森下篤史が「飲食店の救世主」と呼ばれるまで
中古厨房機器の販売店から出発し、今では物件探し、資金調達、内装、人材、集客、経営改善まで飲食店を支えるテンポスグループ。その中心にいるのが、1947年生まれ、79歳のテンポスホールディングス代表取締役社長・森下篤史さんです。
2026年9月24日放送のテレビ東京「カンブリア宮殿」では、会社員から独立し、失敗を重ねながら中古厨房機器事業を育てた森下さんの歩み、経営危機にあった「ステーキのあさくま」の再生、そして「日本一潰れた店を見てきた」という経験から生まれた飲食店支援の仕組みが取り上げられます。
この記事でわかること
- 森下篤史さんの年齢・出身・会社員時代からの経歴
- 中古厨房機器のテンポスバスターズを始めた経緯
- ステーキのあさくま再生と45品目サラダバー
- 「Dr.テンポス」「ひかるブラック企業」「100年企業」の意味
森下篤史は1947年生まれ、79歳のテンポスHD社長
公式動画:カンブリア宮殿「飲食店の救世主!79歳・名物社長が明かす“驚きの再生術”」
森下篤史さんは1947年、静岡県生まれ。静岡大学教育学部を1971年に卒業すると、東京電気株式会社、現在の東芝テックに入社しました。現在は株式会社テンポスホールディングスの代表取締役社長を務めています。
経歴を時系列で整理すると、現在のテンポスに一直線でたどり着いたわけではありません。
- 1947年:静岡県生まれ
- 1971年:静岡大学教育学部卒業
- 1971年:東京電気株式会社、現在の東芝テックへ入社
- 1983年:食器洗浄機メーカー・共同精工を設立
- その後:英会話学校、回転寿司店など複数の新規事業に挑戦
- 1997年:テンポスバスターズ1号店を埼玉県に開業
- 2002年:テンポスバスターズがJASDAQ上場
- 現在:テンポスホールディングス代表取締役社長
特徴的なのは、成功した事業だけでなく、数多くの失敗を経験していることです。
森下さんはメーカー経営のかたわら、新しい商売へ次々に手を広げました。しかし、すべてが順調だったわけではありません。テンポス自身も会社沿革で、子ども用品のリサイクル事業を始めたものの廃業したことなどを隠さず記しています。
この「失敗しても別の手を打つ」という姿勢が、その後の飲食店再生にもつながっていきます。
中古厨房機器からテンポスバスターズを全国展開
転機となったのが、中古厨房機器でした。
1997年、森下さんは埼玉県にテンポスバスターズ1号店を開業。翌1998年には中古厨房機器の再生センターを設立し、閉店した飲食店などから買い取った厨房機器を再生して、これから店を始める人へ販売する仕組みを広げていきました。
2000年には厨房機器のリサイクル事業でニュービジネス大賞最優秀賞を受賞。創業からわずか5年後の2002年にはJASDAQへ上場しています。
中古厨房機器という商売には大きな特徴があります。
商品を仕入れる相手は、機器を買い替える繁盛店だけではありません。営業をやめる店から厨房機器を買い取る機会も多くなります。
テンポスは現在、年間約1万2000件の厨房機器などの買取依頼から閉店物件の情報も得て、新しく店を開きたい人へ物件を紹介する仕組みを展開しています。閉店する側と開業する側の両方を見ることが、飲食店経営の支援へとつながりました。
「日本一潰れた店を見てきた」という森下さんの言葉は、単なるキャッチフレーズではなく、中古厨房機器事業そのものと深く結び付いています。
ステーキのあさくまを再生、現在は45品目以上のサラダバー
森下さんの経営手腕を象徴する存在が、愛知県発祥の「ステーキのあさくま」です。
あさくまは1948年創業の老舗で、1962年に愛知県日進市でステーキレストラン1号店を開業。その後、東海地方を中心に店舗を拡大しましたが、経営面では厳しい時期を迎えます。
テンポスバスターズとの関係が始まったのは2006年です。この年に資本・業務提携し、2011年にはテンポス側が株式を追加取得して子会社化しました。テンポスHDは、あさくまについて13年連続赤字から脱却し、2019年にはJASDAQ上場に至ったとしています。
現在のあさくまを象徴する仕掛けの1つが、充実したサラダバーです。
2023年には従来30品だったサラダバーを45品へ拡大。現在は対象店舗で45品目以上を掲げ、野菜だけでなく惣菜、フルーツ、スイーツ、カレー、ライス、コーンスープ、ワッフル、ソフトクリームなどをそろえています。
単にステーキやハンバーグを食べる店ではなく、「食事そのものを楽しむ場所」に変えていく工夫です。
