浦野亮太は1718市町村を巡り、地域の魅力を伝える人
日本にある市町村を、すべて自分の足で訪ねた人がいます。浦野亮太さんは12年をかけて全1718市町村を巡り、その経験を地域発信へつなげてきました。『マツコの知らない世界(ご飯もビールもすすむ!ローカル餃子1時間SP)(2026年9月1日)』ではローカル餃子の世界を紹介しますが、気になるのは「なぜそこまで全国を巡ったのか」という歩みです。大学時代の原点から全市町村達成、編集・デザインの仕事、出版や現在の活動まで見ていきます。
この記事でわかること
- 浦野亮太さんが12年かけて全1718市町村を巡った経緯
- 全国を巡り始めるきっかけになった大学時代の経験
- 新聞社・IT企業で培った編集やデザインの仕事
- ローカル餃子、出版、講演へつながった現在の活動
浦野亮太は日本の全1718市町村を12年かけて訪れた「1718」代表
浦野亮太さんは、日本の全1718市町村を12年かけて訪れた「1718」代表です。1994年生まれ、兵庫県出身。単に47都道府県を回ったのではなく、市だけでなく町や村まで含めたすべての市町村を訪れています。
活動の根底にあるのは、有名観光地だけを巡れば日本を知ったことになるわけではないという考え方です。
浦野さんが運営する「1718」では、各地域の風景、歴史、食、町並みなどを紹介しています。訪問の条件も特徴的で、まちの魅力が伝わる写真を撮影し、訪問した証として位置情報を記録しています。
数字だけを見ると「1718市町村制覇」という巨大な記録に目が行きますが、活動の中心は記録達成そのものではありません。
知られていないまちを知るきっかけを作り、そこに暮らす人が自分の地域に誇りを持てるようにすることが「1718」の軸になっています。だからこそ、全市町村を巡り終えた後も活動が続いています。
浦野亮太が全市町村を巡り始めたきっかけは大学時代の違和感
1718市町村を巡る原点は、大学時代に感じた小さな違和感でした。
自己紹介などで出身地の話になると、「私のまちは何もない」「来ても何もない」と、自分が育った地域を控えめに語る人がいます。
浦野さんは、こうした言葉を耳にすることに違和感を覚えました。本当に魅力が何もないまちなどあるのだろうかという思いが、全国へ足を運ぶきっかけになります。
ここが浦野さんの活動を理解するうえで大切な部分です。
最初から「日本全市町村を制覇して記録を作ろう」と考えたのではなく、「すべてのまちに何かしらの魅力があるはず」という疑問から始まっています。
有名な観光地だけではなく、普段は旅行先の候補に入りにくい小さな町や村まで訪れることで、その土地に暮らす人、食文化、町並み、歴史などに触れていきました。
「日本一周」と聞くと海岸線を走ったり47都道府県の代表的な観光地を巡ったりする旅を想像しますが、1718では市町村単位まで細かく日本を見ることに意味があります。
長期間続けられた理由も、単なるスタンプラリーではなく、訪れるたびに知らなかった日本を見つけられる活動だったからこそでしょう。
浦野亮太は新聞社とIT企業で編集・デザインを経験した
浦野さんには、旅とは別にもう1つ大きな軸があります。
それが編集・編成・デザインの仕事です。
大手新聞社と大手IT企業で編集、編成、デザイン業務を経験し、五輪やWBC、大谷翔平選手の写真集にも携わっています。本人のプロフィールでは、新聞社からIT企業へ移った経歴も紹介されています。
これは現在の「1718」の活動とも相性のいい経験です。
全国を巡るだけなら、旅をした本人の思い出で終わってしまいます。しかし浦野さんの場合、そこで得た大量の情報を整理し、写真や文章、図解、デザインを通して「人に伝わる形」に変えられます。
各市町村を短時間で理解できるようにまとめる発信や、全国のご当地グルメを地図に整理する企画にも、編集者・デザイナーとしての経験が生かされています。
デザイン講座や子ども向け教室も手がけており、旅をする人だけではなく、情報を編集して届ける人という面を持っているのが浦野さんの特徴です。
全1718市町村を巡った経験と、編集・デザインの専門性。この2つが組み合わさっているからこそ、地域情報を単なる旅行記ではなくコンテンツとして発信できるのでしょう。
浦野亮太が2024年に1718市町村訪問を達成するまで
浦野さんの全市町村訪問は、一気に達成したものではありません。
活動開始後、少しずつ訪問地域を増やしていきました。
2015年9月に記録された時点では249市町村。その後、2018年末には737、2019年末には1027、2021年末には1499、2023年末には1689まで到達しています。
残りが少なくなれば簡単になるわけではありません。
むしろ離島や交通の便が限られる地域など、最後まで残る場所ほど訪問の難易度が上がります。
2024年3月は1689、6月は1691、9月には1695。そして2024年10月7日、ついに1718市町村すべてへの訪問を達成しました。
12年間という長さを考えると、旅そのものより「続けること」の方が難しかったはずです。
仕事や日常生活を続けながら全国へ足を運び、移動手段もクルマ、原付、鉄道、バス、船、飛行機、さらにヘリコプターまで利用してきました。全国を回るために交通費を抑える方法も試行錯誤しており、その経験自体が現在は旅の情報として発信されています。
そして興味深いのは、1718への到達が活動のゴールにならなかったことです。
全市町村を訪れたからこそ、「どのまちをもう1度訪れたいか」「地域ごとにどんな文化の違いがあるか」という次の発信へつながっています。
浦野亮太がローカル餃子を地域文化から見る理由

