熊野筆4代目・實森将城が受け継ぐ100年以上の職人技
広島県熊野町で、1907年から筆づくりを続ける實森誠実堂。『プラチナファミリー&火曜の良純孝太郎 合体SP(日本最古の飲食店&東京タワー)(2026年9月1日)』では、世界で使われる熊野筆を守る4代続く職人一家が取り上げられます。4代目・實森将城さんは、祖父と父から技を学び、熊野筆伝統工芸士として次世代の育成にも力を注ぐ人物です。3代続く伝統工芸士の家系、皇室御前での筆づくり、正倉院との関わり、海外やアートへ広げる現在の挑戦まで見ていきます。
この記事でわかること
- 實森将城さんが継ぐ實森誠実堂と熊野筆
- 祖父・父から受け継いだ4代続く筆職人一家の歴史
- 3代続く伝統工芸士と皇室・正倉院との深い関わり
- 後継者育成や海外・アートへ広げる現在の挑戦
實森将城は實森誠実堂4代目の熊野筆伝統工芸士

(出典:広島県熊野町「熊野みらいLABO」公式)
實森将城(さねもり まさき)さんは、広島県安芸郡熊野町にある實森誠実堂の4代目で、熊野筆の伝統工芸士です。
雅号は得応。現在は實森誠実堂の代表として各種熊野筆の製造・販売を手掛けています。實森誠実堂は1907年、明治40年に創業しました。
将城さんが熊野筆職人になったきっかけは、特別な出来事が突然あったからではありません。
本人が語っているのは、代々続いてきた家業だったことです。
祖父母が暮らしていた建物には先祖の代から作業場があり、その場所で将城さんまで4代にわたり筆づくりが続いています。まさに生活のすぐそばに筆づくりがある環境で育ってきました。
ただ、4代目になったからといって、昔と同じことだけを続けているわけではありません。
将城さんは、熊野筆の職人不足に向き合いながら、若い世代の育成、自身のブランド化、海外への発信、筆を使ったアート活動まで仕事の幅を広げています。
「伝統を残す」と「新しい使い方を作る」を同時に進めているところが、4代目としての大きな特徴です。
1907年創業から4代続く筆職人一家の歴史
實森誠実堂の始まりは1907年です。
初代・實森四郎さんが「さ工場」という屋号で創業しました。
その後、
初代・實森四郎さん
→2代目・實森盛登さん
→3代目・実森康宏さん
→4代目・実森将城さん
へと筆づくりが受け継がれています。
熊野と筆の関係はさらに古く、熊野町では1830年頃から筆づくりが始まったとされています。
農地が少なかった熊野では、農閑期に紀州や大和方面へ出稼ぎに出る人が多く、帰路に奈良で筆や墨を仕入れて販売したことが、熊野と筆を結び付けるきっかけになりました。
現在の熊野筆は、書道用の筆だけではありません。
書筆、画筆、化粧筆、刷毛などが熊野町で生産され、一定の基準を満たした製品には「熊野筆」の名称が使われます。熊野筆事業協同組合は2004年に「熊野筆」の団体商標を取得しています。
その大きな産地の歴史の中で、100年以上にわたって1つの家族が筆づくりを続けているのが實森家です。
祖父・實森盛登と父・実森康宏から受け継いだ熊野筆の技
将城さんは、家業に入ってすぐ独自のやり方で筆を作り始めたわけではありません。
1997年に祖父・盛登さん、1998年には父・康宏さんへ師事しています。
つまり實森家では、
祖父から父へ、そして父から息子へという家族としての継承と、
職人から弟子へという技術継承が重なっています。
熊野筆は1人の職人だけで完成するとは限りません。
毛の部分である「穂首」を作る職人、軸を作る職人、問屋など、複数の仕事が組み合わさっています。
實森誠実堂では主に穂首を製造して問屋へ卸し、問屋側が軸と組み合わせて完成品にしていく流れがあります。将城さんは、熊野町内でそれぞれの技術が残らなければ熊野筆そのものを続けられなくなるという危機感を持っています。
そのため、若い職人には1工程だけを覚えさせるのではなく、できるだけ全工程を身につけてもらうことを重視しています。
効率だけを考えれば分業した方が早くても、1人の職人が辞めた瞬間にその工程が途切れる可能性があります。
100年以上続く家業だからこそ、「今作れるか」ではなく「20年後、30年後も作れるか」を考えなければならないのです。
3代続く伝統工芸士と8年連続コンクール入選の実績
實森家の大きな特徴が、3世代にわたって熊野筆伝統工芸士を輩出していることです。
2代目・盛登さんは1976年に熊野筆伝統工芸士となり、その後、初代熊野筆伝統工芸士会会長を務めました。
3代目・康宏さんは2000年に熊野筆伝統工芸士へ認定。
そして4代目・将城さんも2013年に熊野筆伝統工芸士となっています。
将城さん自身の実績も目を引きます。
2004年から8年連続で伝統的工芸品コンクールに入選。2010年には大阪工芸展でも入賞しています。
家が古いから4代目を名乗っているのではなく、本人も職人として評価を積み重ねてきたことが分かります。
特に注目したいのは、祖父、父、本人と3代続けて伝統工芸士になっている点です。
家業を継ぐだけでも難しい時代に、伝統工芸士として認められる水準の技術まで3世代が継承していることは、實森誠実堂の100年以上の歴史を象徴する部分といえます。
皇室の御前作業と正倉院調査へつながる實森家の実績
實森家の歴史をたどると、皇室との関わりも出てきます。
