大坪善久がシンプルなマリナーラで世界一になった理由
2026年10月4日放送の「一茂×かまいたち ゲンバ」では、「シンプルだからこそ奥深く難しいピザで大会史上初の世界一」に輝いたナポリピザの現場が取り上げられます。番組が掲げるこの実績と一致するのが、東京・日本橋の「PIZZERIA IL TAMBURELLO(ピッツェリア イル・タンブレッロ)」を営むピッツァ職人・大坪善久さんです。
大坪さんは2025年、ナポリで開催された「ナポリピッツァ職人世界選手権 カプート杯」のSTG部門で優勝。日本人として15年ぶりの頂点であり、しかも具材の少ない伝統的な「マリナーラ」で同部門を制したのは大会史上初という快挙でした。
この記事でわかること
- 大坪善久さんが世界一になったマリナーラ
- PIZZERIA IL TAMBURELLOの場所と予約方法
- 22歳のナポリ旅行から職人になった経緯
- 27歳で渡伊し2010年に独立するまでの歩み
大坪善久は2025年カプート杯STG部門の世界王者
公式動画:大坪善久シェフが世界一のマリナーラを焼く動画・株式会社ツジ・キカイ公式
大坪善久さんが世界一となったのは、2025年にイタリア・ナポリで行われたナポリピッツァ職人世界選手権「カプート杯」のSTG部門です。
STG部門で作ることが認められているのは、伝統的な「マルゲリータ」と「マリナーラ」。生地の作り方から材料、焼成までナポリピッツァの伝統に基づく技術が問われます。
大坪さんが選んだのはマリナーラでした。
マリナーラは基本的にトマト、ニンニク、オレガノなどで構成され、チーズを使いません。具材がシンプルだからこそ、生地の状態、発酵、伸ばし方、トマトとのバランス、薪窯での焼き方といった職人の技術が、そのまま味へ表れます。
そのマリナーラで大坪さんは1位を獲得。STG部門で日本人が優勝したのは2010年の牧島昭成さん以来15年ぶりでした。さらにマリナーラを選んでの優勝は同部門初となりました。
イル・タンブレッロは小伝馬町駅徒歩3分、ディナーなどは予約可能
大坪さんのピッツァを食べられるのが、東京都中央区日本橋堀留町の「PIZZERIA IL TAMBURELLO」です。
店は2010年8月4日に大坪さんが独立して開業しました。小伝馬町駅から徒歩約3分、人形町駅からも徒歩約5分の場所にあります。
現在確認できる店舗情報は次の通りです。
- 店名:PIZZERIA IL TAMBURELLO
- 住所:東京都中央区日本橋堀留町1-2-9 DIG DUG 1F
- アクセス:東京メトロ日比谷線・小伝馬町駅から徒歩約3分
- 火曜:17:00~22:00
- 水・木・金・土・祝日:11:30~14:00、17:00~22:00
- 定休日:月曜・日曜
- 予約:ディナー、土曜・祝日のランチは予約受付
- 電話:03-6661-6628
営業時間や予約方法は変更される場合があるため、来店前に店舗の最新案内を確認するのが確実です。
大坪さんが世界大会で焼いたマリナーラと同じ、ナポリの伝統を軸にしたピッツァを東京で味わえることが、放送後の大きな注目点になりそうです。
22歳のナポリ旅行で人生を変えるピッツァに出会った
大坪善久さんは1972年、福島県会津若松市生まれです。
ピッツァ職人への道が始まったのは、22歳のころ。イタリアを訪れ、ナポリの食文化に触れたことが大きなきっかけとなりました。
その後、27歳で本格的にナポリへ渡ります。
現在の大坪さんを見ると、若いころから一直線にピッツァ職人を目指していたように感じますが、実際には20代になってから自分の進む道を定めています。
ナポリを中心としたイタリアでの旅と生活は延べ約4年。そのうち「ラ・スパゲッタータ」「ピッツェ・ヱ・ピッツェ」などで約2年4カ月、現地のピッツァ作りを学びました。
単にレシピを覚えるのではなく、ナポリの街でピッツァがどのように日常へ溶け込んでいるのかを経験したことが、その後の店づくりにもつながっていきます。
帰国後に名店を渡り歩き、2010年に独立
イタリアから帰国した大坪さんは、すぐに自分の店を開いたわけではありません。
愛宕の「サルヴァトーレ・クオモXEX」で働いた後、グラナダに入社し、複数のピッツェリアを率いました。さらに中目黒「ダ・オルト」などを経て経験を積み、2010年8月、東京・日本橋に「PIZZERIA IL TAMBURELLO」を開業します。
大坪さんの経歴を簡潔に整理すると、
- 1972年:福島県会津若松市生まれ
- 22歳:ナポリを訪れ、ナポリピッツァと出会う
