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高尾晴子さんは何者?葉っぱビジネスを40年続ける農家女性の人生|新プロジェクトX

人物

「葉っぱが売れるはずがない」から40年、高尾晴子さんが歩んだ人生

2026年9月26日放送の『新プロジェクトX〜挑戦者たち〜』では、徳島県上勝町を変えた「葉っぱビジネス」と、横石知二さんとともに事業を育てた農家の女性たちが描かれます。株式会社いろどりも、今回の放送に横石さんと歩んだ女性たちが登場すると発表しています。

その創業期を知る重要人物の一人が、高尾晴子さんです。

高尾さんは1986年の「彩(いろどり)」立ち上げ当初から葉っぱビジネスに参加。2026年現在も81歳で現役を続け、南天やモミジなど約70種類を出荷しています。

町の葉っぱがお金になるとは誰も信じなかった時代から約40年。高尾さんの人生をたどると、「農家の妻」が自分で市場を読み、自分の商品を売る生産者へ変わっていった上勝町の歴史が見えてきます。

この記事でわかること

  • 高尾晴子さんの年齢や経歴
  • 1986年に葉っぱビジネスへ参加したきっかけ
  • 「葉っぱ」を約40年間続けられた理由
  • 81歳の現在も続ける仕事と次世代への思い

高尾晴子さんは81歳、葉っぱビジネス創業期から残る現役農家

高尾晴子さんは、徳島県上勝町で日本料理の「つまもの」を生産する葉っぱ農家です。

2026年9月時点で81歳。東京都世田谷区で生まれ、徳島県勝浦郡勝浦町で育ちました。大阪の大学を卒業後、25歳で上勝町の花木農家を営む男性と結婚し、2人の息子を育てながら農業に携わってきました。

その後、1986年に始まった葉っぱブランド「彩」の初期メンバーとして参加。JA東とくしま上勝彩部会の部会長も務めた、上勝町の葉っぱビジネスを創業期から知る人物です。

