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海浜あみだ湯を継いだ新谷健太|震災18日後に再開、廃材で湯を沸かす珠洲の銭湯【おとな時間研究所】

人物

珠洲の「海浜あみだ湯」を守る新谷健太と震災後も続く町の銭湯

2026年9月25日放送のNHK Eテレ『おとな時間研究所 2つの銭湯物語』で取り上げられるのが、石川県珠洲市の海辺に立つ「海浜あみだ湯」と、その運営に携わる新谷健太さんです。

海浜あみだ湯は能登半島地震で被災しながら、発生からわずか18日後の2024年1月19日に営業を再開しました。市内の断水が続く中、復旧期には1日最大600人が利用した日もあり、銭湯の枠を超えて地域の生活を支える場所になりました。現在は、解体された家屋などから出る廃材を燃料にして湯を沸かすという、珠洲ならではの循環も生まれています。

この記事でわかること

  • 海浜あみだ湯が能登半島地震の18日後に再開できた理由
  • 新谷健太さんが珠洲へ移住し、銭湯を引き継ぐまで
  • 被災家屋の廃材を燃料に変える現在の仕組み
  • 海浜あみだ湯の場所・料金・営業時間

海浜あみだ湯は震災18日後に再開した珠洲の銭湯

出典:海浜あみだ湯公式サイト

海浜あみだ湯は、石川県珠洲市野々江町の海岸沿いにある町の銭湯です。

その歴史は戦前までさかのぼります。現在の珠洲市役所裏手にあった通称「阿弥陀山」から湧き出す鉱泉を利用して始まり、1988年に現在の海岸沿いへ移転。「海が見える銭湯」として地域の人たちに親しまれてきました。

大きな転機となったのが、2024年1月1日の能登半島地震です。

地震でパイプや排水管などが損傷しましたが、建物は津波被害を免れ、地下水のくみ上げにも成功。設備を修理し、1月19日には営業を再開しました。

市内の多くの家庭で水道が使えない状況が続く中、復旧期には平均して1日約450人、多い日には約600人が利用しました。入浴だけでなく、支援物資の配布やボランティアの受け入れ・派遣をつなぐ場所としても機能しました。

普段はお風呂に入る場所だった銭湯が、災害時には暮らしを守る地域インフラになったのです。

新谷健太は2017年に珠洲へ移住し、2023年から運営を担った

現在、海浜あみだ湯の運営責任者を務めているのが新谷健太さんです。

新谷さんは1991年に北海道北見市で生まれ、金沢美術工芸大学で油画を学びました。卒業後も石川県で活動を続け、2017年に地域おこし協力隊として珠洲市へ移住しています。

珠洲ではアート活動だけでなく、地域の暮らしそのものに関わってきました。

2018年には「ゲストハウス仮( )-karikakko-」を開業。その後、地域の教育支援や飲食店などにも活動を広げています。

海浜あみだ湯との最初の関係は「経営者」ではありませんでした。

ゲストハウスの近くにあったため日常的に通い、やがて高齢になった先代オーナーの仕事を手伝うようになります。学生時代に銭湯でアルバイトをしていた経験もあり、ボイラーの扱いや配管について知識があったことも、関わりが深くなるきっかけになりました。

