「食べること」に苦しんだからこそ始まった、もう1つの活動
『toi-toi(拒食症「どうして誰かの価値観にとらわれる?」)(2026年9月3日)』に出演する金子浩子さんには、家庭科教諭とは別に掘り下げたい活動があります。それが、料理と科学実験を組み合わせた「キッチンの科学プロジェクト(KKP)」です。摂食障害を経験した金子さんが、なぜ再び「食」を活動の中心に選んだのか。その原点から農林水産大臣賞につながるまでをたどります。
この記事でわかること
- キッチンの科学プロジェクトを始めた理由
- 摂食障害の経験と食育がつながった転機
- 「光るグミ」など食と科学を組み合わせた活動
- 農林水産大臣賞を受賞するまでに広がった取り組み
金子浩子さんは「食べる人の喜び」から食育活動へ進んだ
金子浩子さんが代表を務めるキッチンの科学プロジェクト(KKP)は、食べ物を使った科学実験や料理を通して、子どもたちに食への興味を持ってもらう活動です。
その原点には、金子さん自身の摂食障害の経験がありました。
大学時代、食事を強く制限する状態から過食へと変化し、長い間「食べること」に苦しんできました。
しかし、自分が食べることとは別に、家族のために料理を作ったときには違う感覚がありました。料理を食べてもらい喜んでもらうことで、自分にもできることがあると感じられたと語っています。
ここが、金子さんの歩みの中でも大きな転機です。
「食」を避ける方向へ進むのではなく、食を誰かと楽しむ活動へと変えていったのです。
「キッチンの科学プロジェクト」は2013年に始まった
KKPは2013年5月に活動を開始しました。
もともとは東京都千代田区の科学技術館で行われた企画をきっかけに、食と科学を組み合わせたワークショップを行うチームが生まれ、その後、任意団体として活動を広げています。
金子さんは東京薬科大学生命科学部で学び、群馬大学大学院保健学研究科へ進学しています。
そのため、活動の特徴は一般的な料理教室とは少し違います。
「野菜を食べましょう」「バランスよく食べましょう」と答えを教えるだけではなく、食べ物に起きる変化を科学から考えるのです。
大学で科学を学びながら、自分自身はダイエットをきっかけに食生活を大きく崩した経験があったことから、金子さんは「科学」と「食育」を結び付けていきました。
名物企画「光るグミ」は食べ物への疑問から科学を学ぶ
KKPの活動を象徴する企画の1つが「光るグミ」です。
名前だけを見ると、お菓子作りのイベントのようですが、実際にはグミを作る過程から科学を学べるようになっています。
ゼラチンがなぜ固まるのか、光とは何なのかといった疑問を実験につなげ、最後は自分で作ったものを食べるところまで体験します。実際のワークショップでも、グミ作りと光の実験が組み合わされてきました。
この方法なら、最初から「栄養について勉強しましょう」と言われるよりも、子どもが入りやすくなります。
「なぜグミはぷるぷるするの?」
「どうして光って見えるの?」
そんな身近な疑問を入り口にして、食べ物そのものへの興味を広げていくわけです。
玉ねぎの皮やパンケーキなど身近な食材も実験材料になる
扱ってきたテーマはグミだけではありません。
玉ねぎの皮を使った染色、パンの発酵、中華麺、バターやチーズ、和菓子、だしなど、家庭の台所で目にするものが科学教材になっています。
玉ねぎの皮なら「なぜ色が移るのか」、パンなら「なぜ膨らむのか」、だしなら「なぜ味を感じるのか」。
普段は何気なく食べている料理にも、化学や物理、生物の仕組みが隠れています。
KKPが目指しているのは「料理が上手になること」だけではありません。
食について流れてくるさまざまな情報をそのまま信じるのではなく、自分で考え、確かめる力を育てることも活動の目的に含まれています。
これは、極端な食事制限を経験した金子さん自身の歩みとも深くつながる部分です。
発足翌年には農林水産大臣賞を受賞した
活動は早い段階から評価されました。
2014年に開催された「食と農林漁業大学生アワード2014」では、最終審査に進んだ10団体の中から、キッチンの科学プロジェクトが農林水産大臣賞に選ばれています。
発足からまだ間もない時期の受賞でした。
その後も科学館や学校、企業などと連携し、東京だけでなく群馬、埼玉、神奈川、静岡、岡山、福岡などへ活動を拡大。団体資料では、2013年からの活動実績として80イベント、参加者3000人以上とされています。
食材を使った科学実験によって子どもの食への関心を高める活動は、国の食育に関する資料でも事例として取り上げられています。
個人の経験から始まった思いが、子どもたちを巻き込む食育活動へと大きく広がったことが分かります。
摂食障害の経験を学校で伝える活動にもつながった
KKPの活動は、楽しい科学実験だけにとどまりません。
金子さんは自身の経験をもとに、中学校などで摂食障害について伝える授業も行ってきました。
2020年には東京都荒川区の中学校で、1年生から3年生を対象に食育と摂食障害をテーマとした授業を担当しています。
さらに高校生向けの教育企画にも講師として参加し、「摂食障害は個人だけの問題なのか」という視点から、体型についての社会的な価値観や食を取り巻く環境について考える機会を作っています。
自分自身が10代、20代で悩んだ問題を、次の世代が考えるための材料として伝えているのです。
食育を始めてから症状の「揺れ」にも変化があった
金子さんにとって食育活動は、仕事や社会活動というだけではありませんでした。
2018年のインタビューでは、食育イベントを続ける中で過食の頻度が徐々に減り、嘔吐のない期間が続くなど、自身の状態にも変化があったと振り返っています。
ただし、食育をすれば摂食障害が治るという意味ではありません。
摂食障害にはさまざまな要因が関係し、症状や回復の過程にも大きな個人差があります。
金子さんの場合に重要なのは、「食べること」に苦しんだ経験を消そうとするのではなく、それを人とつながるための活動へ変えていったことです。
食べ物を見ることさえ苦しい時期を経験した人が、やがて子どもたちに「食べ物って面白い」と伝える側になる。
家庭科教諭になった現在までを考えると、キッチンの科学プロジェクトは単なる課外活動ではなく、金子浩子さんの人生を理解するうえで欠かせない取り組みといえます。


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