窓ガラス書道で話題の柴倉梨乃
大きな窓ガラスをキャンバスのように使い、迷いなく筆を走らせる姿で注目を集めている書道家・柴倉梨乃さん。伝統的な書道を守りながら、SNSやスポーツ、音楽など新しい場所へ「書」を広げている若手書道家です。『ザワつく!金曜日(SNSで大バズり!若手書道家の梨乃さんが登場)(2026年8月14日)』でも、その作品が取り上げられます。ところが経歴をたどると、順風満帆だったわけではありません。大学受験の失敗や中退を経験し、それでも書道を手放さなかった歩みが見えてきます。
この記事でわかること
- 柴倉梨乃さんのプロフィールと書道歴
- 大学受験失敗・中退から再出発した経緯
- SNSから仕事につながった理由
- ファジアーノ岡山との関係や現在の活動
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窓ガラス書道で話題の梨乃は柴倉梨乃

SNSで「梨乃」の名前で活動している若手書道家の本名は、柴倉梨乃(しばくら・りの)さんです。
2001年生まれ、岡山県出身。書道家として「書道をもっと身近に、もっと自由に。」を掲げ、昔ながらの半紙や掛け軸だけにとどまらない表現を続けています。現在はSNSで作品やパフォーマンスを発信するほか、企業やスポーツ、音楽に関わる筆文字などにも活動を広げています。
特に目を引くのが、窓ガラスへ直接文字を書く書道パフォーマンスです。
実際に本人のSNSでは、窓ガラスに大きく「龍」を書く作品や、店舗の窓ガラスに「散髪」と書く制作が公開されています。紙とは違って、一文字が人の体ほどの大きさになることもあり、筆を動かす姿そのものが作品の一部になっています。
たしかに、完成した文字だけを見る書道とは印象がまったく違います。書き始めから完成するまでを動画で見せられることが、SNS時代の書道と相性がいい理由のひとつなのでしょう。
柴倉梨乃が書道を始めたきっかけ
柴倉梨乃さんが書道を始めたのは5歳のころです。
長く書道を続け、2023年には書道の師範資格を取得しています。つまり、SNSで突然書き始めて人気になった人ではなく、幼いころから積み重ねてきた技術を土台に、新しい見せ方へ挑戦している人物です。
本人が2025年に公開した文章によると、もともとは両親の勧めもあり、国立大学の教育学部へ進み、将来は書道の先生になる道を考えていました。
ここは現在の活動を理解するうえで興味深いところです。
今の梨乃さんを見ると、最初からフリーの書道家を目指して一直線に進んできたようにも見えます。しかし実際には、「学校で教える書道」につながる進路を目指していた時期がありました。
その後の大学受験で経験した挫折が、結果的に現在の書道家としての生き方へ大きくつながっていきます。
第一志望の大学に2点届かなかった挫折
梨乃さんが最初に受験したのは、国立大学の教育学部でした。
本人によると、その年から導入されたAO入試に挑戦。各学科で合格者が1人という狭き門で、集団面接、集団討論、書道の実技などが行われた1次試験を突破しました。
ところが2次試験となるセンター試験で、合格に必要な基準点にわずか2点届きませんでした。
1次試験を突破していただけに、2点という数字はかなり重く感じます。
大きな差で不合格になったのなら気持ちを切り替えやすい場合もありますが、「あと2点」となると、「あの問題ができていれば」と考えてしまうのも無理はありません。
梨乃さん自身も、この経験について、自分が最後まで努力し切れなかった「詰めの甘さ」を実感したと振り返っています。
しかし、本当の大きな転機はその後にやってきます。
書道学科を半年で中退した理由
第一志望には届かなかったものの、梨乃さんは第二志望だった県外大学の書道学科へ進学しました。
書道を専門的に学べる学科ですから、一見すると夢へ続く道に戻れたようにも思えます。
ところが、本人によると大学の環境が合わず、約半年で中退することになります。県外で一人暮らしをしていた当時は、食事も十分に取れないほど精神的に追い詰められていた時期だったと明かしています。
決定的だったのは、夏休みに岡山へ帰省した後のことでした。
再び一人暮らし先へ戻ろうと高速バスと電車を乗り継いだものの、途中で涙が止まらなくなり、引き返して岡山へ帰ったと振り返っています。
そして、**「もう大学は辞めよう」**と決断しました。
