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新島で60年くさやを作るおばあちゃんは誰?菊池一枝と菊孫商店4代目の現在【小雪と発酵おばあちゃんで紹介】

職人・伝統継承

60年守ってきた新島の味と菊池一枝さん

強烈な香りで知られる「くさや」ですが、その味を決める大切なものが、代々受け継がれてきたくさや汁です。東京・新島の老舗「菊孫商店」で、この伝統を長年守ってきたのが4代目の菊池一枝さん。『小雪と発酵おばあちゃん(伊豆諸島 新島「くさや」)(2026年8月13日放送)』でも、新島で300年以上続く発酵文化とともに紹介されます。約60年続けてきた仕事、老舗の歴史、そして避けて通れない後継者問題まで見ていきます。

この記事でわかること

  • 菊池一枝さんと菊孫商店の関係
  • 約60年続けてきたくさや作り
  • 秘伝のくさや汁が重要な理由
  • 新島のくさやと後継者問題の現在

菊池一枝は何者?新島・菊孫商店の4代目

菊池一枝さんは、東京都新島村にある老舗「菊孫商店」の4代目として、長年くさや作りに携わってきた人物です。

2025年の取材時点では80歳と紹介され、後継者についても自身の言葉で語っています。さらに、小雪さんの公式SNSでは、一枝さんが約60年間くさやを作り続けていることが紹介されています。

いわゆる有名料理人やテレビで知られた職人というより、島の日常の中で長年同じ仕事を積み重ねてきた人です。

それだけに、「なぜこれほど長く続けてきたのか」「誰が次に受け継ぐのか」という部分が気になります。

菊孫商店自体も新しい店ではありません。

創業は明治34年(1901年)。公式情報でも、代々受け継いできたくさやを新島から届ける店として紹介されています。

1901年から続く店の4代目として、約60年にわたりくさや作りに関わってきたと考えると、一枝さんの仕事は単に「魚の干物を作る仕事」という言葉だけでは収まりません。

家業と島の食文化を同時に守ってきた職人という見方の方が近いでしょう。

約60年続けてきたくさや作り

菊池一枝さんについて特に印象的なのが、くさや作りを約60年間続けてきたという長さです。

60年というと、単純に同じ製品を作り続けてきたという話だけではありません。

魚の状態、気温や湿度、干し具合、くさや汁の状態など、自然条件に左右される仕事を何十年も続けてきたことになります。

くさやは、

魚を開く
↓
くさや汁に漬ける
↓
洗う
↓
干す

という流れだけを見ると比較的シンプルです。

しかし、実際には魚の種類や大きさ、脂の乗り方によって漬ける時間や干し具合を調整する必要があります。

新島でくさや作りを続ける別の職人への取材でも、魚の状態を見ながら漬け込み時間を細かく調整していることが紹介されています。

つまり、数字だけで完全に決められる仕事ではありません。

毎回違う魚と向き合いながら、「今日はどの程度漬けるか」「どこまで干すか」を判断する経験が必要になります。

個人的には、ここに60年という時間の重みを感じます。

レシピさえ知れば同じものを作れるのではなく、長年の経験そのものが技術になっている食品だからです。

明治34年創業の菊孫商店を受け継ぐ

菊孫商店は明治34年創業のくさや専門店です。西暦では1901年にあたり、100年以上続いていることになります。

所在地は東京都新島村本村。

現在も、青むろあじ、とびうお、真あじなどを使ったくさやや、焼いた状態で食べられる真空パック、瓶詰めなどを扱っています。

昔ながらの食品というと、「昔とまったく同じものを同じ売り方で作っている」と思ってしまいがちです。

ところが商品を見ると、

・魚を丸ごと干したくさや
・焼きくさや
・ちぎりタイプ
・瓶詰め
・真空パック

など、食べやすさや保存しやすさに合わせた形も用意されています。

伝統を守ることと、何も変えないことは同じではないのでしょう。

中心となる味や製法を守りながら、現代の生活に合わせて届け方を変える。

長く続く店を見るときは、この点も大切だと感じます。

家宝として守られてきた秘伝のくさや汁

くさやを理解するうえで欠かせないのが、くさや汁です。

新島のくさやは300年以上前から作られてきたとされ、もともとは魚を塩水に漬けて干す保存方法から始まりました。塩水を繰り返し使ううちに微生物が住み着き、独特の発酵液へ変化したとされています。

