氷結の凹凸缶を生んだ技術者・大塚一男
缶チューハイ「氷結」を手に取ったとき、表面の独特な凹凸まで意識する人は少ないかもしれません。その容器開発に携わった技術者として知られるのが、現在、東洋製罐グループホールディングス取締役会長を務める大塚一男さんです。『カンブリア宮殿(世界初!日本初!を連発 知られざる巨大黒子企業)(2026年8月13日放送)』でも、その技術者としての歩みと現在の取り組みが取り上げられます。身近な缶から医療分野へと広がる技術の背景を見ていきます。
この記事でわかること
- 大塚一男さんの経歴と現在の役職
- 「氷結」の凹凸缶に使われた技術
- 技術者から社長・会長まで歩んだ経歴
- 東洋製罐グループが医療分野へ広げる技術
大塚一男は何者?氷結の凹凸缶を生んだ技術者

(出典:東洋製缶HD・大塚一男社長(秋田市出身) 新しい価値の創造に力|秋田魁新報電子版)
大塚一男さんは、東洋製罐グループホールディングスの取締役会長です。2026年4月1日現在では、取締役会長に加えてグループサステナビリティ委員長も務めています。
企業の会長と聞くと、経営畑を長く歩んできた人物を想像するかもしれません。しかし、大塚さんの場合は少し違います。
もともとは東洋製罐に入社した機械系の技術者で、テレビ東京の番組紹介では、缶チューハイ「氷結」に使われている特徴的な凹凸のある缶を開発した「伝説の技術者」と紹介されています。
つまり、
技術者 → 工場長 → 会社経営 → グループ会長
という道を歩んできた人物です。
普段何気なく手に取っている飲料缶の技術者が、のちに日本有数の包装容器グループを率いる立場になったと知ると、たしかにこれは気になります。
大塚さんを知るうえでは「大企業の会長」という肩書だけを見るより、製品開発の現場を知る技術者だった人物という点を見る方が、その経歴の特徴がわかりやすいでしょう。
秋田出身から慶應義塾大学工学部へ
大塚一男さんは1959年11月24日生まれ、秋田県出身です。
大学は慶應義塾大学工学部機械工学科へ進み、1983年に卒業。同じ年に東洋製罐へ入社しています。
経歴を簡単に整理すると、次のようになります。
| 年 | 経歴 |
|---|---|
| 1959年 | 秋田県に生まれる |
| 1983年 | 慶應義塾大学工学部機械工学科卒業 |
| 1983年 | 東洋製罐入社 |
| 2005年 | 広島工場長 |
| 2013年 | 執行役員 |
| 2015年 | 常務執行役員 |
| 2016年 | 東洋製罐社長 |
| 2018年 | 東洋製罐グループホールディングス社長 |
| 2026年現在 | 東洋製罐グループホールディングス取締役会長 |
ここで興味深いのは、大学で学んだ機械工学から、そのまま製造業の現場へ進んでいる点です。
現在の役職だけを見ると「経営者」という印象が強くなりますが、キャリアの出発点にはものづくりの技術者としての経験があります。
大塚さんが具体的にどのような理由で東洋製罐を就職先として選んだのかについては、今回確認できた公開情報では明確な説明を確認できませんでした。その部分を想像で補うのではなく、確認できている1983年入社以降の経歴を軸に見るのが適切です。
1983年に東洋製罐へ入社した経歴
大塚さんが入社した東洋製罐は、私たちの生活のかなり身近なところに関わっている会社です。
飲料缶だけではありません。
ペットボトル、食品用容器、紙カップ、パウチなど、スーパーやコンビニで日常的に見るさまざまな包装容器にグループの技術が使われています。
2026年時点で東洋製罐グループが公表している国内シェアを見ると、缶は約40%、PETボトルは約30%、飲料用・食品用紙カップは約60%で、それぞれ国内1位とされています。国内79拠点、海外32拠点を展開する規模です。
会社名だけではピンとこなくても、
「飲み物の缶」
「ペットボトル」
「食品のパウチ」
と聞くと、急に身近に感じます。
個人的には、大塚さんの経歴を理解するうえで、この会社の「黒子」のような立ち位置はかなり重要だと感じます。
商品そのもののブランド名は知っていても、その容器を誰がどう作っているのかまでは普段あまり意識しません。
大塚さんは、まさにその見えにくい部分を支えてきた技術者の1人ということになります。
氷結の特徴的な凹凸缶を開発
大塚一男さんを語るうえで最も気になるのが、やはり「氷結」の凹凸のある缶です。
あの形状は単に見た目を変えるためだけのものではありません。
東洋製罐グループが製造する「ダイヤカット缶」は、東京大学名誉教授の三浦公亮さんが1969年に発表した「PCCPシェル」と呼ばれる構造を参考に開発され、1996年から生産されています。
その原点が宇宙工学にあるというのも面白いところです。
研究の過程で、ある特定の凹凸を持つ形には、材料そのものを大きく増やさなくても強度を高められる性質があることが分かりました。
その考え方を飲料缶に応用したのがダイヤカット缶です。
スチール製では、強度を維持しながら従来比で約30%の材料削減が可能になったとされています。
アルミ製の場合にはさらに特徴があります。
缶の内部に圧力がかかっている状態と、開栓して圧力が抜けた状態で形が変わり、ダイヤ状の凹凸が現れます。また、光を反射することで冷涼感を演出する効果もあります。
初めて仕組みを知ると少し驚きます。
「特徴的なデザインだから凹凸にした」と考えがちですが、実際には、
強度
材料削減
構造技術
見た目
が組み合わさった容器なのです。
そして番組紹介では、大塚さんが「氷結」に使われるこの凹凸缶を開発した技術者として紹介されています。
ただし、ダイヤカット缶そのものは複数の研究・技術の積み重ねから生まれた製品です。
