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長屋太陽は3歳5か月で全国大会出場!小学1年で初勝利した卓球少年と父母・Kスタジオ【ドデスカ+で密着】

アスリート

3歳で全国大会に立った長屋太陽が小学1年でつかんだ大きな成長

3歳5か月で卓球の全国大会に出場し、その小さな体で懸命にラケットを振る姿が知られるようになった長屋太陽(ながや・たいよう)くん。『ドデスカ+(岐阜の小1卓球少年、両親と挑む全国大会に密着!)(2026年8月31日)』では、小学1年生になった太陽くんが再び全国の舞台に挑みます。3歳から続いてきた挑戦、全国大会での初勝利、両親との卓球一家、Kスタジオで育まれた環境までたどると、「かわいい卓球少年」だけではない現在の姿が見えてきます。

この記事でわかること

  • 3歳5か月で全農杯に出場した当時の記録
  • 小学1年で初めて決勝トーナメントを勝ち上がった2026年の成績
  • 父・長屋洸佑さん、母・長屋みなみさんとKスタジオの関係
  • 四国合宿や「はやぶさ」サーブを経て成長した現在

3歳5か月で全農杯に出場した全国最年少記録

卓球】3歳と5ヶ月で全国の舞台に立つ!大会最年少選手・長屋太陽(Kスタジオ/岐阜)|全農杯2023 バンビ男子|テレ東卓球NEWS:テレ東

(出典:テレビ東京卓球NEWS)

長屋太陽くんが一躍知られるきっかけになったのは、2023年の全農杯 全日本卓球選手権大会(ホープス・カブ・バンビの部)でした。

当時はまだ3歳5か月。小学2年生以下が出場する「バンビ男子」の選手として全国大会の舞台に立ち、大会最年少選手として紹介されました。2020年生まれで、卓球歴もまだ約1年という時期です。

全農杯のバンビの部は、単なる幼児向けイベントではありません。小学2年生以下を対象とした全日本選手権で、第1ステージのリーグ戦を勝ち上がった選手が決勝トーナメントへ進む、本格的な全国大会です。3歳児にとっては、体格も経験も大きく上回る相手との対戦になります。

実は、最初から「3歳で全国大会に行かせよう」と両親が計画していたわけではありません。

父の長屋洸佑さんは、大きな体育館で試合をするときに泣かないよう、会場の雰囲気を経験させたいという思いから大会に申し込みました。ところが岐阜県予選のバンビ男子への申し込み人数が少なく、全国大会への出場権を得ることになったのです。

偶然に近い形で始まった全国への挑戦でしたが、ここから太陽くんの卓球人生が大きく動き始めます。

2023年当時の映像は大きな反響を呼び、テレ東卓球チャンネルのショート動画は2200万回を超える再生を記録しています。小さな選手が卓球台に向かう姿だけでなく、「この子が数年後どう成長するのか」という物語が残ったことも、太陽くんが継続して注目される理由です。

小学1年で予選リーグ突破から決勝トーナメント初勝利

3歳のころとの最大の違いは、2026年には「全国大会に出た」だけでなく、自分の勝利で決勝トーナメントへ進んだことです。

小学1年生となった太陽くんは、Kスタジオ所属で2026年全農杯のバンビ男子に出場。

第1ステージ41グループで、

  • 姜本明浩選手に2-0
  • 中山煌太選手に2-1

と2戦2勝。グループ1位となり、初めて決勝トーナメント進出を決めました。

特に中山煌太選手との試合は、11-8で第1ゲームを取ったあと、第2ゲームを10-12で落とします。それでも最終ゲームを13-11で取り切りました。

小学生低学年の大会とはいえ、接戦で崩れず勝ち切った結果は大きな成長を感じさせます。

さらに決勝トーナメント1回戦では、青森のまべち新風ジュニアに所属する石井良昌選手と対戦しました。

試合はフルゲームにもつれ込みます。

第1ゲームを13-11で先取したものの、第2、第3ゲームを落とします。そこから11-6、11-9と連取し、3-2で逆転勝利。全国大会の決勝トーナメントで初勝利を挙げました。

