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広田尚敬は90歳の現在も鉄道を撮る!14歳から76年続く仕事と写真の転機【日曜美術館で紹介】

写真家

90歳でも撮り続ける広田尚敬と76年を超える鉄道写真の歩み

14歳で初めて鉄道にカメラを向けてから、撮り続けること76年以上。広田尚敬さんは90歳になった現在も、SLから新幹線、ローカル線、駅で暮らす人々まで撮影を続けています。『日曜美術館(鉄道のくにを撮る 写真家 広田尚敬)(2026年8月30日)』では、日本の鉄道写真を「車両の記録」から「写真表現」へ広げてきた歩みと、今なお地方へ足を運ぶ姿が描かれます。14歳の原点、会社員から写真家になった転機、250冊を超える出版活動、90歳から目指す新しい写真までたどります。

この記事でわかること

  • 広田尚敬さんが90歳でも撮影を続けている現在
  • 14歳から鉄道写真に夢中になったきっかけ
  • 車両だけでなく人や風景まで写した理由
  • 250冊超の著書と現在取り組む新しい表現

広田尚敬は90歳の現在も鉄道を撮り続ける

広田尚敬 写真展「鉄道写真」(AI 生成)

(出典:デジカメ Watch「写歴76年を超えてなお『写真は頂くもの』」)

広田尚敬さんは1935年東京都生まれの鉄道写真家で、90歳を迎えた現在も現役です。

2026年にはキヤノンギャラリー Sで写真展「鉄道写真」を開催。過去の代表作だけでなく、この写真展のために新たに撮り下ろした作品も発表しました。

本人も90歳を迎えてなお、鉄道を撮る姿勢は変わっていません。最近も思い立って枕崎へ撮影に出かけるなど、実際に地方へ足を運んでいます。

さらに興味深いのは、長い経験を持ちながら、昔と同じ写真だけを撮ろうとしていないことです。

2026年の新作については、これまでよりアート寄りの表現にも取り組んでいます。

76年以上続けた結果、完成したスタイルを守るのではなく、90歳になってからも「次にどう撮るか」を探している。その姿勢が現在の広田さんを知るうえで大きなポイントです。

鉄道写真の始まりは14歳の中学3年生だった

鉄道との付き合いは、写真家になるよりずっと前から始まっています。

広田さんは幼いころから鉄道が好きで、最初に熱中したものの1つが鉄道模型でした。

駅に停まっている列車を観察し、車体の寸法を測って図面を作り、木や紙で模型を作るほどでした。

そして中学3年生、14歳のころに初めて好きな鉄道へカメラを向けます。

最初の撮影では、シャッターを押す緊張と喜びに加え、撮った写真を父親に褒められたことが、その後も撮影を続ける大きな原動力になりました。

ここから約76年です。

少年のころに「好きだから撮った」という気持ちが、90歳になった現在まで途切れていません。

技術や機材はフィルムからデジタルへ大きく変わりましたが、鉄道を見て面白いと感じ、自分なりの角度から残したいという根本は変わっていないのです。

会社員から写真家へ進んだ1960年の転機

広田さんは中央大学経済学部を卒業したあと、いったん会社員として働いています。

しかし会社員生活を経て、1960年にフリーランスの写真家として活動を始めました。

決定的な出来事の1つとなったのが1968年の初個展**「蒸気機関車たち」**です。

当時の鉄道写真には、車両をきちんと記録することを重視する考え方が強くありました。

ところが広田さんは、決められた撮り方だけに収まろうとしませんでした。

ブレを使う。逆光でも撮る。車両を画面いっぱいに入れない。人や周囲の風景も写す。

現在なら珍しくない方法でも、当時としては従来の鉄道写真とは違ったアプローチでした。

1968年の個展は大きな反響を呼び、翌1969年には初の鉄道写真集『魅惑の鉄道』を刊行。その後、「鉄道写真の神様」と呼ばれるほど、この分野を代表する存在になっていきます。

会社員からフリーになったこと以上に重要なのは、すでにあった鉄道写真の常識に合わせるのではなく、自分が面白いと思う撮り方を続けたことでした。

SLから新幹線、ローカル線まで時代そのものを写してきた

第27回展 広田 尚敬・広田 泉「鉄道写真 二本のレールが語ること」 “S ...

