屋久島の森で暮らす菊池亨さんの人生をたどる
2026年9月9日放送のテレビ東京『バカりハカってみた』では、屋久島の森で「40年間、水道・ガスなし」の生活を送る“伝説仙人”が取り上げられます。番組公式では実名が出ていませんが、過去のテレビ東京の取材内容と照らし合わせると、この人物は菊池亨(きくち・とおる)さんとみてほぼ間違いありません。2026年の予告にある「40年間」「水道ガスなし」「もう誰も信じられない」という要素が、2019年に公開された菊池さんの記事と一致しているためです。
京都の裕福な家庭に生まれながら、父親の会社倒産、家庭の混乱、人間関係での深い傷を経験し、27歳で屋久島へ。現在につながる生き方は、単なる「仙人生活」という言葉だけでは分からない壮絶な経緯の上にあります。
この記事でわかること
- 菊池亨さんが京都から屋久島へ移った経緯
- 14歳で経験した父親の会社倒産と家庭の変化
- 27歳で80万円の土地を購入した理由
- 2019年取材と2026年『バカりハカってみた』予告が一致するポイント
京都の裕福な家庭から屋久島へ向かうまで
菊池亨さんは1952年、京都に生まれました。
現在の屋久島での暮らしを見ると、幼いころから自然の中で自給自足をしてきた人物のようにも感じますが、実際はかなり違います。
テレビ東京が2013年に放送した『お金がなくても幸せライフ がんばれプアーズ!』でも、菊池さんについて「京都の裕福な家庭に生まれ育った」と紹介しています。当時は60歳で、屋久島の土を使った器などを作る陶芸家としても取り上げられていました。
父親は会社を経営しており、少なくとも幼少期の家庭には経済的な余裕があったようです。
ところが、その生活は長く続きませんでした。
菊池さん自身も学校で壮絶ないじめに遭い、精神的につらい時期を過ごしたと2019年のテレ東取材で明かしています。テレビで見せるよく笑う姿からは想像しにくいですが、その笑顔についても、幼いころの経験が影響しているという趣旨の話をしています。
裕福だった少年時代から、家庭崩壊ともいえる状況へ。そして最終的には京都から約1000km離れた屋久島へ向かうことになります。
14歳で父親の会社が倒産した大きな転機
菊池さんの人生を大きく変えた出来事が、14歳のころに起きた父親の会社の倒産です。
それまで会社を経営していた父親は多額の借金を抱えることになり、債権をめぐって家庭には激しい混乱が起きたとされています。
2019年のテレビ東京の記事では、借金を抱えた父親のもとへ暴力団が来て騒ぎ、夜も眠れないほどだったという菊池さんの証言が紹介されています。
さらに父親と祖母との金銭問題も起きました。
菊池さんにとって、本来なら安心できるはずの家庭そのものが、居心地のよい場所ではなくなってしまったことがうかがえます。
高校を卒業すると、菊池さんは家を出ました。
20歳になると焼き物店へ就職し、一人暮らしを始めます。
ここで興味深いのは、単に「都会が嫌になったから屋久島へ行った」という話ではないことです。
働いてお金を稼ぎ、そのお金で家賃を払い、暮らし続ける――。
一般的には当たり前と考えられている生活そのものに、菊池さんは次第に疑問や虚しさを感じるようになりました。
「人とあまり関わらず、お金にも縛られない生活ができないか」。
その思いが、屋久島へ向かうきっかけになります。
27歳で屋久島の土地を80万円で購入
菊池さんが屋久島へ移ったのは27歳のころです。
屋久島で土地が安く売られているという話を知り、現在の生活につながる土地を80万円で購入しました。
1952年生まれで27歳のころですから、時期としては1979年前後になります。
ここから、会社員として給料を得て家賃を払う生活とは全く違う人生が始まりました。
屋久島へ渡った当初は、焼き物を作って販売して生活していたとされています。
2013年のテレビ東京公式ページでは、屋久島の土を使って器を制作する陶芸家として紹介され、当時の年間収入は約20万円。それでも野菜を育て、古い布から衣類を作るなど、現金をあまり必要としない生活のため、お金が余ることもあったと紹介されています。
「収入を増やす」のではなく、「お金を使わなくても暮らせる生活を作る」。
菊池さんの暮らしの面白さは、ここにあります。
水道・ガスなしで築いた手作りの暮らし
菊池さんの生活で最もテレビ映えするのが、家そのものです。
2013年の取材では、屋久島の山中の斜面を利用し、横穴のような空間を取り込んだ独特な住まいが紹介されました。
壁には焼酎瓶を埋め込んでステンドグラスのように光を取り込み、近くの水を引いて水道代わりにするなど、自分で工夫して暮らしを作っています。
2019年の取材では、さらに生活の具体像が紹介されています。
家には廃材が使われ、ガスはありません。
水は昔の島民が利用していた水路から確保。風呂は露天の五右衛門風呂です。
さらに、台風で流れ着いたカーブミラーを洗濯板代わりに使うという、普通では思いつかない方法まで登場します。
畑ではキュウリやカボチャなど10種類以上の野菜を栽培。お茶や豆腐、さらには衣類まで自分で作っていたといいます。
すべてを完全に自給しているわけではなく、必要なものはホームセンターなどで購入していました。
つまり「文明を拒絶した生活」というより、必要なものだけ外から取り入れながら、現金への依存をできるだけ減らした暮らしと考えたほうが実態に近そうです。
月3万円の年金で続けていた自給生活
2019年のテレビ東京取材時点では、菊池さんは月約3万円の年金で生活していると紹介されました。
普通に考えると、月3万円だけで家賃、光熱費、食費を支払う生活は極めて難しいでしょう。
しかし菊池さんの場合、大きく事情が違います。
