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会社でどん底を経験した作家・はらだみずき|群馬の山奥へ移住した理由と「みずき自然農園」の現在【ナゼそこ?で紹介】

作家・クリエイター

ベストセラー作家・はらだみずきが群馬の山奥で選んだ新しい暮らし

『ナゼそこ?(累計100万部超えベストセラー作家がなぜ山奥へ?借金3億円訳あり移住)(2026年8月20日)』で取り上げられるのが、小説家のはらだみずきさんです。会社員を経て作家となり、『海が見える家』などのヒット作を生み出した後、群馬県の山あいにある古民家へ移住。現在は小説を書くだけでなく、自ら畑を再生し「みずき自然農園」を営んでいます。作家になるまでの経歴から、作品と田舎暮らしがどのようにつながっていったのかまでたどります。

この記事でわかること

  • はらだみずきさんが小説家になるまでの経歴
  • 群馬県の山奥へ移住し古民家を選んだ理由
  • 「みずき自然農園」で続けている農業と田舎暮らし
  • 『海が見える家』『山に抱かれた家』と実生活のつながり

はらだみずきは「海が見える家」で知られるベストセラー作家

はらだみずきさんは、千葉県生まれの小説家です。法政大学経済学部を卒業後、商社や出版社で働き、2006年に『サッカーボーイズ 再会のグラウンド』で小説家としてデビューしました。

その後、「サッカーボーイズ」シリーズをはじめ数多くの作品を発表。なかでも代表作の1つとなったのが『海が見える家』シリーズです。

『海が見える家』は、仕事を辞めた青年・文哉が、亡くなった父から遺された海の見える家を訪れ、それまでとは違う人生を歩み始める物語。シリーズは支持を広げ、小学館によると累計30万部を超えています。

はらださん自身も、会社員生活を経験してから小説家になり、さらに都会を離れて山で暮らすという大きな環境の変化を経験しています。

作品に描かれる「今までの生き方から離れ、自分自身の暮らしをつくっていく」というテーマと、現在の本人の生活を重ねて知りたくなるところが、はらださんの大きな特徴です。

はらだみずきが会社員生活から小説家へ転じた経歴

はらださんは、大学卒業後すぐに作家になったわけではありません。

大学卒業後は紙卸の専門商社や出版社で会社員として働きました。紙の専門商社で経験した世界は、後に『銀座の紙ひこうき』など仕事を題材にした作品にも生かされています。

そして2006年、『サッカーボーイズ 再会のグラウンド』で小説家としてデビューしました。

会社員として働いた経験を持っていることは、はらださんの作品を知るうえでも興味深い部分です。

仕事の中で思うようにならない現実と向き合う人物や、新しい場所で人生を立て直していく人物など、「仕事」と「生き方」の間で悩む主人公が作品に登場します。

本人が経験した会社員生活そのものを小説と同一視することはできませんが、会社員、小説家、そして農業へと活動の幅を広げてきた人生を知ると、作品に繰り返し登場する「自分の人生をどう選ぶか」という題材にも、より興味が湧いてきます。

はらだみずきが群馬の山奥へ移住した理由

作家として多くの作品を発表するようになったはらださんは、2021年春、群馬県南西部の山あいで畑付きの古民家を購入しました。

本人によると、そこは親類がいる土地でも、以前から生活していた土地でもありませんでした。

さらに地元の人から「山奥」と呼ばれるほどの場所です。

それでも、自分が田舎で本当に暮らしていけるのかを実際に試してみようと考え、古民家を購入。その後、移住を決めました。

都会から便利な地方都市へ移ったという程度ではありません。

庭にはイノシシが現れ、サルが屋根に登り、畑にニホンカモシカが姿を見せることもあるという自然の中での生活です。

しかも、移住した時点ですでにベストセラーシリーズを持つ作家でした。

仕事を続けるためだけなら、あえて手のかかる古民家や荒れた畑を選ぶ必要はありません。それでも生活そのものを自分の手で組み立てる方向へ進んだところに、はらださんの現在の暮らしの特徴があります。