ここを単なる「大学中退」という経歴だけで見ると、梨乃さんの歩みをかなり見誤ってしまいます。
好きだった書道を学ぶ大学に入ったにもかかわらず、その環境から離れる決断をした。それでも書道そのものはやめなかったという点が、その後につながる大きなポイントです。
岡山で大学へ入り直した再出発
大学を辞めた後、梨乃さんはいったん就職を考え、就職エージェントにも登録しました。
しかし、中退後すぐの就職活動は思うようには進まなかったといいます。
そんな状況のなかで改めて思い出したのが、書道家になりたいという夢でした。
梨乃さんは両親に、次の大学へ入るための費用は自分で払うので、もう一度大学へ行かせてほしいと頼み、岡山にある大学を再受験。合格し、人生で2度目の大学入学を経験しました。
その大学が岡山理科大学 経営学部 経営学科です。
2025年2月時点では同学科の4年生として大学公式サイトにも紹介されており、書道家として活動していることも確認されています。
書道学科を辞めたあとに、再び別の書道学科へ進んだわけではありません。
ここが個人的にはとても興味深いところです。
専門学科から離れたことで書道家への道も閉ざされたように見えますが、実際には反対でした。
梨乃さんは「書道学科は辞めたけれど、書道をやめたわけではない」という考えで、大学生活の4年間にさまざまなことへ挑戦していきます。
SNS投稿から書道家の仕事が広がった経緯
大きな転機になったのがSNSへの投稿でした。
梨乃さんはTikTokに手書きの歌詞を投稿し始め、本人によると1年間でフォロワー7万人を獲得しています。
さらに活動はSNS内だけにとどまりませんでした。
優里さん、清水翔太さん、wacci、Uru、GReeeeNなどの楽曲に関わる歌詞の文字を依頼で手掛けるようになったことを本人が明かしています。
これは、現在の梨乃さんを理解するうえでかなり重要な流れです。
昔なら、書道家として仕事を広げるには展覧会への出品や師匠とのつながり、教室の運営などが代表的な道だったでしょう。
一方、梨乃さんの場合は、
書道をする
→ 動画にする
→ SNSで見てもらう
→ 人に知られる
→ 筆文字の依頼につながる
という新しい流れができています。
書道そのものが変わったというより、書道が人の目に届く方法が変わったと考えるとわかりやすいです。
窓ガラス書道もその延長にあります。
完成作品だけではなく、大きな筆を動かし、文字が出来上がっていく過程そのものを見せられる。スマートフォンの縦長動画とも相性がよく、これまで書道にあまり関心がなかった人にも届きやすくなっています。
ファジアーノ岡山「全員で勝つ!」を担当
梨乃さんの名前が地元・岡山で大きく知られるきっかけのひとつとなったのが、ファジアーノ岡山との仕事です。
梨乃さんはもともと、小学3年生のころからファジアーノ岡山を応援してきた熱心なサポーターでした。
両親に連れられて試合を見に行ったことをきっかけに、ほぼ毎試合足を運ぶほどになったといいます。
その後、SNSに選手名などを筆文字で書いて投稿していたところ、クラブ関係者の目に留まりました。
そして2024年、ファジアーノ岡山のポスターに使われた「J2の頂へ」に加え、J1昇格プレーオフで掲げられた**「全員で勝つ!」**の文字も担当します。クラブ公式でも、この筆文字を柴倉梨乃さんが手掛けたことが明記されています。
これは単なる企業案件とは少し意味が違います。
子どものころから応援していたクラブの歴史的な挑戦に、自分の「書」で参加することになったからです。
ファンとしてスタンドから見ていた人が、年月を経てクラブを象徴する言葉を書く側になる。背景まで知ると、「全員で勝つ!」という5文字の見え方もかなり変わってきます。
梨乃さん自身も、自分が書いた文字が岡山県内のさまざまな場所に掲げられる状況について、以前なら想像できなかった出来事だったと振り返っています。
窓ガラスに書く書道パフォーマンス
最近の活動で特に目を引くのが、窓ガラスを使った書道です。
本人のSNSには、透明なガラス面へ大きな筆で**「龍」**を書く動画が公開されています。さらに、広島の理髪店の窓ガラスへ「散髪」と書いた作品も確認できます。
通常の半紙と違い、窓ガラスでは見る人の視界に文字と背景が同時に入ります。
店舗なら、書そのものが看板や空間演出にもなります。