土地を自分で所有し、家も自作。
水も自然環境から確保し、ガスを使わず、野菜の多くを畑で育てる。
壊れたら新品を買うのではなく、廃材や漂着物など使えるものを再利用します。
そのため、一般家庭とは生活に必要な固定費そのものが違います。
2013年の取材時点では陶芸による年間収入約20万円でも生活できており、2019年には月3万円ほどの年金でやりくりしていたとされています。
ただし、この**「月3万円」は2019年取材時点の情報**です。
2026年現在も同額の年金で同じ生活をしていると確認されたわけではありません。ブログ記事では「現在も月3万円」と書かず、年月を付けて紹介するのが正確です。
「もう誰も信じていない」に至った人間関係
菊池さんの人生を理解するうえで、屋久島移住だけでは終わらない出来事があります。
屋久島へ移り、焼き物を作りながら自由な暮らしを始めた菊池さんは、ようやく自分が望んでいた人生を手に入れたように感じていました。
しかし、そこで出会った女性との間で、本人にとって非常につらい出来事が起きたと2019年の取材では紹介されています。
記事では具体的な内容までは明らかにされていません。
ただ、菊池さんはその出来事を「裏切り」と感じ、人をさらに信用できなくなったと語っています。島民との交流を断ち、家族とも連絡を取らなくなったとされています。
2026年『バカりハカってみた』の番組予告にも、
「もう誰も信じられない」
という言葉が使われています。
ただし、菊池さんの物語にはもう一つの側面があります。
2019年の取材では、昔の友人から電話がかかってきたエピソードも紹介されました。
何度電話に出なくても気にかけ続けてくれる友人の存在によって、菊池さん自身も「人の大切さ」を感じる瞬間があったようです。
単純に「人間嫌いの仙人」と表現してしまうと、この人物の人生で最も重要な部分を落としてしまいます。
家庭、いじめ、借金、人間関係。
何度も人との関係で傷つき、その結果として、一人で暮らす道を選んだ人物として見ると、屋久島での生活の意味も大きく変わって見えてきます。
2026年放送と2019年取材内容の一致
ここは今回の記事で特に注意したいポイントです。
2026年9月9日の『バカりハカってみた』公式ページでは、屋久島の人物について、
「森の中」
「40年間」
「水道ガスなし生活」
「もう誰も信じられない」
という内容が予告されています。
一方、2019年の『ナゼそこ』関連の記事を見ると、菊池亨さんについて、
- 屋久島の森で40年間一人暮らし
- ガスなし
- 水路から水を確保
- 人との交流を避けている
- 人を信じられなくなった過去
という、ほぼ同じ内容が掲載されています。
さらに遡ると、菊池さんは2013年にもテレビ東京に出演済みです。当時60歳として、屋久島の山中で自給的な生活をする人物として紹介されていました。
ここから重要なのは、2026年放送をそのまま「2026年現在の菊池さんの最新生活」と扱わないことです。
1952年生まれで27歳ごろに屋久島へ移ったという過去取材が正しければ、2026年までの期間は約47年になります。それにもかかわらず2026年の番組紹介も「40年間」となっています。
そのため、少なくとも予告文には2019年当時の情報が強く反映されていると考えられます。
2026年9月8日時点で公開されている公式情報だけでは、今回が完全な新規密着なのか、過去映像を再構成した企画なのかまでは明示されていません。
したがって、
「菊池亨さんは現在も月3万円の年金で暮らしている」
「2026年現在も11匹の猫と暮らしている」
などと過去情報を現在形に変えて書くのは避けたほうが安全です。
菊池亨さんの経歴を時系列で整理
菊池さんについてテレビ東京で確認できる経歴を整理すると、次のようになります。
- 1952年:京都に生まれる
- 少年時代:父親が会社を経営する比較的裕福な家庭で育つ
- 14歳ごろ:父親の会社が倒産
- 高校卒業後:実家を離れる
- 20歳ごろ:焼き物店に就職
- 27歳ごろ:屋久島の土地を80万円で購入して移住
- 屋久島移住後:焼き物を制作・販売しながら自給的な生活を始める
- 2013年:『がんばれプアーズ!』出演、60歳として紹介
- 2019年:『世界ナゼそこに?日本人』で67歳として紹介
- 2026年9月9日:『バカりハカってみた』で同じ特徴を持つ“伝説仙人”が紹介予定
2013年と2019年、そして2026年と、長期間にわたってテレビ東京が追っていることも、菊池さんという人物の珍しさを物語っています。
まとめ
菊池亨さんは、1952年に京都で生まれ、父親が会社を経営する裕福な家庭で育ちました。
しかし14歳で父親の会社が倒産し、家庭環境が大きく変化。高校卒業後に家を離れ、20歳で焼き物店に就職します。
お金を稼いで家賃を払い続ける生活に疑問を感じたことから、27歳で屋久島の土地を80万円で購入。そこから、廃材や自然を利用した独自の暮らしを築いていきました。
2019年には月約3万円の年金で暮らし、畑で10種類以上の野菜を育て、お茶や豆腐、衣類まで手作りしている様子が紹介されています。
一方で、その背景には父親の会社倒産やいじめ、人間関係で深く傷ついた経験があります。
2026年9月9日の『バカりハカってみた』では、実名こそ伏せられているものの、これまでのテレビ東京の取材内容から、屋久島の“伝説仙人”は菊池亨さんと判断できます。
ただし今回の予告は2019年の内容との一致点が非常に多いため、過去の生活状況と2026年現在の状況を分けて読むことが大切です。
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