現在も夫婦で栽培と出荷を続けています。

町内に点在する畑は20か所を超え、合わせて5〜6反ほど。出荷する葉は約70種類に及び、スマートフォンやパソコンも使いながら注文に対応しています。

もともとは生け花に使う花木を育てる農家だった

高尾さんは最初から「葉っぱ農家」だったわけではありません。

夫とともに栽培していたのは、生け花などに使われる花木でした。

花木を市場へ出荷するには一定の大きさまで育てる必要があります。一方、つまものは美しい葉そのものが商品になるため、花木とは違った形で生産できました。

もともと花や葉を扱っていた経験があったことが、その後の転機につながります。

1981年、上勝町は異常寒波に襲われました。

町の重要な農産物だった温州みかんが大きな被害を受け、新しい産業を作る必要に迫られます。

そこで「女性や高齢者でも取り組める仕事」を探していたのが、当時農協職員だった横石知二さんでした。

横石さんが考えたのが、日本料理に添えられるモミジや南天、笹などを「つまもの」として販売するビジネスです。

横石知二さんの「葉っぱを売らないか」が人生の転機になった

高尾さんと横石さんは、農協職員と農家という立場で以前から話をする関係でした。

高尾さんが花木を栽培し、葉に馴染みがあったことから、横石さんは新しい葉っぱビジネスへの参加を持ちかけます。

しかし当時、山や庭にいくらでもある葉っぱを商品にする発想は、簡単には理解されませんでした。

周囲からは「葉っぱが売れるなら御殿が建つ」と笑われたほどです。

それでも高尾さんは、同じ花木農家の仲間たちに声をかけました。

最初に動き出したのはわずか3〜4人。

どんな葉なら売れるのか、どの時期に何を出せばいいのかも分からない状態からのスタートでした。

分からないからこそ面白かった「彩」の創業期

高尾さんが約40年仕事を続けてきた背景には、仕事そのものを面白がる姿勢があります。

最初は正解がありませんでした。

笹、桜、桃、モミジ。

それまで身近すぎて特別に意識することもなかった植物が、「商品」という目で見ると違って見えるようになります。

1988年には農家が集まって勉強会を開催。事業開始から3〜4年ほど経つと「彩部会」も組織されました。

農家同士で次の商品を考えたり、互いの商品を見せ合ったりしながら品質を高めていきます。

旅行先で美しい紅葉を見ても「こんな葉を作れたら」と考えるほど、生活そのものが葉っぱビジネスと結び付いていきました。

京都の料亭で自分の葉を見たことが大きな喜びになった

高尾さんにとって印象的な出来事の一つが、京都の料亭への研修でした。

1992年には横石さんや農家の仲間たちと京都を訪れ、上勝町から出荷した葉が実際の料理でどのように使われているのかを目にしました。

自分が育てた葉が、日本料理を美しく見せる重要な存在になっている。

農作物として出荷した先を見ることで、「葉っぱを作る意味」がよりはっきりした瞬間でした。

農家にとって葉は単なる商品ではなく、料理人の仕事につながる材料です。

どのような形や色、大きさが求められるのか。季節をどう先取りするのか。

生産者が使う側の視点を持つことも、「彩」が成長した大きな要素になりました。

葉っぱは「拾う仕事」ではなく40年かけて築いた農業

葉っぱビジネスという名前だけを聞くと、山へ入り、きれいな葉を拾って売る仕事のようにも見えます。

実際は大きく違います。

高尾さんが約40年で積み上げてきたのは、「必要な日に最高の状態の葉を出す農業」です。

例えば南天や青モミジを美しい状態で出荷するには、必要な時期から逆算して木を手入れします。

古い葉を取り除いて新しい葉を出させる「葉むしり」も、その時期が重要です。

最初は庭にある木から葉を採ることもありましたが、それだけでは安定した商売にはなりません。

田んぼだった土地などにも商品用の木を植え、収穫しやすい環境を作る。季節ごとの需要に合わせて品目を増やし、年間を通じて販売できる農業へ進化させてきました。

現在は約70種類、翌日の注文まで予測して準備する

高尾さんの仕事は、注文が来てから葉を採りに行くだけではありません。

前日の夕方には翌日の注文を予測し、ある程度の準備を進めています。

朝8時ごろから注文状況をパソコンで確認。注文を引き受けたら、午前中を中心に荷造りや出荷作業を進めます。

夫が畑仕事を担当し、高尾さんは注文の確認や荷造り、出荷事務、夕方の収穫などを担当しています。

長年の経験から需要を読むことも仕事の一部です。

現在は南天、青モミジ、笹などの通年商品に加え、桜、梅、赤モミジ、柊など季節の商品も栽培。年間でも特に注文が増えるのがおせち料理の時期で、通常の3〜4倍ほどの注文が入ることもあります。

「毎日ゲーム」のように市場を読む81歳の仕事

高尾さんを象徴するのが、注文を予測する仕事の楽しみ方です。

前日に「明日はこの葉がこれくらい必要になる」と考えて準備し、翌朝に実際の注文を確認する。

自分の読みと注文が一致するかを確かめる作業を、高尾さんはゲームのように楽しんでいます。

長年続けてきた経験があるため、大きく読みを外すことも少なくなりました。

上勝町の葉っぱビジネスでは、パソコンやタブレットから受注情報、市場情報、今後の予測、売上状況などを確認できる「上勝情報ネットワーク」が使われています。

高齢の生産者も、経験だけに頼るのではなく、情報を読みながら商品を作っています。

初期メンバー4人の中で高尾晴子さんだけが現在も現役

約40年という時間の長さを感じさせる事実があります。

葉っぱビジネスを始めた初期メンバー4人のうち、現在も現役で残っているのは高尾さんだけです。

「葉っぱが売れるはずがない」と言われた仕事は、その後、上勝町を代表する産業へ成長しました。

株式会社いろどりによると、現在は町内約140軒の農家が参加し、300種類以上を年間を通して出荷しています。2024年度の「彩」の年商は約2億6000万円です。

高尾さん自身も年齢に合わせて仕事量を調整していますが、仕事を完全にやめたわけではありません。

80歳を超えても続けられる理由は、誰かに命じられて働いているのではなく、自分で考えてやりたいことを続けているからです。

次の仕事は40年間の知恵を若い世代へ渡すこと

上勝町の葉っぱビジネスは、現在大きな転換期を迎えています。

販売は好調な一方、生産者の高齢化が進み、需要に生産が追いつかない状況が出てきています。

高尾さんも、移住してきた若い人や農業体験に参加する人たちへ栽培方法や出荷の仕方を教えています。

約40年前、何もないところから仕事を作った世代が、今度はその知識を次の世代へ渡す側になったのです。

高尾さんが残したいのは、栽培技術だけではありません。

春には花が咲き、秋には葉が色づく上勝町の季節そのもの。そして、自分で考え、自分の商品を作り、仕事を楽しむ文化です。

高尾晴子さんの現在

2026年現在、高尾晴子さんは81歳で現役の「彩」農家を続けています。

約70種類の葉を扱い、夫婦で栽培・出荷を継続。パソコンやスマートフォンも使いながら注文を確認し、需要を予測して商品を準備しています。

一方で、無理に生産量を追うのではなく、年齢に合わせて自分たちが続けられる量へ調整しています。

「葉っぱを売る」という前例のない仕事へ挑んだ女性が、約40年後も自分のペースでその仕事を楽しみ、さらに若い世代へ技術を伝えている。

『新プロジェクトX』の「人は誰でも主役になれる」というテーマを、高尾さんの歩みはまさに体現しています。

まとめ

高尾晴子さんは、徳島県上勝町の葉っぱブランド「彩」を1986年の立ち上げ当初から支えてきた農家女性です。

花木農家として暮らしていた高尾さんの人生を変えたのが、横石知二さんから持ちかけられた「葉っぱを売る」という前例のない挑戦でした。

最初は3〜4人。

周囲から笑われながら始めた仕事は、仲間との勉強、料亭への研修、栽培技術の改善、ICTの導入などを重ね、上勝町を代表する産業になりました。

そして81歳の現在も、高尾さんは約70種類の商品を育て、市場の動きを読み、葉を出荷しています。

高尾さんの40年は、「農家の妻」が誰かを支えるだけではなく、自分で商品を作り、自分で考え、自分の仕事に誇りを持つ生産者へ変わっていった歴史でもあります。

葉っぱ一枚から始まった挑戦の主役は、横石知二さんだけではありません。

その仕事を信じ、40年間続けてきた高尾晴子さんをはじめとする農家の女性たちも、上勝町を変えたもう一人の主役なのです。

参考リンク

株式会社いろどり「新プロジェクトXに登場!」

株式会社いろどり「事業紹介」

料理通信「81歳・徳島県上勝町『彩』高尾晴子」

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