初代・四郎さんは1926年に皇太子殿下の前で毛筆を製作する御前作業を行い、1930年にも天皇陛下の御前で毛筆を製作した記録があります。
2代目・盛登さんも1971年に天皇・皇后両陛下の御前で筆づくりを行っています。
ここで大切なのは、「實森将城さん自身が皇室へ筆を献上した」という話ではないことです。
将城さんへと続く實森家の職人史の中に、皇室御前で筆を作った実績があるということです。
さらに3代目・康宏さんの経歴には、より珍しい実績があります。
2010年、正倉院宝物の「毛」に関する特別調査を宮内庁正倉院から委嘱されています。
筆職人が培ってきたのは、単に毛を束ねる技術ではありません。
動物の毛質を見極め、用途や時代、加工状態まで読み取る知識があります。
正倉院宝物の調査に関わったという事実からも、3代目が持っていた「毛を見る技術」が筆づくりの枠を超えて評価されていたことが分かります。
そして、その父と祖父から直接技を学んだのが4代目の将城さんです。
100年以上続く家業という数字の中身を見ると、ただ古いだけではなく、世代ごとに技術を磨きながら積み上げてきた歴史があります。
後継者不足の熊野筆を次世代へ残す4代目の挑戦
将城さんが今、特に強く意識しているのが後継者不足です。
熊野筆は1人のスター職人さえ残れば作り続けられるものではありません。
穂首を作る人、軸を作る人など、町の中に複数の技術者がいて初めて産地が成り立ちます。
しかし、それぞれの職人が高齢化しています。
将城さん自身も、職人がいなくなれば熊野筆そのものが続かなくなるとして、町全体で考えなければならない問題だと語っています。
實森誠実堂では後継者を育てるため、職人にさまざまな工程を経験させています。
さらに将城さんは、これまで外部の職人に頼ってきた軸の仕事についても、少量なら自分たちで対応できるようにする構想を進め、軸を作るための部屋も整備していました。
これは単なる内製化ではありません。
職人が減っても技術そのものを途切れさせないための備えです。
4代目の仕事は、受け継いだ技で今日の注文をこなすことだけではなく、5代目、その先まで仕事が残る仕組みを作ることへ変わってきています。
書道筆からアート・海外へ広げる新しい熊野筆
伝統工芸を残す方法として、将城さんは「昔のまま作り続ける」ことだけを選んでいません。
本人が掲げているのが、
自分自身のブランド化
筆を使った個展
海外への発信
インテリアとして楽しむ筆
といった新しい展開です。
仕事場の一部もリノベーションし、自身が制作した作品や展覧会出品作品を展示するギャラリーとして活用しています。
しかも完成した有名作家だけを集める場所ではなく、若者や学生が作品を発表できる場所にしたいという考えがあります。
書だけでなく、絵や陶芸なども含めた若いアーティストが集まる交流拠点を目指しています。
これまで筆は「文字を書くための道具」として考えられてきました。
しかし、筆そのものの形や素材、職人技に価値を感じてもらえれば、アート作品やインテリアという別の入り口から熊野筆を知る人も増えます。
海外へ発信したいという将城さんの考えも同じです。
書道をする人だけを相手にするのではなく、熊野筆そのものを日本の工芸・アートとして見てもらう。
後継者不足に向き合う一方で、新しい使い手を増やそうとしているところに4代目ならではの挑戦があります。
實森誠実堂の熊野筆を購入する方法とオーダー筆・胎毛筆
實森誠実堂では、熊野筆を実際に購入することができます。
扱っている筆には、馬の尾毛を使った腰の強い筆、イタチ・コリンスキー系の毛を使った弾力とまとまりに優れた筆、柔らかく墨含みの良い羊毛筆などがあります。
毛によって書き味がかなり異なるため、「高価な筆なら何でも書きやすい」というわけではありません。
楷書、行書、草書、作品制作など、何を書くための筆なのかを考えて選ぶことが大切です。
また、既製品だけでなくオリジナル書筆のオーダーにも対応しています。
さらに特徴的なのが、赤ちゃんの髪を使って作る胎毛筆・誕生記念筆です。
生まれてから初めて切る柔らかな髪を筆として残すもので、実際に書くためというより、一生に1度の記念品として作られています。
注文については、定番商品なら在庫がある場合に発送。在庫がなければ制作となり、納期を相談する形です。
オーダー筆や胎毛筆は専用の注文手順があり、胎毛筆の場合は髪の毛を送って制作してもらいます。
實森誠実堂は広島県安芸郡熊野町呉地3丁目3-27にあり、広島駅から車で約30分、呉駅からも車で約20分と案内されています。
實森将城さんの歩みを見ると、熊野筆4代目という肩書だけでは見えないものが多くあります。
祖父と父から直接技を学び、3代続く伝統工芸士となったこと。初代・2代目による皇室御前での筆づくり、父・康宏さんによる正倉院宝物の調査。そして現在は、自分の技だけでなく次の職人を育て、海外やアートへ熊野筆を広げようとしています。
「昔から続くから残っている」のではなく、各世代が次の時代に合わせて仕事を作り直してきた。
1907年から4代続く實森誠実堂の歴史を見ると、伝統を受け継ぐという言葉の本当の重さが伝わってきます。


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