札幌最古のラーメン店「だるま軒」を守る4代目・加納哲也
『どさんこワイド179(札幌最古のラーメン店密着▼疲れた体にパワーレシピ)(2026年8月24日)』で取り上げられるのが、札幌・二条市場にある老舗「だるま軒」です。1947年に屋台から始まり、2027年には創業80周年を迎えます。現在店を守るのは4代目店主・加納哲也さんと妻のゆかりさん。70年以上動き続ける製麺機、変えない醤油ラーメン、西山製麺につながる歴史まで詳しく見ていきます。
この記事でわかること
- 加納哲也さんが4代目として守る「だるま軒」の現在
- 19歳で働き始め、店を受け継ぐまでの経緯
- 1950年から使い続ける製麺機と自家製麺
- 西山製麺にもつながる札幌ラーメンの歴史
札幌最古のラーメン店を守る4代目の現在
加納哲也さんは、札幌市中央区の二条市場にある「だるま軒」の4代目店主です。
だるま軒は1947年、戦後間もない札幌で屋台として始まりました。1949年には現在につながる二条市場の一角に店を構え、長年営業を続けています。
現存する札幌のラーメン店として最古とされ、2026年で創業79年。翌2027年には創業80周年という大きな節目を迎えます。
現在店を切り盛りしているのが、加納さんと妻のゆかりさんです。
二条市場は観光客にもよく知られていますが、だるま軒は観光向けに新しく作られた店ではありません。
戦後から続く札幌ラーメンの歴史そのものを、現在までつないできた店です。
加納さんが大切にしているのは、先代から受け継いだ**「ラーメンは庶民の食べ物」**という考え方。特別な日にだけ食べる料理ではなく、誰でも気軽に食べられ、いつ訪れても安心できる一杯であることを大切にしています。
店舗は札幌市中央区南3条東1丁目の新二条市場内にあります。
大通やすすきのからも徒歩で向かえる場所なので、「札幌ラーメンの歴史を実際に食べてみたい」という人が訪れやすいのも魅力です。
1947年創業だるま軒を受け継いだ経緯
加納さんは、生まれたときからだるま軒の後継者として決まっていたわけではありません。
店で働き始めたのは19歳のころでした。
最初はアルバイトとして厨房に入り、それから長い時間をだるま軒で過ごします。
転機が訪れたのは、働き始めて約18年後。
先代店主が病に倒れたことで、加納さんが店を引き継ぐことになりました。
19歳から18年と考えると、すでに店で十分な経験を積んでから暖簾を任されたことになります。
老舗を継ぐ難しさは、新しいラーメンを考えることとは少し違います。
長年食べてきた常連客には、「だるま軒ならこの味」という記憶があります。
大きく変えれば別の店になってしまいますが、何も変えなければ食材や物価、設備など時代の変化に対応できません。
加納さんは、昔の味をそのままコピーするのではなく、変えてはいけない部分を残しながら店を続ける役割を担ってきました。
2025年時点でも、加納夫妻が2人で伝統を受け継ぎながら営業を続けています。
2代目を師匠と呼びラーメンの道へ進んだ理由
加納さんがラーメン作りに引き込まれるきっかけになった人物が、本人が「師匠」と呼ぶ2代目です。
2代目がラーメンを作っている姿、そして出来上がったラーメンの味に感動したことが、加納さんがこの道を進む大きな理由になりました。
長く続く店では、レシピだけ受け取れば同じ味を再現できるわけではありません。
火加減や麺の状態、気温や湿度による違いなど、文章にはしにくい感覚があります。
加納さんが特に難しいと語っているのが麺作りです。
長年続けていても、毎回まったく同じように仕上がるわけではありません。
先代からも「本当においしい麺は年に何回もできない」と教えられてきました。
だからこそ、4代目になった現在も完成したと思わず、毎日同じ仕事を積み重ねています。
「老舗だから昔と同じ方法で作っている」というより、昔と同じ味を出すために毎日調整していると考えた方が、だるま軒の仕事に近いでしょう。
1950年から現役の製麺機で毎日麺を作る仕事
だるま軒を象徴する存在の1つが、地下の製麺室にある1950年から使い続けている製麺機です。
70年以上がたった現在も現役で、加納さんはこの機械を使って毎日麺を作っています。
使用する材料はとてもシンプルです。
基本となるのは、
- 小麦粉
- 水
- かん水
です。
