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金澤利翼は90歳で現役ボディビルダー!50歳復帰と亡き妻への思い・130歳への挑戦【TSSライク!で紹介】

アスリート

90歳で全国大会のステージへ立ち続ける金澤利翼の生き方

90歳を迎えても現役のボディビルダーとして鍛え続ける金澤利翼(かなざわ・としすけ)さん。『TSSライク!(90歳ボディビルダー・あくなき挑戦)(2026年8月31日)』では、長い競技人生の大きな節目となる挑戦が取り上げられます。競泳選手からボディビルへ進み、日本王者、一時引退、50歳での復帰を経て、90歳の誕生日翌日に全国大会へ。亡き妻への思い、広島で続けてきた指導、130歳という目標まで、その歩みには年齢だけでは語れない物語があります。

この記事でわかること

  • 金澤利翼さんが90歳まで現役を続けてきた競技人生
  • 競泳からボディビルへ転向し、日本一になった経緯
  • 50歳で競技へ復帰した理由と亡き妻への思い
  • 広島トレーニングセンター、食事、130歳という現在の目標

90歳で現役を続けるボディビル人生

スポーツ】85歳のボディビルダーが日本選手権出場へ「全国のおじいさん、おばあさんの模範になる」/オピニオンD/デイリースポーツ online

(出典:デイリースポーツ online)

金澤利翼さんは1936年8月29日生まれ。2026年8月29日に90歳の誕生日を迎えました。

驚くのは年齢そのものではありません。

90歳になった現在も「昔はボディビルダーだった」という立場ではなく、全国大会へエントリーする現役選手であることです。

日本ボディビル・フィットネス連盟が公表している2026年の第38回日本マスターズ選手権大会の出場選手名簿には、男子ボディビル85歳以上級の選手として、

金澤利翼 90歳 広島県 広島トレーニングセンター

と記載されています。

しかも大会は2026年8月30日。90歳になった翌日です。開催場所も地元・広島市の広島国際会議場で、自身の大きな節目を地元の全国大会で迎えることになります。

これは「90歳でも筋トレをしている」という話とはかなり違います。

競技用の体を作り、ステージへ立つには、日常的な筋力トレーニングだけでなく、コンディション調整やポージングなども必要です。

金澤さんは20歳でボディビルを始めてから約70年。その間には日本一、世界大会、一時引退、50歳での復帰という大きな変化がありました。

人生のほとんどをボディビルとともに歩んできた人物です。

競泳選手から20歳でボディビルへ進んだ転機

金澤さんが最初からボディビルダーを目指していたわけではありません。

若いころに打ち込んでいたのは競泳でした。

1500mの選手として水泳に取り組み、体を強くするための補強運動として始めたのが筋力トレーニングでした。

そこで身体が変わっていく面白さに引き込まれ、20歳で本格的にボディビルの世界へ進みます。

今のように全国各地に設備の整ったフィットネスクラブがある時代ではありません。

若き日の金澤さんは海外のトレーニング情報を学び、米海兵隊岩国航空基地に通って当時の新しいトレーニング方法や器具にも触れていました。

日本で簡単に情報を得られなかった時代に、外国の資料を読みながら自分で身体作りを研究していったのです。

その努力は競技成績につながります。

1960年と1963年に日本ボディビル選手権優勝。

さらに1967年、1969年には世界ボディビル選手権で4位に入りました。

90歳の姿だけを見ると「高齢になってから健康のために筋トレを始めた人」のようにも見えますが、実際は違います。

若いころにすでに日本の頂点に立ち、世界を相手に戦っていた日本ボディビル界の長い歴史を知る競技者なのです。

日本王者から引退を経て50歳で現役復帰

世界大会でも結果を残した金澤さんは、その後いったん競技生活から離れます。

そこで終わっていれば、「かつての名選手」という経歴になっていたでしょう。

しかし金澤さんの人生で大きな転機になったのが50歳での現役復帰でした。

きっかけの1つは、長く競技から離れた自分の体を鏡で見たことでした。

全盛期に鍛え上げていた筋肉は衰えていました。

そこで再びトレーニングを始めます。

ただし、若いころに日本一になった経験があるからといって、すぐ以前の体へ戻ったわけではありません。

復帰後、マスターズの頂点へ到達するまでには約7年かかりました。

ここから金澤さんの競技人生の「第2章」が始まります。

公式プロフィールには、日本マスターズ選手権で1994年、1997年、1998年、2005年、2011年以降など、多数の優勝実績が並びます。

2024年には85歳以上級を制し、最高齢日本チャンピオンとして競技を続けていました。

さらに80歳を過ぎてからも世界マスターズへ出場。

2016年、80歳のときには世界マスターズボディビル選手権65歳以上の部で6位に入りました。

つまり50歳での復帰は、一時的な挑戦ではありません。

そこからさらに40年近く競技者として続けてきたことになります。

90歳の誕生日翌日に挑む2026年全国大会

2026年の挑戦には、金澤さんの競技人生の中でも特別な意味があります。

第38回日本マスターズ選手権大会は、2026年8月30日に広島国際会議場で開催。

金澤さんは85歳以上級にエントリーしています。

出場者名簿では、

  • 金澤利翼さん 90歳
  • 荒川正雄さん 89歳
  • 平野芳雄さん 87歳
  • 森山年章さん 86歳
  • 斉藤忠男さん 86歳
  • 笠原孝昭さん 85歳
  • 杉尾忠さん 85歳