はらだみずきが購入した古民家と田舎暮らし

購入したのは、立派に整備された移住者向け住宅ではありませんでした。

修繕が必要な畑付きの古民家です。

家だけでなく、敷地内にあった梅畑も長期間使われていない休耕地となっていました。篠竹に覆われ、最初は梅の木が何本あるのかも分からないほどだったといいます。

普通なら「管理が大変な土地」と考えてしまいそうな状態ですが、はらださんはそこに自分で手を入れ始めました。

古民家で執筆しながら畑を整備し、農作物を育てる。さらに釣りや狩猟などにも取り組み、自給自足に近い生活へと暮らしの幅を広げています。

小説家というと、机に向かって執筆する生活を想像しがちです。

はらださんの場合は、書く仕事と畑仕事が同じ生活の中にあります。

自然を外から眺めて作品を書くのではなく、自分自身が山の暮らしの当事者になっていることが大きな違いです。

はらだみずきが始めた「みずき自然農園」

荒れていた梅畑を再生する中から生まれたのが、みずき自然農園です。

はらださんには、それまで本格的な農業経験がありませんでした。親類にも農業関係者はいなかったといいます。

それでも休耕地だった梅畑を整え、移住1年目から生産者として梅を出荷しました。

「自然農園」という名前には、山の中腹という自然に近い環境で、自然に沿った農作物づくりをしていきたいという考えが込められています。

農薬や化学肥料に頼らず、自然農や自然栽培を参考にしながら栽培に取り組んでいます。

その後は地元への出荷だけでなく、産直通販にも取り組むようになりました。

つまり、趣味として家庭菜園をしているというだけではありません。

小説家でありながら農作物を出荷する生産者でもあるという、2つの仕事を持つ生活になっています。

作家として成功した後に仕事を減らして田舎で静かに暮らすのではなく、未経験だった農業という新しい仕事を加えているところも印象的です。

「海が見える家」「山に抱かれた家」と実生活のつながり

はらださんの現在を知るうえで特に興味深いのが、実際の暮らしと小説の舞台が近づいていることです。

『海が見える家』シリーズでは、主人公の文哉が父から遺された海の見える家で暮らし、それまでとは違った生き方を見つけていきます。

その物語は後に「海」から「山」へと広がりました。

『山に抱かれた家』では、文哉が山間部で畑付きの空き家に出会い、家を購入。古い家や長年使われていなかった畑を手入れしながら、自給自足に近い暮らしに挑戦していきます。

一方、はらださん自身も群馬県南西部で畑付き古民家を購入しました。

本人は、そこが『山に抱かれた家』の舞台であり、主人公の文哉と同じように自分にとって縁もゆかりもなかった土地だと説明しています。

小説と実生活のどちらが先で、どこまでが作品に反映されているのかを単純に線引きすることはできません。

ただ、山の古民家、荒れた畑、自給自足への挑戦、自然の中で自分の暮らしをつくることという共通点があるのは確かです。

作品を読んだ人なら、はらださん自身の生活を知ることで『山に抱かれた家』の世界をもう一度読み返したくなるかもしれません。

逆に本人の田舎暮らしを知ってから作品を読むと、自然や農作業の描写に違ったリアリティーを感じられそうです。

はらだみずきが現在続ける小説・農業・山での暮らし

現在のはらださんは、小説家だけに収まらない生活を続けています。

山の古民家を生活と執筆の拠点にしながら、みずき自然農園で農作物を育て、田舎で経験した出来事についても発信しています。

そして作家としても「山に抱かれた家」シリーズを続けています。

『山に抱かれた家』では山で暮らし始めた文哉が描かれ、続編『山に抱かれた家 迷い道』、さらに『山に抱かれた家 けもの道』へと物語が広がっています。

会社員から小説家へ。

都会での生活から山の古民家へ。

さらに執筆だけでなく農業へ。

はらださんの歩みを見ると、何かを手に入れたところで人生を固定するのではなく、その時々で自分の暮らしを組み替えていることが分かります。

本人が農園紹介で掲げているのは、自分の人生を自分で面白くしていくという考え方です。

『海が見える家』から『山に抱かれた家』へと広がった作品世界と、群馬の山で続いている本人の暮らし。その2つを合わせて知ると、はらだみずきさんが山奥へ移ったことは、単なる「人気作家の田舎移住」だけでは語れない人生の新しい章だと感じられます。

参考リンク

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