木村セツが90歳から始めた新聞ちぎり絵は全国の美術館へ
2026年10月4日放送のNHK Eテレ「日曜美術館 人生が、絵となる おばあちゃんアーティストの軌跡」に出演するのが、奈良県桜井市の新聞ちぎり絵作家・木村セツさんです。
1929年1月7日生まれの97歳。木村さんが新聞ちぎり絵を始めたのは、89歳で夫を亡くした直後の2019年元日でした。
それまで本格的に絵を描いてきたわけではありません。しかし90歳から創作を始めると才能が開花し、作品集の出版、全国各地での原画展へ発展。2026年秋には静岡県で初となる大規模個展が開催されています。
この記事でわかること
- 木村セツさんが90歳で新聞ちぎり絵を始めた理由
- 銀行員、養鶏、喫茶店、農業を経て作家になるまで
- 新聞だけで食べ物をリアルに表現する制作方法
- 97歳の現在開催されている原画展と作品集
木村セツは1929年生まれ、家族のために働き続けてきた

木村セツさんは1929年1月7日、奈良県桜井市生まれです。
現在の作品だけを見ると、長年美術に携わってきた作家のようにも見えますが、その人生はまったく異なります。
戦争中には学徒動員で紡績工場に勤務。戦後は銀行に勤めましたが家庭の事情で退職し、その後は3人の子どもを育てながら、養鶏、喫茶店、農業などさまざまな仕事をしてきました。
長い人生の大部分は「芸術家」としてではなく、家族を支えながら働く日々でした。
創作活動が始まるのは、その人生が90歳を迎えようとしていたときです。
89歳で夫を亡くし、長女のひと言から創作が始まった
大きな転機となったのは2018年末です。
長年連れ添った夫が亡くなり、木村さんは生活の張りを失いました。
そこで長女が勧めたのが、新聞を使ったちぎり絵でした。
2019年1月1日、木村さんは初めて新聞ちぎり絵に挑戦します。
それまでは趣味らしい趣味もなく、本人の言葉では「食べるだけが趣味」と振り返るほど、ずっと働いてきた人生でした。新聞ちぎり絵を始めると夢中になり、最初の1年間だけで70点以上の作品を制作しています。
「高齢になってから昔の趣味へ戻った」のではありません。
90歳になって初めて出会ったものが、その後の人生を大きく変えたのです。
新聞の「色」と「文字」を食べ物の質感に変える
木村さんの作品で特に目を引くのが、食べ物です。
ハンバーガー、エビフライ、トースト、卵かけご飯、焼き芋、ケーキ、魚、果物。
一見すると絵の具で描かれているようですが、使われているのは新聞紙です。
制作ではまず実物や写真を観察し、下絵を描きます。その後、新聞のカラー部分から必要な色を探す「色出し」を行い、紙を細かくちぎってピンセットで貼り重ねます。
黄色一つでも、少しずつ違う新聞の色を重ねることで陰影や立体感を生み出します。新聞に印刷された文字も完全に隠すのではなく、作品の表情として生かされます。
最初から下絵が得意だったわけでもありません。
当初はデザイン関係の仕事をしている長女に下絵を描いてもらっていましたが、孫から自分で描くことを勧められ、何度も練習するようになりました。
作品そのものだけでなく、「できなかったことを90代になってから覚えていった」という過程も木村さんの大きな魅力です。
孫がSNSへ投稿すると一気に注目された
木村さんが作品を作り、世の中へ届ける役割を担ったのが家族でした。
イラストレーター・漫画家として活動する孫の木村いこさんが、祖母の作品をSNSへ投稿。
精密なのにどこかユーモラスで、新聞という身近な素材から食べ物が生き生きと浮かび上がる作品が注目されるようになります。
2020年2月には初作品集「90歳セツの新聞ちぎり絵」が里山社から刊行されました。
同書には、作品だけでなく木村さんが90年間歩んできた人生も収録されています。現在まで重版を重ねています。
90歳で新しいことを始め、91歳には次の作品集、94歳にも作品集を刊行。