という7人が85歳以上級に名を連ねています。

その中でも金澤さんは最年長です。

そして何より象徴的なのが日付です。

8月29日 90歳の誕生日
8月30日 日本マスターズ選手権
8月31日 90歳での挑戦がテレビ特集

と続きます。

金澤さんは以前から「90歳まで現役」を1つの大きな目標として語ってきました。

それが単なる遠い目標ではなく、実際に90歳の誕生日翌日の全国大会へ出場するところまでつながったことになります。

長年掲げてきた目標が現実になる、競技人生の大きな節目です。

亡き妻への思いと競技を続ける理由

金澤さんが競技を続ける理由には、「自分が勝ちたい」という気持ちだけではないものがあります。

長く支えてくれた妻・和子さんの存在です。

金澤さんは妻を亡くしてから1人暮らしを続けています。

結婚生活では、ボディビルへ情熱を注ぐ金澤さんを妻が支えてくれました。

2024年のテレビ取材では、大会で1位になって表彰されるとき、天国にいる妻が喜んでくれているだろうかと考えること、そして妻を喜ばせたいことが競技を続ける力になっていると語っています。

若いころには「日本一になりたい」「世界で勝ちたい」という競技者としての目標がありました。

高齢になった現在は、そこに別の意味が加わっています。

自分が挑戦を続けることで、高齢者にも「好きなことを諦めず努力できる」と示したいという思いです。

90歳でステージへ立つ意味は、順位だけでは測れません。

一度競技を離れた人が50歳から復帰し、亡き妻への感謝を胸に90歳まで続ける。

その背景まで知ると、「90歳の筋肉」という驚きだけではない金澤さんの人物像が見えてきます。

広島トレーニングセンターと半世紀を超える指導歴

施設紹介 – 広島トレーニングセンター

(出典:施設紹介 – 広島トレーニングセンター)

金澤さんのもう1つの大きな功績が、広島トレーニングセンターです。

競技で結果を残した後、広島県で早くからトレーニング環境づくりに取り組み、後進の育成に力を注いできました。

広島トレーニングセンターでは現在、金澤さんが会長を務めています。

所在地は広島市中区舟入本町18-24。広島県ボディビル・フィットネス連盟にも加盟し、金澤さんは公認指導員として登録されています。

競技者として表舞台に立つ一方、長年にわたり有名選手や後進を指導してきました。

広島県のボディビル競技団体でも長く中心的な役割を担い、現在は相談役として若い世代へ運営を引き継いでいます。

広島県の連盟では、金澤さん自身が54年間にわたり連盟の発展に携わってきたことを振り返っています。

自分自身が大会で勝つだけでなく、

競技する
↓
指導する
↓
ジムを育てる
↓
地域の競技団体を支える
↓
90歳でも自らステージに立つ

という形でボディビルに関わり続けてきました。

広島で金澤さんが「レジェンド」と呼ばれる理由は、年齢だけではなく、この長い積み重ねにあります。

なお、現在の広島トレーニングセンターの代表は金澤武津生さんで、健康運動指導士やパーソナルトレーナー、日本ボディビル・フィットネス連盟公認指導員などの資格を持っています。

金澤利翼さんが築いてきた場所が、次の世代へ受け継がれていることも見逃せません。

130歳を目標に続ける食事とトレーニング

金澤さんの話で筋肉と同じくらい気になるのが、普段何を食べ、どのように鍛えているのかです。

長年基本としてきた食事はかなり特徴的です。

50歳ごろから玄米、納豆、みそ汁を中心とした食生活を続け、たんぱく質補給にはプロテインも利用してきました。

2026年の生活では、朝にプロテインを飲み、食事に玄米、納豆入りのみそ汁、卵、ブロッコリーなどを取り入れている様子も紹介されています。

トレーニングにも年齢に合わせた変化があります。

若いころのように高重量をひたすら扱うのではなく、鍛える部位を分け、狙った筋肉へしっかり刺激を入れることを重視しています。

高齢になると回復に時間が必要になるため、「若いころと同じ方法を続ける」のではなく、身体の変化に合わせながらやり方を調整してきました。

そして金澤さんが掲げている、もう1つの強烈な数字があります。

130歳まで生きる。

単に長生きするだけではありません。

トレーニングと食生活を続けながら、自分がどこまで元気に生きられるのか挑戦したいという目標です。

ただし、金澤さん独自の食生活をそのまま一般の人がまねすれば同じ健康状態になる、という意味ではありません。

特に高齢期は低栄養や筋肉量低下を防ぐため、十分なエネルギーとたんぱく質を含むバランスのよい食事が重要とされています。食事内容は体格、運動量、持病、服薬などでも変わるため、極端に食品を制限する方法を自己判断で取り入れるのではなく、自分の状態に合わせることが大切です。

金澤さんから参考にしやすいのは、特定の食材そのものよりも、

自分の身体を観察すること
年齢に合わせて運動方法を変えること
生活を長期間継続すること
いくつになっても目標を持つこと

なのかもしれません。

20歳で始めたボディビルから70年。

日本王者、世界大会、一時引退、50歳での復帰、妻との別れ、後進の指導を経て、ついに90歳で迎える全国大会。

金澤利翼さんにとって「90歳まで現役」はゴールというより、130歳を見据えた次の挑戦への節目になっています。

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