また、大きな文字では腕だけでなく体全体を動かして書くため、「文字を見る作品」と「書く姿を見るパフォーマンス」の両方が成立します。
SNSで大きく広がった理由も、ここにありそうです。
テレビ朝日の番組公式ページでも、2026年8月14日放送回について**「SNSで大バズり!若手書道家の梨乃さん」**と紹介されています。
書道というと静かな机の上で行うイメージがありますが、梨乃さんの作品を見ると、その固定観念がかなり崩れます。
個人的には、技術だけでなく「書道をどう見せるか」を変えたところが面白いと感じます。
柴倉梨乃の現在の活動と作品
柴倉梨乃さんは現在、伝統的な書の技術を軸にしながら、SNS、スポーツ、音楽、店舗など幅広い場所へ活動を広げています。
プロフィールでは、**「書道をもっと身近に、もっと自由に。」**をコンセプトに掲げています。
この言葉は現在の活動をかなりよく表しています。
梨乃さんの場合、「上手な文字を書く」ことだけが目的ではありません。
スポーツのスローガンなら、応援する人たちの気持ちをひとつにする文字。
音楽なら、歌詞の世界観を視覚的に伝える文字。
窓ガラスなら、建物や街の風景まで含めた作品。
同じ書道でも、使われる場所によって役割が変わっています。
そして本人が掲げてきた目標は、自分の文字で多くの人に感動を届けることです。
大学受験に失敗し、書道学科を辞めた時点だけを見れば、書道家への道から遠ざかったようにも見えます。
ところが実際には、そこからSNSという別の入口を自分で作り、作品を見てもらう場所を広げていきました。
この経歴を知ると、梨乃さんの魅力は「若い人気書道家」という一言だけでは収まりません。
決められた進路から外れたあと、自分なりの方法で書道家になる道を作った人物という見方のほうが、現在の活動を理解しやすいと思います。
書道作品や仕事を依頼する方法
梨乃さんの作品を見て、「店舗に文字を書いてほしい」「イベントで書道をしてほしい」「筆文字を依頼したい」と思う人もいるかもしれません。
現在公開されている公式プロフィールには、Instagram、TikTok、Xなど本人のSNSが掲載されています。また、本人のXプロフィールでは仕事の依頼はメールから受け付けている旨が案内されています。
実際に依頼を考えている場合は、SNSの投稿だけを見て判断するのではなく、最新プロフィールや問い合わせ先を確認したほうが安心です。
依頼前には少なくとも、
- 希望する文字や作品内容
- 使用する場所や媒体
- サイズ
- 納期
- 商用利用の有無
- 原作品が必要なのかデータ納品なのか
などを整理しておくと相談しやすくなります。
料金については、今回確認した公開情報だけでは一律の価格表を確認できませんでした。そのため、具体的な費用は本人または正式な窓口への確認が必要です。
ここは実際に依頼するなら特に大事なところです。SNSで見た作品と、自分が依頼したい内容では、制作サイズや用途、現地作業の有無などがまったく違う場合があります。
柴倉梨乃の歩みは「失敗しても道は1つではない」と伝えている
柴倉梨乃さんのこれまでを並べると、意外なほど一直線ではありません。
5歳で書道を始める
→ 国立大学教育学部を目指す
→ 2点足りず不合格
→ 県外の書道学科へ進学
→ 半年で中退
→ 岡山へ戻る
→ 大学を再受験
→ SNSで書道を発信
→ フォロワーが増える
→ 音楽関係の仕事につながる
→ ファジアーノ岡山の筆文字を担当
→ 窓ガラスなど新しい書道表現へ
という流れです。
興味深いのは、最初に思い描いていた「書道の先生になる道」から外れたことで、結果として別の形の書道家になったことです。
本人も過去の挫折について、経験から「自分の行動次第でどうにでもなることを学んだ」と振り返っています。
もちろん、誰でも行動すれば同じ結果になるわけではありません。
それでも、進学や仕事で一度予定していた道から外れると、「もう遅い」と感じてしまうことがあります。その意味では、梨乃さんの経歴は、進路を変更することと夢を諦めることは同じではないと感じさせる歩みです。
窓ガラスに大胆な文字を書く現在の姿だけでなく、その裏側にあった大学受験、中退、再入学、SNSでの積み重ねまで知ると、作品から受ける印象も少し変わってくるのではないでしょうか。
参考リンク


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