- 27歳:イタリアへ渡り、本格的に修業
- 帰国後:国内の複数のピッツェリアで経験を積む
- 2010年8月4日:PIZZERIA IL TAMBURELLOを独立開業
- 2025年:カプート杯STG部門優勝
- 現在:日本ナポリピッツァ職人協会副会長
という歩みになります。日本ナポリピッツァ職人協会でも、大坪さんは副会長として登録されています。
世界大会への出場を決めたのは開催直前だった
大坪さんの世界一には、もう一つ印象的な背景があります。
2025年のカプート杯は、何年も前から優勝だけを目標に準備してきた大会ではありませんでした。
大会開催の10日ほど前まで、大坪さん自身は出場を決めていなかったといいます。
背中を押した1人が、2010年に同じSTG部門を制した牧島昭成さんでした。当初、大坪さんは師匠アドルフォ・マルレッタさんの表彰に立ち会うためナポリへ向かう予定でしたが、そこから世界大会への挑戦につながりました。
すでに日本で自分の店を15年近く続け、多くの経験を積んでいた時期です。
それでも大坪さんには、ナポリの世界で自分の技術がどこまで認められるのかという思いが残っていました。
そして選んだのが、マルゲリータ以上にごまかしの利かないマリナーラでした。
26年以上磨いた「生地」がマリナーラの勝負を決めた
マリナーラにはモッツァレラチーズがありません。
だからこそ、中心になるのは生地そのものです。
大坪さんは、粉、水、酵母というシンプルな構成を基本に生地を作り、長時間発酵させています。ナポリピッツァは高温の窯で短時間に焼き上げるため、発酵状態と窯の扱いが食感や香りを大きく左右します。
世界大会当日の朝にも、大坪さんは発酵させた生地を試し焼きし、師匠に食べてもらっています。
長くピッツァを焼き続けてきた職人が、最も材料の少ないピッツァで世界大会へ挑み、その技術が認められたところに、この優勝の面白さがあります。
福島への思いから職人を育てる仕事にも取り組む
大坪さんの活動は、自分の店でピッツァを焼くことだけではありません。
出身地である福島県では、スーパー「マルト」と協力し、地元食材を使ったナポリピッツァの商品づくりにも携わりました。
大坪さんが重視したのは、完成したレシピだけを渡す方法ではありません。
実際にピッツァを焼くスタッフが自分で考え、状況に対応できる職人になることまで含めて技術を伝えました。
2011年の東日本大震災当時は、自身の店を開業して間もない時期でした。
そのとき地元のために十分なことができなかったという思いが残り、後に自分の技術や経験を福島へ還元する取り組みにつながっています。
世界一という実績だけでなく、ナポリで身につけた文化と技術を次の職人へ渡していることも、現在の大坪さんを知る重要な部分です。
PIZZERIA IL TAMBURELLOの実用情報
「世界一のマリナーラを食べてみたい」という人にとっては、大坪さんの経歴以上に店舗情報が気になるところです。
- 店名:PIZZERIA IL TAMBURELLO
- 読み:ピッツェリア イル・タンブレッロ
- 所在地:東京都中央区日本橋堀留町1-2-9 DIG DUG 1F
- 小伝馬町駅:徒歩約3分
- 人形町駅:徒歩約5分
- 火曜:ディナー営業
- 水~土・祝日:ランチ・ディナー営業
- 定休日:月曜・日曜
- 予約:ディナー、土曜・祝日のランチは予約可能
- テイクアウト:対応
- 開業:2010年8月4日
平日の水・木・金曜ランチはランチメニューでの営業、土曜・祝日のランチはアラカルトで案内されています。
まとめ
大坪善久さんは、1972年に福島県会津若松市で生まれ、20代でナポリピッツァと出会ったことから人生を大きく変えた職人です。
27歳でイタリアへ渡ってナポリの現場で経験を積み、帰国後も複数の店で腕を磨き、2010年に東京・日本橋で「PIZZERIA IL TAMBURELLO」を開業しました。
そして2025年、ナポリピッツァ職人世界選手権カプート杯のSTG部門で、日本人として15年ぶりに優勝。
選んだのは、トマト、ニンニク、オレガノなどのシンプルな材料で職人の技術が露わになるマリナーラでした。マリナーラでの同部門優勝は大会史上初です。
22歳でナポリのピッツァに出会った青年が、約30年後、その本場で世界一になる。
「一茂×かまいたち ゲンバ」で注目される一枚のピッツァの裏には、大坪さんが長い時間をかけて磨いてきた生地、窯、そしてナポリへの思いがあります。
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