年齢を重ねるほど創作活動が広がっていきました。
97歳の現在も作品が増え続けている
木村さんは2026年1月7日に97歳を迎えました。
創作開始から7年以上が経ちましたが、現在も新聞ちぎり絵を制作しています。
2026年春に笠間日動美術館で開催された「97歳セツの新聞ちぎり絵 原画展」では、最新作を含む180点以上が展示されました。
始めた年に作った作品だけが評価され続けているのではありません。
新しい料理や身近な物を見つけては題材にし、作品数そのものが増え続けています。
公式オンラインショップでも、2026年に新しいポストカードやレターセットが追加されるなど、作品から生まれた商品展開も続いています。
夫の言葉「いくつになっても勉強」が現在につながる
木村さんの作品集には、亡くなった夫が残した言葉も登場します。
「いくつになっても勉強せなあかん」。
木村さん自身が90歳から新しい技法を覚え、下絵を練習し、新聞の色を探し、作品を作り続けてきた歩みと重なる言葉です。
興味深いのは、夫との暮らしの記憶そのものも後の作品につながっていることです。
2025年に刊行された日めくり作品集には、夫がお粥を好んだため長く控えていたパンを題材にした「ちりめんじゃこトースト」なども収録されています。
木村さんの場合、90歳以前の人生と90歳以後の創作が切り離されているわけではありません。
家族との暮らし、農業、食事、長い生活経験そのものが作品の題材になっています。
2026年秋は掛川市二の丸美術館で165作品を展示
10月4日の放送時点で、木村さんの作品を実際に見ることができるのが静岡県掛川市です。
掛川市二の丸美術館では「97歳セツの新聞ちぎり絵原画展」を開催しています。
静岡県内では初となる大規模個展で、食べ物などを中心とした165作品と関連資料を展示。静岡にちなんだ題材の新作も加わっています。
開催情報は次の通りです。
- 展覧会名:97歳セツの新聞ちぎり絵原画展
- 会場:掛川市二の丸美術館
- 住所:静岡県掛川市掛川1142-1
- 会期:2026年9月15日~11月23日
- 開館時間:9:00~17:00
- 最終入館:16:30
- 休館日:月曜日、祝日の場合は翌平日
- 観覧料:高校生以上700円
- 中学生以下:無料
テレビで作品を知ったあと、実物の新聞紙の重なりや細かなちぎり方まで確認できる機会です。
書籍でも90歳以降の変化を追える
木村さんの作品は、複数の書籍になっています。
第1作は「90歳セツの新聞ちぎり絵」。
90歳の1年間に生まれた作品と、木村さんの人生をまとめた本です。
その後も、
- 「91歳セツの新聞ちぎり絵 ポストカードブック」
- 「94歳セツの新聞ちぎり絵日記」
- 「96歳セツの新聞ちぎり絵 まいにち日めくり」
が刊行されています。
同じ作家でも、90歳、91歳、94歳、96歳と制作を続けた時間によって表現が変化しているところも見どころです。
まとめ
木村セツさんは1929年、奈良県桜井市生まれ。
銀行員、養鶏、喫茶店、農業などで働き、3人の子どもを育てながら人生の大部分を過ごしてきました。
89歳で夫を亡くし、長女の勧めで2019年元日に新聞ちぎり絵を開始。
90歳から初めて本格的に絵を作り始めながら、わずか1年で70点以上を制作し、SNSを通じて作品が全国へ知られるようになりました。
97歳となった現在も創作を続け、作品集の出版や全国各地の原画展へ活動が広がっています。
「日曜美術館」が描くのは、若いころから才能を磨いてきた芸術家だけではありません。
90歳から初めて創作の扉を開き、それまでの人生そのものを作品へ変えていった木村セツさんの歩みです。
参考リンク
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