ここが、普通の干物との大きな違いです。

一般的な干物なら塩水を新しく作れますが、伝統的なくさや汁は長い年月をかけて育ってきた微生物の環境そのものです。

そのため、単純に、

「塩、水、魚を同じ割合で混ぜれば再現できる」

というものではありません。

長く使われてきたくさや汁には多様な微生物が共存し、そのバランスが味や香りにつながっています。別の新島の製造者も、くさや液を失えば同じ味を再現することが難しくなると説明しています。

だからこそ、「家宝」という表現が使われるわけです。

初めて知ると少し驚きますが、店にとって大切なのは建物や道具だけではありません。

目には見えない菌の環境まで受け継いでいるのです。

新島で300年以上続くくさや文化

くさやは新島で300年以上前から作られてきた特産品とされています。

その背景には、島ならではの事情がありました。

江戸時代、島では魚がとれても、保存に必要な塩は貴重でした。

そこで、一度魚を漬けた塩水を捨てず、何度も繰り返して使います。

その塩水に魚の成分や微生物が加わり、長い年月をかけて発酵する液へと変化したことが、くさやの始まりにつながったとされています。

つまり、最初から「強い香りの名物を作ろう」と考えて誕生したわけではありません。

限られた塩を大切に使うための生活の知恵が、結果として独特の発酵文化になったのです。

この背景を知ると、くさやの見え方もかなり変わります。

強烈な香りばかりが話題になりますが、その裏には島の環境や資源事情があります。

個人的には「臭い食べ物」とだけ紹介してしまうのは、少しもったいないと感じます。

300年以上残ってきた理由まで知ると、島の歴史そのものに近い食品だとわかります。

くさや製造業者が減少する現在

一方で、この伝統が今後も当然のように残るとは限りません。

新島では、かつて50軒以上あったとされるくさやの生産者が、2024年の取材時点では4軒まで減少したと紹介されています。

50軒以上から4軒。

かなり大きな減少です。

背景には、

後継者不足
設備の老朽化
製造を続ける負担

などがあります。

設備が壊れたことをきっかけに廃業するケースもあるため、新島村では共同で設備を使える施設「くさやの里」を整備し、製造者を支える取り組みも行われています。

ここで難しいのは、一般的な食品工場のように「別の場所で大量生産すれば解決」とはいかないところです。

くさや汁自体が各製造者の味を支えているため、製造者がいなくなることは、その家や店が守ってきた味そのものが失われる可能性があることを意味します。

店舗が1軒減った、というだけの問題ではありません。

菊池一枝が直面する後継者問題

菊池一枝さん自身も、後継者について語っています。

2025年の取材では、当時80歳の一枝さんが後継について娘にかかっているという趣旨の発言をし、孫についても本人の意思に任せたいという考えを示しています。

ここで大切なのは、

「娘や孫が必ず継ぐ」と決まっているわけではない

ということです。

公開されている情報から確認できるのは、一枝さんが家族を後継者候補として意識していることまでです。

実際に誰が、いつ、どのような形で菊孫商店のくさや作りを受け継ぐのかについては、現時点で確定した情報は確認できません。

家業を受け継ぐ話では、どうしても「子どもがいるなら継げる」と考えてしまいます。

しかし現実には、生活や仕事、本人の希望があります。

特にくさや作りは、単に店を経営すればいいわけではなく、製造技術とくさや汁の管理まで覚えなくてはいけません。

個人的には、この問題こそ菊池一枝さんを知るうえでかなり重要だと感じます。

一枝さん1人の引退問題ではなく、100年以上続く店と、さらに長い島の発酵文化をどう残すかという問題につながっているからです。

