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青山の豪邸に住む17歳・藤澤ななみ初段とは 藤沢秀行の孫、父・一就と姉・里菜につながる囲碁一家【プラチナファミリー】

文化・芸術

青山の豪邸に暮らす17歳、藤澤ななみ初段と囲碁一家の物語

『プラチナファミリー 2時間SP(品川・青山・世田谷…都内“謎の豪邸”潜入SP)(2026年8月18日)』で青山の名門一家として登場する17歳は、プロ棋士の藤澤ななみ初段です。祖父は「伝説の勝負師」と呼ばれた藤沢秀行名誉棋聖、父も姉もプロ棋士という囲碁一家。豪邸の華やかさだけでなく、3世代にわたって受け継がれる囲碁との関係や、17歳でプロになったななみさんの歩みを知ると、この一家のすごさがより見えてきます。

この記事でわかること

  • 青山の豪邸に暮らす17歳・藤澤ななみ初段の正体
  • 父・藤澤一就八段、異母姉・藤沢里菜七段との関係
  • 祖父・藤沢秀行名誉棋聖から続く囲碁一家の歴史
  • 藤澤一就八段が多くのプロ棋士を育ててきた理由

青山の豪邸に住む17歳は藤澤ななみ初段

青山の名門一家で「伝説の勝負師を祖父にもつ17歳」と紹介される人物は、関西棋院所属のプロ棋士藤澤ななみ初段です。

関西棋院も2026年8月17日、藤澤ななみ初段が翌18日の番組に出演し、「囲碁一家・藤澤ファミリー」として紹介されることを告知しています。祖父についても藤沢秀行名誉棋聖であることが明記されています。

藤澤ななみさんは2008年11月6日生まれ、東京都出身。父である藤澤一就八段の門下で、2026年1月に関西棋院へ入段しました。

一門の紹介によると、囲碁を本格的に始めたのは5歳のころです。初心者として父が主宰する教室に通い始め、そこからプロ棋士まで成長しました。

家族が囲碁界の有名棋士ばかりという環境ですが、プロになるには採用試験を突破しなければなりません。

「有名棋士の娘」から、自分自身が公式戦を戦うプロ棋士になったことが、藤澤ななみさんを見るうえで大切なポイントです。

藤澤ななみは2026年に17歳でプロ棋士入り

藤澤ななみさんは、2025年度の関西棋院女流棋士採用試験に合格し、2026年1月1日付で正棋士となりました。

入段時は17歳。関西棋院所属の藤澤ななみ初段としてプロ生活をスタートしています。

興味深いのは、父の藤澤一就八段や姉の藤沢里菜七段が日本棋院に所属しているのに対し、ななみさんは関西棋院を選んだことです。

藤澤家からプロ棋士が続いているとはいえ、まったく同じ道をたどっているわけではありません。

2026年に入ってからは本因坊戦、天元戦、碁聖戦、王座戦などの予選にも出場。7月22日の王座戦予選Bでは前田亮六段との対局で勝利しています。プロ入りしたばかりながら、すでに一般棋戦で先輩棋士と対局する日々が始まっています。

4月には大阪で関西初となる藤澤ななみ初段の囲碁イベントも開かれました。対局だけでなく、囲碁を多くの人に知ってもらう普及活動にも参加しています。

父・藤澤一就八段と異母姉・藤沢里菜七段との関係

藤澤ななみさんの父は、日本棋院所属の藤澤一就八段です。

1964年8月12日生まれで、1981年にプロ入り。1999年に八段へ昇段しました。

そして藤澤ななみさんの異母姉にあたるのが、女流囲碁界を代表する棋士の1人、藤沢里菜七段です。関西棋院の藤澤ななみさんの入段発表でも、藤澤一就八段が実父、藤沢里菜七段が異母姉であることが明記されています。

藤沢里菜七段は1998年生まれ。2010年、11歳6か月でプロ入りし、当時の女流棋士特別採用最年少記録を作りました。

2024年に七段へ昇段し、女流本因坊など数々のタイトルを獲得しています。

つまり藤澤ななみさんにとって、父はプロ棋士であり師匠。さらに姉もトップクラスで戦う現役棋士です。

日常のすぐそばにプロの世界がある環境で育ったことになります。

ただし、藤澤ななみさんが5歳で囲碁を始めた時点では初心者でした。家族の経歴だけでプロになったわけではなく、そこから10年以上をかけて棋力を磨き、採用試験を突破しています。