そのため、「大塚さん1人だけでゼロからすべてを発明した」とまで断定するのではなく、大塚さんがその開発に深く関わった技術者として紹介されていると理解するのが正確です。
技術者から広島工場長・社長・会長へ
大塚さんのもう1つの特徴は、技術開発だけでキャリアを終えていないことです。
2005年には広島工場長となり、その後は、
2013年 執行役員
2015年 常務執行役員
2016年 東洋製罐社長
2018年 東洋製罐グループホールディングス社長
と経営側へ進みました。
そして現在は取締役会長です。
一般的に技術開発と会社経営では、求められる役割が大きく違います。
製品を「どう作るか」を考えていた立場から、会社全体を「どこへ向かわせるか」を考える立場へ移ったわけです。
現在公開されている取締役のスキルマトリックスでも、大塚さんには企業経営、経営戦略・M&A、技術・研究開発・イノベーション、国際性・海外事業の経験が示されています。
この経歴を見ると、氷結の缶の話だけで終わらない理由も分かってきます。
技術を開発する側と、その技術を事業として広げる側の両方を経験しているからです。
東洋製罐グループが支える身近な容器
東洋製罐グループという名前を知らなくても、同社グループが関わる容器を一度も使ったことがない人の方が珍しいかもしれません。
現在は金属缶だけでなく、プラスチック、紙、ガラスなどさまざまな素材を扱っています。
特に最近は、容器を「中身を入れる箱」としてだけではなく、
少ない材料で強度を保つ
リサイクルしやすくする
開けやすくする
使う人の負担を減らす
といった方向へ技術が広がっています。
例えば、2026年時点では従来品と同等の密封性能や開けやすさを維持しながら、容器全体のプラスチック使用量を約38%減らしたチルド用容器キャップなども紹介されています。
氷結のダイヤカット缶にも「強度を保ちながら材料を減らす」という発想があります。
時代は違っても、必要な性能を保ちながら材料や形を工夫するという考え方には共通する部分があります。
普段は中身ばかり見てしまいますが、容器を見るだけでも相当な技術が詰まっていることが分かります。
包装技術を医療分野へ広げる現在
さらに注目したいのが、東洋製罐グループの技術が食品や飲料の容器以外へ広がっていることです。
現在展開されている代表例の1つが、細胞培養関連製品シリーズ「CELLSOLUT」です。
その中には、細胞を培養するための閉鎖系3D培養バッグ「WELLBAG」などがあります。細胞を均一に大量培養するための細かな加工技術が使われ、再生医療や細胞研究につながる分野で活用されています。
2026年3月には日本再生医療学会総会などにも出展し、WELLBAGや細胞培養システムを紹介しています。
これはかなり興味深い変化です。
「缶やペットボトルの会社」と聞いていたのに、調べていくと細胞培養まで出てきます。
ただ、考えてみれば容器には、
中身を守る
外部からの影響を抑える
安全に保存する
必要な状態を維持する
という役割があります。
食品向けに長年積み重ねてきた「包む・守る」という技術が別分野へ広がっていると考えると、つながりが見えやすくなります。
さらに2026年8月5日には、医療・介護現場での臭気対策を想定した「デオリカあんしん消臭シート」も発売されています。
現在の東洋製罐グループを見ると、「容器メーカー」という一言だけでは説明しにくくなっているのが分かります。
大塚一男の現在と今後を見るポイント
2026年現在、大塚一男さんは東洋製罐グループホールディングスの取締役会長を務めています。
一方、代表取締役社長は中村琢司さんで、大塚さんは現在、グループサステナビリティ委員長も担当しています。
また、東洋製罐グループは2026年度から5年間を対象とする「中期経営計画2030」を進めています。
ここまでの経歴を振り返ると、大塚さんを見るポイントは「氷結の缶を作った人」だけではありません。
機械工学を学ぶ
↓
製造業の技術者になる
↓
身近な商品の容器開発に携わる
↓
工場を率いる
↓
社長になる
↓
グループ会長として新しい技術展開を見守る
という長い流れがあります。
個人的には、ここが大塚さんを知るうえで一番面白いところだと感じます。
身近な商品の裏側にいた技術者が、40年以上にわたるキャリアの中で会社全体を動かす側へ進んでいったからです。
一方で、氷結の凹凸缶を開発した際に具体的にどんな課題があったのか、大塚さん自身が何を考え、どこまで開発を担当したのかといった詳しいエピソードは、放送前の公開情報だけでは十分確認できていません。
ここは予想で埋めるべき部分ではありません。
実際の開発秘話や本人の今後の考えについては、本人が語る内容を確認することで、大塚一男さんが「伝説の技術者」と呼ばれる理由がさらに具体的に見えてきそうです。
まとめ
大塚一男さんは、秋田県出身で慶應義塾大学工学部機械工学科を卒業し、1983年に東洋製罐へ入社した技術者出身の経営者です。
「氷結」に使われる特徴的な凹凸缶の開発に携わり、その後、広島工場長、執行役員、社長などを経て、現在は東洋製罐グループホールディングスの取締役会長を務めています。
そして、その会社が現在取り組んでいるのは飲料缶だけではありません。
環境負荷を抑える容器から、細胞培養、医療・介護分野まで、長年培ってきた技術の応用先は広がっています。
「氷結のあの缶を作った人は誰なのか」という入口から調べてみると、1つの商品の裏側にある技術と、それを生み出した人物の40年以上の歩みまで見えてくる人物です。


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