そして2023年、本格的に海浜あみだ湯の運営責任者を担うようになります。

常連客として通った銭湯を次の世代へ引き継いだ

海浜あみだ湯を長く守ってきた先代オーナーは納谷悦郎さんです。

しかし70代後半になると膝の状態が悪くなり、薪割りなどの重労働を続けることが難しくなっていました。

納谷さんの子どもたちはそれぞれ仕事を持っており、家業として引き継ぐことも容易ではありませんでした。

そこで後継者として声を掛けられたのが、新谷さんをはじめ、普段からあみだ湯に通いながら仕事を手伝っていた若い移住者たちでした。

ただし、銭湯を引き継ぐ話はすぐに決まったわけではありません。

施設の収支や資産価値、今後必要になる設備改修費などを整理する必要があり、事業承継には約5年を要しました。

その途中で起きたのが能登半島地震でした。

銭湯そのものが地域に必要とされる状況になったことで、海浜あみだ湯を残す意味はさらに大きくなっていきます。

被災家屋の廃材がお風呂を沸かす燃料になっている

海浜あみだ湯の大きな特徴が、薪で湯を沸かしていることです。

地下水をくみ上げ、地域から集まってくる木材を燃料にしています。

震災後は、解体された家屋などから出る廃材も燃料として受け入れるようになりました。

かつて家の柱や梁として家族の生活を支えていた木材が、今度はボイラーの火となり、地域の人たちが入るお風呂を温めています。

公式サイトでも、生活の営みを閉じた民家や事業所から集まった廃材を燃料として活用し、「地域で循環する銭湯」を目指していることが示されています。

さらに、被災した建物や家財を受け入れる「仮(葬)-kari(sou)-」という取り組みも進めています。

廃材を単なるゴミとして処分するのではなく、そこにあった暮らしを記録しながら、最後はお風呂を沸かすエネルギーへ変える活動です。

震災前から薪を使ってきた銭湯だからこそ、復興の過程で大量に生まれた木材を地域の中で再び生かす仕組みにつながっています。

2026年に「海浜あみだ湯 労働者協同組合」として再出発

長く続いた事業承継は、2025年12月に大きく動きました。

先代側と新谷さんたちとの間で事業譲渡契約が成立し、2026年1月から「海浜あみだ湯 労働者協同組合」として新しい運営体制が始まりました。

組合には、珠洲へUターン・Iターンした若い世代を中心に11人が出資者として参加しています。

特定の1人がすべてを背負うのではなく、働く人たち自身が出資し、意見を出しながら運営する形です。

海浜あみだ湯公式サイトに掲げられている言葉は「ただいまとおかえりを温める」。

新谷さん自身も、常連客との間で交わされる「おかえり」「ただいま」という何気ないやり取りを大切にし、町の日常ごと銭湯を引き継いでいく考えを示しています。

震災からの復旧だけでなく、「この先も地域に銭湯を残す」という段階へ進んでいることが、現在の海浜あみだ湯の大きな特徴です。

海浜あみだ湯の料金・営業時間・場所

通常の営業情報は次の通りです。

  • 施設名:海浜あみだ湯
  • 住所:石川県珠洲市野々江町ナ部5番地3
  • 営業時間:14:00~21:00
  • 定休日:水曜日・木曜日
  • 大人:500円
  • 中学生:300円
  • 小学生:150円
  • 幼児:70円
  • 設備:大浴場、サウナ、水風呂、展望風呂、外気浴スペース、休憩スペース
  • 展望風呂からは内浦の海を眺められる

営業日時は変更される場合があるため、訪問時は公式サイトや公式SNSの最新案内を確認するのが安心です。

まとめ

海浜あみだ湯は、単に震災を乗り越えた銭湯ではありません。

高齢になった先代から、常連客だった若い移住者たちへ。個人経営から労働者協同組合へ。そして、地域の木材や被災家屋の廃材を燃料にして、再び町の人たちへ温かい湯として返していく場所へと変化してきました。

新谷健太さんも、最初から銭湯経営を目指して珠洲へ来たわけではありません。地域に暮らし、銭湯へ通い、先代を手伝う中で、少しずつ担い手になっていきました。

2024年1月の地震から18日後に再開し、多い日には600人を受け入れた海浜あみだ湯。2026年からは新しい組織で、震災後の珠洲に「いつでも帰ってこられる日常」を残すため、お湯を沸かし続けています。

参考リンク

海浜あみだ湯 公式サイト

海浜あみだ湯「あみだ湯について」

石川県産業創出支援機構「廃材で沸かす希望の湯 UIターンの若き力が守る」

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