余計なものを加えず、昔ながらの方法で自家製麺を続けています。
しかし材料が少ないから簡単というわけではありません。
気温や湿度によって粉や水分の状態が変わるため、その日の条件に合わせた細かな調整が必要になります。
加納さん自身も、長く麺を作ってきた現在でも「麺作りは難しい」と話しています。
店でラーメンを食べるとき、ついスープや具材へ目が向きますが、だるま軒では自家製麺そのものが店の歴史です。
さらに加納さんは、長年使っている製麺機について、この機械が動かなくなったら店を辞めようと思っているというほど強い思いを語っています。
機械を最新型へ替えて効率化するのではなく、長年使ってきた製麺機と一緒に味を守っているところに、だるま軒らしさがあります。
妻ゆかりさんと2人で守る昔ながらの醤油ラーメン
4代目の仕事は、加納さん1人だけで成り立っているわけではありません。
妻のゆかりさんも一緒に店を守っています。
加納さんが毎日作った麺を、ゆかりさんが試食して出来を確認するのが日課です。
長年一緒に店を切り盛りしているからこそ、麺の微妙な違いにも気づけます。
だるま軒の代表的なメニューは、創業当時から続く醤油ラーメンです。
札幌ラーメンと聞くと「味噌」を思い浮かべる人も多いでしょう。
しかし札幌で味噌ラーメンが広がる以前、戦後のラーメンは醤油味が中心でした。
そのため、だるま軒の醤油ラーメンを食べることは、現在一般的にイメージされる「札幌味噌ラーメン」より前の時代につながる味を知ることでもあります。
長く通う常連客も多く、中には何十年も店へ通ってきた人もいます。
流行に合わせて毎年メニューを作り替える店とは違い、「以前食べたときと同じ味」を求めて戻ってくる人がいるのが老舗ならではです。
加納夫妻が守っているのはレシピだけではありません。
客の記憶の中にある味も一緒に受け継いでいるといえます。
西山製麺のルーツにつながる札幌ラーメンの歴史
だるま軒を語るうえで欠かせないのが、現在の西山製麺との関係です。
西山製麺の歴史は、だるま軒の製麺部門につながっています。
1950年、西山孝之さんがだるま軒に入り、製麺部門を担当するようになりました。
翌1951年には、自分たちの店で使う麺だけでなく、ほかのラーメン店からの注文にも応えるようになります。
そして1953年、製麺部門が独立して西山製麺所が誕生しました。
さらに1955年には、現在の札幌ラーメンを象徴する特徴の1つである、多加水熟成製法による卵入りでウェーブのかかった生ラーメンが開発されます。
つまり、だるま軒は「古いラーメン店」というだけではありません。
札幌ラーメンの麺文化が広がっていく過程で、重要な役割を果たした場所でもあります。
現在では西山製麺の麺を使った札幌ラーメンは全国で知られています。
その歴史をさかのぼると、二条市場の小さなラーメン店にたどり着く。
ここが、だるま軒を単なる老舗グルメとして片付けられない理由です。
創業80周年へ受け継がれる変えない味と現在
だるま軒は2027年に創業80周年を迎えます。
戦後の屋台から始まり、二条市場へ店を構え、自家製麺を続けながら4代目まで暖簾が受け継がれてきました。
80年近い歴史の中で札幌の街は大きく変わり、ラーメンも多様化しました。
濃厚な味噌、魚介系、つけ麺など、新しいスタイルが次々に登場しています。
それでも加納さんが大切にしているのは、「新しいものを次々と足すこと」ではありません。
昔から来てくれる人が安心できる一杯を残すことです。
その一方で、値段や店の運営などは時代に合わせなければ続けられません。
変わらない味を残すために、必要なところは変えていく。
それが現在の4代目が担っている継承です。
そして、だるま軒にはもう1つ印象的なものがあります。
1950年から使われている製麺機です。
創業80周年へ向かう店で、70年以上前から動く機械を使い、加納さんが今日も麺を作り、ゆかりさんがその出来を確かめる。
その積み重ねの先に、1杯の醤油ラーメンがあります。
札幌最古という肩書だけでなく、昔の仕事を現在も毎日続けていることこそ、だるま軒の大きな価値です。
札幌ラーメンの原点を知りたい人にとって、二条市場まで足を運ぶ理由が残る店です。


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