娘や孫へ受け継がれる可能性

一枝さんの発言からは、娘や孫という次の世代の存在が確認できます。

ただし、「親がやっていたから子が継ぐ」という昔ながらの形だけを前提にするのは難しい時代です。

実際、新島全体でも生産者が減っており、後継者問題は菊孫商店だけのものではありません。

一方で、新島には共同施設を使って製造を続ける仕組みがあり、若い世代がくさや作りを継いでいる別の店もあります。

つまり、

家族による継承
地域による支援
設備の共同利用
新しい販売方法

などを組み合わせることで、伝統を残す選択肢はあります。

菊孫商店が今後どの形を選ぶのかは、現在確認できる情報だけではわかりません。

だからこそ、「娘や孫が継ぐ」と決めつけるのではなく、今後の動きを見ていきたいところです。

菊孫商店と新島くさやの現在

菊孫商店は現在も、新島からくさやを販売しています。

公式サイトでは、焼くタイプの青むろあじやとびうお、真空パックの焼きくさや、瓶詰め、郷土料理の「新島たたき」など、さまざまな商品が案内されています。

興味深いのは、番組出演後についても「注文が集中した場合は待ってもらう可能性がある」という案内が掲載されていることです。

もし実際に購入したい場合は、商品によって在庫状況が変わるため、最新の販売状況を確認した方が安心です。

特に伝統食品は大量生産品とは事情が違います。

「テレビで見たからすぐ欲しい」と思っても、製造量には限りがあります。

実際に選ぶなら、在庫、魚の種類、焼くタイプか焼き済みか、保存方法などを確認すると選びやすいでしょう。

くさや初心者なら、自宅で焼くと強い香りが出るため、最初から焼いてある真空パックや瓶詰めの方が試しやすいという選択肢もあります。

一枝さんの「その後」で確認したいこと

菊池一枝さんについて今後いちばん気になるのは、やはり誰が菊孫商店の味を受け継ぐのかです。

現時点で確認できるのは、

・菊孫商店が明治34年から続いていること
・一枝さんが4代目として長くくさや作りに携わってきたこと
・約60年くさやを作り続けてきたこと
・娘や孫という次世代がいること
・後継者がまだ明確に決まったとは確認できないこと

までです。

これから確認したいのは、一枝さん自身の現在の製造への関わり方と、次の世代への技術継承です。

特に重要なのが、くさや汁です。

商品名や店名は残せても、長年管理してきたくさや汁と、それを扱う技術が失われれば、同じ味を残すことは簡単ではありません。

だからこそ個人的には、

「店を誰が継ぐか」以上に「技術とくさや汁をどう受け継ぐか」

を見る必要があると思います。

菊池一枝さんが守ってきたもの

菊池一枝さんは、新島の菊孫商店4代目として約60年にわたりくさや作りを続けてきた職人です。

菊孫商店は明治34年創業。

その店の歴史よりさらに長く、新島では300年以上前からくさや文化が受け継がれてきました。

しかし現在、生産者の減少や後継者不足という大きな課題があります。

一枝さんの話をたどっていくと、

「60年間くさやを作ってきたおばあちゃん」

というだけではなく、

100年以上続く家業
300年以上続く島の発酵文化
代々守られてきたくさや汁
次の世代へ残せるかという後継者問題

まで一本につながります。

独特の香りばかりが注目されがちなくさやですが、その奥には、長い時間をかけて守られてきた人の仕事があります。

菊池一枝さんの「その後」を見るときも、単に現在何歳なのかではなく、菊孫商店の味とくさや汁が次の世代へどう渡っていくのかが、いちばん大切なポイントになりそうです。

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