決勝トーナメント2回戦では、礼武道場の須保咲哉選手に0-3で敗れました。それでも、2023年に3歳5か月で全国大会に立った少年が、3年後には予選を自力で突破し、全国トーナメントでも1勝するところまで進んだことになります。

2025年大会では5歳で予選リーグ1勝を挙げながら決勝トーナメントには届きませんでした。

そこから1年で、

全国大会出場
→予選で勝利
→予選1位突破
→決勝トーナメント初勝利

へ進んだことが、成長を最も分かりやすく示しています。

必殺サーブ「はやぶさ」とバックハンドの成長

太陽くんの現在の卓球で鍵になっているのが、必殺サーブ「はやぶさ」と、練習を重ねてきたバックハンドです。

3歳のころは、一般用の卓球台に対して体がまだ非常に小さく、まずボールを追い、ラケットに当て、試合そのものを経験する段階でした。

それから3年。小学1年生となった現在は、単にラリーを続けるだけでなく、自分から得点するための技術を身につける段階へ入っています。

「はやぶさ」という名前を持つサーブとバックハンド、そして試合中に集中力を維持することが、全国大会で年上の選手と戦う武器になっています。

技術面で注目したいのは、体が大きくなるのを待っているだけではないところです。

前年に太陽くんを指導した卓球クラブからも、2026年大会でのプレーについてフォアハンドとバックハンドの上達ぶりが伝えられています。

全農杯バンビ男子では小学2年生まで同じカテゴリーで戦うため、小学1年生の太陽くんにとって1歳上の選手との体格差は小さくありません。

それでも予選を2勝0敗で通過し、決勝トーナメントではフルゲームを逆転していることからも、かつての「小さな子が全国大会に出た」という話題から、試合内容そのものを見たくなる選手へ変わりつつあります。

父・洸佑と母・みなみが支える卓球一家

太陽くんの成長を語るうえで欠かせないのが、父の長屋洸佑さんと母の長屋みなみさんです。

2人とも卓球経験者で、現在はKスタジオで指導にあたっています。

父・洸佑さんは小学1年生から卓球を始め、東山高校へ進学。その後、岐阜聖徳学園高校へ編入し、岐阜聖徳学園短期大学の幼児教育学科を卒業しました。

競技では大阪国際招待卓球選手権大会優勝、中部日本卓球選手権カデットの部優勝、全日本卓球選手権県予選ジュニアの部優勝などの実績があります。

一方、母・みなみさんは県立岐阜商業高校卓球部出身。

父と兄の影響で小学3年生から卓球を始め、高校ではインターハイ学校対抗ベスト8を経験しています。地元中学校で2年間卓球指導に携わったあと、結婚・出産を経て卓球場の運営に加わりました。

つまり太陽くんは、

父が指導者
母も指導者
自宅近くに家族が運営する卓球場がある

という環境で育っていることになります。

2026年全農杯で決勝トーナメント初勝利を挙げた際にも、父・洸佑さん、母・みなみさんと一緒に喜ぶ姿が伝えられました。

幼いころから競技を続けられる理由を考えると、技術指導だけではなく、卓球そのものが家族の日常にあることも大きいのでしょう。

Kスタジオ卓球教室を作った父の経歴と指導環境

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(出典:Kスタジオ卓球教室・Rallys掲載写真)

太陽くんが所属するKスタジオ卓球教室は、岐阜県羽島郡岐南町にある卓球専門クラブです。

2021年10月2日にオープンし、現在は株式会社Kスタジオとして運営されています。2025年2月には法人化され、代表も長屋みなみさんから長屋洸佑さんへ変更されました。