祖父・藤沢秀行は「伝説の勝負師」と呼ばれた名棋士

藤澤家を語るうえで欠かせない人物が、ななみさんの祖父藤沢秀行名誉棋聖です。

1925年に横浜で生まれ、1940年にプロ入り。戦後の囲碁界を代表する棋士として活躍しました。

最大の実績の1つが、棋聖戦での6連覇です。この実績によって名誉棋聖の称号を獲得しました。さらに67歳で王座を防衛し、当時の最高齢タイトル記録も残しています。

藤沢秀行は新設されたタイトル戦で初代優勝者になることが多く、「初物食い」と呼ばれた棋士でもありました。

一方で、その人生は盤上の実績だけでは語れません。

日本棋院の記事では「最後の無頼」とも表現されるほど豪快な人物として知られ、強烈な個性を持った昭和の大棋士でした。

しかし後年は若い棋士の育成にも力を入れ、自分の弟子だけでなく中国や韓国の若手棋士も指導。日本だけにとどまらず、東アジアの囲碁界から尊敬を集めました。

2020年には、その功績から囲碁殿堂入りを果たしています。

祖父・秀行から父・一就、そして孫のななみへ。

藤澤家の場合、名字だけではなく「囲碁を次の世代へ伝える」という部分まで受け継がれているのが特徴です。

藤澤家が囲碁界の名門一家と呼ばれる理由

藤澤家が特別なのは、単にプロ棋士が3世代続いているからだけではありません。

中心にいる藤沢秀行名誉棋聖は棋聖6連覇を成し遂げた囲碁界の歴史に残る棋士。

その息子・藤澤一就八段は自らプロとして戦う一方で、長年にわたり子どもたちを育ててきました。

さらに次の世代には藤沢里菜七段が誕生し、2026年には藤澤ななみ初段もプロ入りしています。

家系を整理すると、つながりがよく分かります。

  • 藤沢秀行名誉棋聖:祖父
  • 藤澤一就八段:父
  • 藤沢里菜七段:異母姉
  • 藤澤ななみ初段:2026年プロ入り

藤澤一就八段の門下からも、関航太郎九段、本木克弥九段、上野愛咲美六段、上野梨紗四段など、多くのプロ棋士が誕生しています。日本棋院のプロフィールには、藤澤ななみ初段を含め多数の門下棋士が掲載されています。

つまり藤澤家は「一家から強い棋士が出ている」だけではなく、家族の外にも多くのプロ棋士を送り出してきた一門なのです。

この点が、一般的な著名人一家とは大きく異なります。

藤澤一就が続けてきた子ども棋士の育成

藤澤一就八段のもう1つの顔が、子どもの囲碁教育を長年続けてきた指導者です。

日本棋院のプロフィールにも新宿こども囲碁教室主宰と記載されています。

この教室からは、七大タイトルを獲得した関航太郎九段や、女流囲碁界で活躍する上野愛咲美六段など、多数のプロ棋士が育っています。

日本棋院も藤澤一就八段について「名伯楽」と紹介し、新宿こども囲碁教室から多くの棋士が羽ばたいてきたことを取り上げています。

藤澤一就八段自身にも、父・藤沢秀行から受け継いだ考え方があります。

秀行は若い棋士を型にはめるのではなく、それぞれが自分で考え、自分の碁を作ることを重視した人物でした。

一就八段も子どもたちを同じ棋風へ揃えるのではなく、それぞれの個性を伸ばしながらプロへの道を支えてきました。

その教室に5歳から通っていた1人が、娘の藤澤ななみさんです。

父から娘への単純な英才教育というより、数多くの子ども棋士を育ててきた環境の中で、ななみさんも1人の生徒として囲碁を学んできたことが分かります。

藤澤ななみの現在とこれからの棋士人生

藤澤ななみ初段の棋士人生は、まだ始まったばかりです。

2026年1月にプロ入りしてから各棋戦の予選に出場し、4月には関西で初の囲碁イベントにも参加。7月には母校である青山学院で開催された囲碁体験教室にも藤澤一就八段らと参加し、子どもたちへの指導碁を行いました。

祖父は名誉棋聖、父は八段で名伯楽、姉は数多くのタイトルを獲得する藤沢里菜七段。

これだけの家族に囲まれていれば、「藤沢秀行の孫」という肩書が先に語られるのは避けられません。

しかしプロの世界では、最終的には自分自身の対局結果が評価になります。

藤澤ななみさんは17歳です。

これから棋戦を重ねる中でどんな棋風を作り、どこまで勝ち上がっていくのか。そして父・藤澤一就八段が長く取り組んできた囲碁の普及や次世代育成にも、どのように関わっていくのかが見どころになります。

青山の豪邸から見えてくるのは、華やかな暮らしだけではありません。

藤沢秀行→藤澤一就→藤澤ななみと3世代にわたってプロ棋士が続き、さらに藤沢里菜七段や大勢の門下棋士へ囲碁が広がっていった、藤澤ファミリーならではの継承の物語があります。

参考リンク

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