なお、45品目への拡大は2023年から確認できる取り組みです。2006年から始まった経営再建の初期施策と同じ時期のものではなく、あさくまが現在まで続けてきた改革の1つとして捉えるのが正確です。
「日本一潰れた店を見てきた」経験をDr.テンポスへ
森下さんが中古厨房機器の次に目指したのは、厨房機器を売るだけの会社からの脱却でした。
テンポスでは現在、飲食店開業に必要なサービスとして、厨房機器だけでなく次のような分野を扱っています。
- 店舗物件探し
- 資金調達・融資
- 内装工事
- 店内レイアウト
- 厨房設備
- POSレジやテーブルオーダー
- 人材紹介・派遣
- 販売促進
- 経営コンサルティング
こうした総合支援を「Dr.テンポス」と呼んでいます。
テンポスが掲げている目標は、「飲食店の5年後の生存率45%を90%にする」こと。新規開業だけで年間約2万件を支援してきたノウハウを使い、店を作るところから、その後も長く営業を続けられるところまで支える構想です。
中古厨房機器を買うために来店した客へ、物件、資金、内装、人材、集客まで提案する。
逆に閉店する店からは厨房機器だけでなく物件情報も得て、次に開業する人へつなぐ。
「潰れた店を数多く見た会社」だからこそ、開業時に何を準備し、営業開始後に何が必要になるのかを事業化してきたわけです。
「ひかるブラック企業」は厳しく育てて還元するという独自の経営観
森下さんが掲げる独特な言葉が「ひかるブラック企業」です。
名前だけを見ると誤解されやすい言葉ですが、テンポスが公式に説明している内容は、違法な長時間労働などを肯定するという意味ではありません。
森下さんは、社員に負荷をかけず失敗もさせない会社では、長く働いても専門能力が身につかないと考えています。そのためテンポスでは、研修や新しい仕事への挑戦を積極的に求め、「厳しいが、やさしい」会社を目指すという考え方を「ひかるブラック企業」と表現しています。
会社側は、社員の知識や能力を高め、それによって利益が増えれば従業員へ還元するという考え方も示しています。
かなり個性的な言葉ですが、森下さんの経営には一貫して「楽に現状維持するより、失敗しながら新しいことを続ける」という考えがあります。
自分自身が複数の事業で失敗し、その後に中古厨房機器という市場を見つけた経験が、人材育成の考え方にも重なっています。
79歳で目指す「不老不死の百年企業」
79歳になった森下さんが次に考えているのは、自分がいなくなった後も成長できる会社です。
テンポスは「100年企業として成長分野に投資する」ことを経営方針として掲げています。森下さん自身も、100年企業を目指すとは「事業を次の世代へ引き継ぐこと」だと説明し、幹部育成や事業承継を進めています。
会社の規模も、中古厨房機器販売だけだった時代から大きく変わりました。
現在のテンポスHDは、厨房機器、内装、金融、人材、経営支援、飲食店運営などをグループで展開。2027年4月期の連結売上高予想は650億円で、連結従業員数はパートを含め5297人です。
森下さんが掲げる「不老不死の百年企業」とは、創業者個人の力に依存する会社ではなく、新しい経営者や新規事業が生まれ続ける組織を残すという構想です。9月24日の「カンブリア宮殿」でも、この未来像が大きなテーマになります。
カンブリア宮殿の放送日時
今回の放送情報は次の通りです。
- 番組名:日経スペシャル カンブリア宮殿
- 放送局:テレビ東京系列
- 放送日:2026年9月24日(木)
- 放送時間:23時21分~翌0時10分
- ゲスト:テンポスホールディングス社長・森下篤史
- テーマ:「飲食店の救世主」森下篤史の再生術
通常より15分遅い放送開始となっています。
まとめ
森下篤史さんは、大企業で会社員を経験した後に独立し、いくつもの事業で失敗を重ねながら、1997年に中古厨房機器のテンポスバスターズを創業しました。
その後、中古厨房機器の売買を通じて数多くの飲食店の開業と閉店を見てきた経験を、経営支援という新しい事業へ発展させています。
ステーキのあさくまと2006年に資本・業務提携し、2011年に子会社化。赤字経営からの脱却を進め、現在では45品目以上のサラダバーなど、食事以外の楽しさまで含めた店づくりを続けています。
そして79歳になった現在も、「Dr.テンポス」で飲食店の生存率を高めること、「ひかるブラック企業」で人を育てること、創業者がいなくても成長を続ける100年企業をつくることを掲げています。
「日本一潰れた店を見てきた」という経験を、潰れない店を増やす事業へ変えたところに、森下篤史さんとテンポスHDの最大の特徴があります。
参考リンク
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