父・洸佑さん自身にも、教室を作るまでの転機があります。

高校時代、卓球留学で京都へ進んだもののケガを経験し、岐阜へ戻りました。その経験から「卓球場を立ち上げて、もう一花咲かせたい」と考えるようになります。

短大卒業後には、幼児体育講師として保育園や幼稚園で幼児から小学生まで体育を指導。その経験も現在の子どもたちへの指導につながっています。

27歳でKスタジオを開業すると、子どもから大人まで利用するクラブへ成長。約100名が在籍する規模となり、定員を設けながらスタッフ全員で生徒を見る方針を取っています。

教室が掲げる特徴の1つが、トップ選手だけに集中するのではなく、幅広いレベルの選手を伸ばすことです。

初心者から全国大会を目指す子まで受け入れ、卓球だけでなく身体能力向上を目的としたトレーニングも取り入れています。幼児教育や体育指導を学んだ洸佑さんの経歴が、一般的な卓球教室とは少し違う部分です。

Kスタジオの基本情報は次の通りです。

  • 所在地:岐阜県羽島郡岐南町平島1丁目98番地
  • 卓球台:4台
  • 卓球マシン:1台
  • 駐車場:9台分
  • 対象:子どもから大人まで
  • 運営:株式会社Kスタジオ

さらにKスタジオは家族3世帯で運営する卓球場でもあります。

太陽くんにとっては、父母から競技を教えてもらう場所であると同時に、さまざまな年代やレベルの選手が練習する環境が日常の中にあることになります。

3歳から全国大会へ出場していることだけを見ると特別な英才教育に見えますが、Kスタジオが大切にしているのは、勝つ選手だけを育てることではなく「卓球を楽しみながら上達する環境」です。

親元を離れて挑んだ四国での卓球合宿

全国大会への挑戦だけでなく、太陽くんはこの3年間に親元を離れ、四国の卓球スクールで合宿する経験も積んできました。

幼い子どもにとって、これは技術練習以上に大きな経験です。

普段は両親とも卓球コーチであり、家族が運営するKスタジオで練習できる環境にいます。

その環境を離れて別の指導者や選手の中へ入ることで、いつもの練習とは違う刺激を受けることになります。

3歳で全国大会へ出場したころは、まず大きな体育館や試合環境に慣れるところから始まりました。

そこから、

全国大会を経験する
→継続して練習する
→家族以外の指導も受ける
→親元を離れて合宿する
→小学1年で全国予選を自力突破する

という段階を踏んできました。

四国合宿は、太陽くんの成長を「卓球技術」だけでなく、自分で競技に向き合う力という面から見るうえでも大きな出来事です。

「かわいい卓球少年」から勝てる選手へ進む現在

2023年の太陽くんを知っている人にとって、最も大きく変わったのは見られる理由かもしれません。

3歳5か月のころは、小さな体で大きな卓球台に向かう姿が大きな話題になりました。

「かわいい」「こんな小さな子が全国大会に出ている」という驚きが中心でした。

しかし小学1年生となった2026年は違います。

予選リーグを2戦全勝で1位突破。

そして決勝トーナメント1回戦では2ゲームを先に奪われながら、最終ゲームまで戦って3-2で逆転勝利しました。

2025年には届かなかった決勝トーナメントへ進み、さらに1勝。

数字としてもはっきり成長しています。

もちろん、小学1年生の段階で将来の進路や競技成績を決めつけることはできません。

ただ、3歳史上最年少出場という話題だけで終わらず、3年間競技を続け、実際に全国大会で勝てるところまで成長したことには大きな意味があります。

父・洸佑さんも、高校時代のケガによる挫折を経験しながら指導者へ進み、母・みなみさんも競技経験を経て卓球場の運営に関わっています。

その2人が作ったKスタジオという環境の中で育った太陽くんが、これからどのような選手になっていくのか。

「史上最年少で全国大会に出た3歳児」から、自分のプレーと結果で名前を覚えられる卓球選手へ進み始めたことが、現在の長屋太陽くんを見るうえで一番大きな変化です。

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