を聞いてもらえることの心強さを知っているからこそ、言葉の選び方や声のトーンにも自然と温かさが宿っていきます。
2025年12月には20歳を迎えた大輝さん。成人として社会の一員になった今、諫早での仕事やボランティア、そしてラジオという“声のフィールド”を通じて、自分にできることを少しずつ形にし始めています。
フィンランドで出会ったリーッカさんやヴェンラさん、そして八嶋智人さんとの時間は、大輝さんに「世界は思っていたよりも広くて、優しい」という確かな手応えを与えました。2026年、車イスで海を越えた旅は一度区切りを迎えましたが、その物語は今も諫早の町で、ラジオスタジオで、介護の現場で、静かに、しかし力強く続いています。

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