川中だいじが15歳で向き合う「ヒロシマ」と記者としての原点
2026年10月3日放送の「日本のチカラ 僕のヒロシマ~15歳の取材記~」では、「日本中学生新聞」を立ち上げた高校1年生の記者・川中だいじさんが、8月6日の広島を取材する姿が描かれます。番組は中国放送が制作し、テレビ朝日、ABCテレビ、メ~テレでは10月3日午前5時20分から放送されます。
川中さんは2010年に大阪市で生まれ、2023年に「日本中学生新聞」を創刊。選挙や大阪・関西万博など社会の現場へ足を運んできました。しかし今回の中心は政治家への取材ではなく、彼が記者として「ヒロシマ」を取材するようになった原点です。小学生のときに聞いた被爆者の証言から数年を経て、15歳になった川中さんが再び広島へ向かいます。
この記事でわかること
- 川中だいじさんと「日本中学生新聞」の活動
- 記者として現場へ出るようになった経緯
- 「ヒロシマ」が川中さんの取材に与えた転機
- 2026年刊行の初著書『こちら日本中学生新聞』の内容
川中だいじは「日本中学生新聞」を1人で始めた高校1年生記者

出典:民間放送教育協会「日本のチカラ #487 僕のヒロシマ~15歳の取材記~」
川中だいじさんは2010年、大阪市生まれ。2026年10月の放送時点では高校1年生です。
小学3年生のころから政治に関心を持ち、2023年に「日本中学生新聞」を創刊しました。現在は高校生になっていますが、活動名は引き続き「日本中学生新聞」です。
取材対象は選挙だけではありません。
大阪・関西万博、IR、森友学園問題など社会的なテーマにも足を運び、自分で取材した内容をSNSやYouTubeなどで発信してきました。柏書房による著者紹介では、テレビ大阪の公式YouTube「大阪NEWS」内の「中学生記者・だいじの対談クラブ」で聞き手も担当した経歴が紹介されています。
「日本のチカラ」放送時点で、SNSのフォロワーは4万人を超えています。番組では総理大臣経験者を含む政治家を取材してきた活動にも触れながら、その奥にある「なぜ自分は取材するのか」という部分を、広島での経験からたどります。
小学3年生で政治に関心、2023年に「日本中学生新聞」を創刊
川中さんの活動は、誰かが作った新聞へ参加したことから始まったわけではありません。
柏書房のプロフィールによると、小学3年生で政治に関心を持ち、2023年に自ら「日本中学生新聞」を創刊しました。掲げているのは「誰にも遠慮せずに書きたいことを書く」という姿勢です。
中学生になった2023年は、広島でG7サミットが開催された年でもあります。
2026年に出版された川中さんの初著書では、第1章「『日本中学生新聞』創刊前夜」に続き、第2章として「G7広島サミットと初現場」が置かれています。新聞を作るだけでなく、自分自身が現場へ行き、人の話を聞く「記者」としての活動が始まっていった時期でした。
その後は選挙、大阪・関西万博、IR、生徒会などへ対象を広げています。
一方、10月3日の「日本のチカラ」が焦点を当てるのは、そうした取材歴を並べることではありません。川中さんが記者として向き合い続けているもう1つの原点、「ヒロシマ」です。
修学旅行で聞いた被爆者の証言が「ヒロシマ」を取材するきっかけに
川中さんと広島の接点は、小学生時代までさかのぼります。
小学校の修学旅行で広島を訪れ、被爆者の証言を聞いたことが、その後「ヒロシマ」を取材する出発点になりました。
そして2025年8月6日、川中さんは初めて被爆者への本格的な取材に臨みました。
ただ、このとき本人は、被爆体験をどう聞けばよいのか戸惑いを感じ、自分にはまだ十分に話を聞く準備ができていないと受け止めました。番組公式では、この経験を経て、翌2026年の8月6日に再び広島へ向かう過程が紹介されています。
取材する側が質問をすれば、それだけで証言を受け取れるわけではありません。
80年以上前の体験を語る人と向き合い、その言葉をどう受け止め、どう次へ伝えるのか。15歳の記者がその難しさと向き合うところが、今回のドキュメンタリーの重要な軸になっています。
2026年8月6日、再び広島で被爆者の声を聞く