(出典:キヤノン「広田尚敬・広田泉 鉄道写真 二本のレールが語ること」)

広田さんの作品を長く見ていくと、日本の鉄道が変わってきた歴史そのものが見えてきます。

特に知られているのが蒸気機関車(SL)です。

煙や蒸気を上げながら走る機関車を、雪深い北海道など各地で撮影しました。極寒の雪の峠で列車を待つような撮影も経験しています。

その後、日本の鉄道は大きく変化します。

SLが姿を消していく一方で、

ブルートレイン
→新幹線
→通勤電車
→地方のローカル線

と鉄道の主役も変わっていきました。

広田さんは1つの時代だけを撮るのではなく、その変化を追い続けています。

そのため作品を年代順に見ると、単なる鉄道車両の写真集ではなく、戦後から現在まで日本人の暮らしと鉄道がどう変わったのかを残した記録にもなっています。

車両だけでなく人と風景を写したことが鉄道写真を変えた

広田さんを語るうえで特に重要なのが、「列車だけが鉄道ではない」という視点です。

鉄道写真と聞くと、車両を大きく、美しく、正確に写した写真をイメージする人も多いでしょう。

しかし広田さんが若かった1950〜60年代には、その傾向が今以上に強く、車両の前に人が入ったり、植物で電車が隠れたりする構図は避けるべきだという考えもありました。

広田さんはそこへ、

  • 乗客
  • 駅員
  • 駅の風景
  • 線路沿いの花
  • 雪や雨
  • 周囲の町
  • その土地で暮らす人々

を積極的に取り入れました。

鉄道は車両だけで存在するものではなく、人や物を運び、地域の暮らしの中に存在しているものだからです。

2023年の写真の町東川賞でも、車両だけでなく周辺の風景や人々と鉄道との関わりを捉え、鉄道写真に新しい表現を持ち込んできた点が評価されています。

これは現在の鉄道写真では当たり前に感じられるかもしれません。

ところが、その道を早い時期から切り開いた人物の1人が広田さんでした。

鉄道を「物」として撮るだけでなく、鉄道が存在する時間、場所、人間の営みまで写真にする。

そこに作品が長く見続けられる理由があります。

著書250冊超と東川賞が示す鉄道写真への影響

広田さんが発表してきた著書は250冊を超えています。

大人向けの鉄道写真集だけではありません。

子ども向けに鉄道を紹介する本も数多く手がけ、広田さん自身も「本を見て育った」「その本で鉄道ファンになった」と声をかけられることを喜びとして挙げています。

代表的な歩みには、

  • 1968年 初個展「蒸気機関車たち」
  • 1969年 『魅惑の鉄道』
  • 1988年 日本鉄道写真作家協会を設立し初代会長
  • 2023年 第39回写真の町東川賞「飛彈野数右衛門賞」
  • 2025年 集大成となる写真集『鉄道写真 広田尚敬』
  • 2026年 キヤノンギャラリー Sで写真展「鉄道写真」

があります。

特に東川賞で評価されたのは、長年写真を撮ってきたことだけではありません。

ブレやボケ、独自のカメラ、自分なりの構図などを使いながら、鉄道写真というジャンルの表現そのものを広げたことです。

「きれいに車両を記録する写真」から、「撮った人の考えや感情まで見えてくる写真」へ。

その変化に大きく関わった写真家として位置付けられています。

90歳になった現在も地方のローカル線へ向かう

広田さんが現在特に大切に撮り続けている対象の1つがローカル線です。

地方鉄道は人口減少や利用者減少などを背景に、路線そのものが姿を消すことも珍しくありません。

鉄道車両だけを撮っていれば、列車がなくなった時点で撮影対象も消えてしまいます。

しかし広田さんの写真には、駅、沿線、人、町並み、自然など、その土地で鉄道が果たしていた役割まで残ります。

だからこそ、ローカル線を撮る意味も大きくなります。

2026年にも地方へ出かけて撮影を続け、同年の写真展では新作も発表しました。さらに、外へ出ることが難しくなった先まで見据えて、鉄道模型を使った写真表現にも可能性を見いだしています。

14歳で列車へカメラを向けた少年が、90歳になった現在も新しい撮り方を探している。

広田尚敬さんの76年以上に及ぶ活動で印象に残るのは、撮影年数そのものではありません。

鉄道を好きであり続けながら、「昨日と同じ写真を撮るだけ」で終わっていないことです。

SLが走っていた時代から、列車が消えていく地方路線の時代まで。

その時々の鉄道だけでなく、その周囲で暮らしてきた人と風景まで残してきたことが、広田尚敬さんの鉄道写真を時代を超えて見られる作品にしています。

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