(出典:日本1718景「日本全国餃子マップ」)
浦野さんにとって餃子は一番好きな食べ物です。ただし、全国を回ってきた浦野さんが見るローカル餃子は、「どの店がおいしいか」というグルメランキングだけではありません。
全国を巡る中で、餃子にはその土地の歴史や暮らしが表れていることに気づいたと語っています。
戦後の復興を支えた人々、中国大陸からの引揚者、地域の特産品を生かそうとした人たち。餃子の具材や焼き方、食べ方の違いをたどると、その土地が歩んできた背景まで見えてきます。
たとえば福島には、満州からの引揚者をルーツに持つとされる円盤餃子があります。
神戸では味噌ダレ、広島では青ネギとラードを使った食べ方、沼津では焼いた後にお湯を加える独特の調理法など、同じ「餃子」でも地域によって姿は大きく変わります。
浦野さん自身も、日本1718市町村を巡った経験をもとにご当地餃子をまとめ、全国のローカル餃子を地図化しています。
餃子を入口にすると、料理だけでなく産業、移住、戦後史、地域の特産物、人々の暮らしまで見えてくる。
1718市町村を巡ってきた浦野さんらしいのは、料理を「味」だけで終わらせず、「なぜこの土地でこの餃子が生まれたのか」というところまで見ている点です。
浦野亮太の著書と「1718」の現在

(出典:Amazon.co.jp『人生で一度は訪れたい日本のまち500選』)
全1718市町村を回った経験は、『人生で一度は訪れたい日本のまち500選』という本にもつながりました。
1718市町村の中から、浦野さん自身が「また旅で訪れたい」と感じたまちを選ぶ「またたび500」の企画を2023年に始め、2025年には書籍としてまとめています。
一般的な旅行ガイドとの大きな違いは、全国の著名観光地を集めただけではないことです。
1718市町村すべてを実際に訪問したうえで500のまちを選んでいるため、「旅行ランキングでは目立たないけれど、実際に訪ねる価値のある場所」を探す入口にもなります。
そもそも浦野さんが旅を始めた理由は、「何もない」と言われる地域への違和感でした。
12年間で全市町村を訪れ、その次に「また行きたい500のまち」を選ぶという流れを見ると、活動の軸は最初から現在まで一貫しています。
知られていない地域の魅力を見つけ、それを別の人へ渡していくことです。
浦野亮太は地域発信と講演へ活動を広げている
全1718市町村訪問を終えた浦野さんの活動は、旅だけにとどまりません。
2025年には小笠原アンバサダー(宣伝大使)に就任し、講演活動も開始しました。執筆、メディア出演、地域情報の発信、デザイン、教育などへ活動の幅を広げています。
ここまでの歩みをつなげると、
大学時代に地域への違和感を持つ
→全国の市町村を巡る
→地域の魅力を発信する
→1718市町村をすべて訪れる
→本として残す
→講演やメディアを通して伝える
という流れになっています。
1718市町村を訪れたという記録だけなら、2024年10月7日で物語は終わります。
しかし浦野さんの場合、むしろそこから全国を巡って蓄積した経験をどう社会へ還元するかという次の段階へ進んでいます。
ローカル餃子もその1つです。
旅行者が通り過ぎてしまいそうな町にも、特徴的な料理や歴史、暮らしがあります。浦野さんの発信を見ていると、旅先を「有名かどうか」で選ぶのではなく、その土地ならではの理由を探したくなります。
12年かけて1718市町村を巡った経験が、出版、地域発信、食文化、講演へと広がっていることこそ、浦野亮太さんを単なる「日本一周をした人」で終わらせない一番大きな特徴です。


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