高校1年生となった2026年8月6日、川中さんは再び広島を訪れます。
早朝から被爆者への取材を行った後に会うのが、川中さんが記者として歩むきっかけの1つとなった被爆者・近藤康子さんです。2人は一緒に原爆被害の記憶をたどります。
近藤さんが川中さんへ託したのは、被爆の実相を知ってもらい、それを広く伝えてほしいという願いでした。
戦争や被爆を直接経験した世代から、その体験を直接聞くことのできる時間は限られています。川中さん自身も番組の中で、自分たちの世代を「戦争体験者、被爆体験者の話が聞ける最後の世代」と位置づけています。これは番組が描く「15歳の取材記」を理解するうえで大きなポイントです。
政治家への質問や選挙取材では、目の前で起きている出来事を追うことが中心になります。
一方、「ヒロシマ」の取材では、過去の体験を聞き取り、その記憶が失われた後までどう伝えていくかという別の課題があります。今回の番組では、川中さんの活動を通して「聞く側が受け継ぐ」という取材の側面が描かれます。
初著書『こちら日本中学生新聞』を2026年3月に刊行
川中さんは2026年3月10日、初の著書『こちら日本中学生新聞』を柏書房から刊行しました。
出版社の書籍情報によると、四六判320ページ、定価1,980円。ISBNは978-4-7601-5665-8です。
本書には、新聞創刊前からの歩みと実際の取材記録が収録されています。
主な構成は、
- 「日本中学生新聞」創刊前夜
- G7広島サミットと初現場
- 選挙取材
- 万博・IR取材
- 生徒会のルポ
- 民主主義をめぐる取材
- 兵庫県知事選
となっています。
2023年に新聞を始めた中学生が、現場で人に会い、取材を積み重ね、高校進学を迎えるまでの記録をまとめた1冊です。
番組で描かれる広島への取材も、この「現場へ行って直接話を聞く」という活動の延長線上にあります。
高校生になっても「日本中学生新聞」の記者として活動を継続
川中さんは2026年春に中学校を卒業しましたが、「日本中学生新聞」の名称を残して活動しています。
2026年には初著書の刊行後も、書店でのトークイベントや対談などに登壇。柏書房も6月の名古屋、梅田などで開催された関連イベントを案内しています。
そして8月には、今回の「日本のチカラ」で描かれる広島取材を実施しました。
創刊から約3年。活動の対象は広がっていますが、今回の番組ではその規模ではなく、「自分は何を聞き、何を伝えるのか」という記者としての根っこの部分に焦点が当たります。
「日本のチカラ 僕のヒロシマ~15歳の取材記~」放送情報
「日本のチカラ」は、地域で生きる人々の日常や仕事、葛藤などを取材する民間放送教育協会の教育ドキュメンタリーです。今回の「僕のヒロシマ~15歳の取材記~」は中国放送が制作しています。
10月3日の主な放送は、
- 番組名:日本のチカラ #487「僕のヒロシマ~15歳の取材記~」
- 放送日:2026年10月3日
- テレビ朝日:5:20~5:50
- ABCテレビ:5:20~5:50
- メ~テレ:5:20~5:50
- 主人公:川中だいじ
- 制作:中国放送
です。関東・関西・東海の3地域で同日に放送されます。
まとめ
川中だいじさんは、2010年に大阪市で生まれ、2023年に「日本中学生新聞」を創刊した高校1年生の記者です。
選挙や大阪・関西万博などさまざまな現場を取材してきましたが、10月3日の「日本のチカラ」が描くのは、その活動実績だけではありません。
小学生の修学旅行で聞いた被爆者の証言、2025年の初めての被爆者取材で感じた戸惑い、そして2026年8月6日の広島への再訪。近藤康子さんをはじめとする被爆者の言葉と向き合う中で、「聞いたことを次へどう伝えるのか」という課題に15歳の記者が向き合います。
2026年3月には初著書『こちら日本中学生新聞』も刊行されました。
新聞を始めた中学生が高校生となり、それでも同じ名前を掲げながら現場へ足を運び続ける。その原点にある「ヒロシマ」を追う30分の人物ドキュメンタリーです。
参考リンク
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