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井谷俊介が走幅跳6m82の日本新記録!右脚切断から10年・愛知アジアパラで200mと2種目金メダルへ|まるっと!

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井谷俊介が走幅跳6m82の日本新記録!地元愛知で2種目の金メダルに挑戦

パラ陸上選手の井谷俊介(いたに・しゅんすけ)さんは、2026年6月の日本パラ陸上競技選手権大会で、男子走幅跳T64クラスの日本新記録となる6m82を跳んだ義足のアスリートです。

2026年10月13日放送のNHK名古屋『まるっと!』では、愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会への出場を控えた井谷選手に密着し、地元開催の大会に懸ける思いが紹介されます。

井谷選手は2016年、20歳のときにバイク事故で右脚の膝から下を失いました。その後、競技用義足との出会いをきっかけにパラ陸上へ進み、2018年のアジアパラ競技大会では男子100mで金メダルを獲得しました。

2024年のパリパラリンピックでは男子200mで7位に入賞。そして2025年から走幅跳にも取り組み、2026年には日本記録を樹立するまでに成長しました。

10月18日から24日まで開催される愛知・名古屋アジアパラ競技大会では、男子200mと走幅跳の2種目に日本代表として出場します。

事故から10年。井谷選手は新しい競技への挑戦を通して、地元での2冠達成を目指しています。

この記事でわかること

  • 井谷俊介選手の年齢・出身地・所属とこれまでの経歴

  • 2026年に走幅跳6m82の日本新記録を樹立した経緯

  • 右脚切断から競技用義足で世界を目指すようになった転機

  • 愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会の出場種目と大会日程

井谷俊介は三重県大紀町出身の31歳!SMBC日興証券に所属

公式写真:日本パラリンピック委員会「男子走幅跳で日本新記録を樹立した井谷俊介選手」

井谷俊介選手は、三重県度会郡大紀町出身のパラ陸上選手です。

現在は愛知県春日井市に暮らし、SMBC日興証券に所属しています。

井谷俊介選手のプロフィール

  • 名前:井谷俊介(いたに・しゅんすけ)

  • 生年月日:1995年4月2日

  • 年齢:31歳(2026年10月時点)

  • 出身地:三重県度会郡大紀町

  • 居住地:愛知県春日井市

  • 所属:SMBC日興証券株式会社

  • 競技:パラ陸上

  • 出場種目:200m・走幅跳

  • 競技クラス:T64

  • 主な実績:2026年男子走幅跳6m82の日本新記録

T64は、主に膝より下に切断などの障害がある選手が競う陸上競技のクラスです。

井谷選手は右脚に競技用義足を装着して走り、跳躍しています。

もともとは自動車レースの世界を目指していましたが、交通事故による右脚の切断を経験した後、パラ陸上の選手として新しい競技人生を歩み始めました。

現在は短距離走だけでなく、走幅跳でも日本トップクラスの記録を持つ選手です。

2026年6月に走幅跳6m82の日本新記録を樹立

井谷選手が大きな注目を集めたのは、2026年6月13日から石川県で開催された日本パラ陸上競技選手権大会です。

この大会で、男子走幅跳T64クラスに出場しました。

そして2回目の跳躍で、6m82の日本新記録を樹立します。

2025年から取り組み始めた種目で、わずか約1年後に日本記録を更新したのです。

さらに同じ大会では、男子200mでも優勝しました。

2026年日本パラ陸上競技選手権大会の結果

  • 開催日:2026年6月13日・14日

  • 会場:石川県西部緑地公園陸上競技場

  • 男子走幅跳T64:優勝

  • 走幅跳の記録:6m82(日本新記録)

  • 男子200mT64:優勝

走幅跳と200mは、同じ陸上競技でも求められる技術が異なります。

短距離走では、スタートから加速し、できるだけ高い速度を維持する必要があります。

一方、走幅跳では助走で得たスピードを踏み切りの力に変え、体を遠くへ運ばなければなりません。

井谷選手は競技用義足の調整を繰り返し、助走のスピードを高めるとともに、踏み切りで義足の反発力を生かすポイントをつかみました。

この技術的な進歩が、6m82の日本新記録につながりました。

2016年のバイク事故で右脚を切断した大きな転機

井谷選手は幼い頃から体を動かすことが大好きでした。

三重県大紀町で育ち、山や海で遊びながら、剣道、ソフトボール、野球などさまざまなスポーツに親しんできました。

特に憧れていたのが、モータースポーツの世界です。

幼い頃に鈴鹿サーキットでF1を観戦したことをきっかけに、レーシングドライバーを目指すようになりました。

小学5年生の頃には、鈴鹿サーキットでカートの運転も始めています。

大学進学後もその夢を追い、アルバイトで資金を貯めながら、カートレースへの参戦を準備していました。

しかし2016年、人生を変える事故が起こります。

アルバイトからバイクで帰宅する途中に交通事故に遭い、右脚を粉砕骨折しました。

その後、右脚の膝から下を切断することになります。

しかも事故が起きたのは、カートレースへの本格参戦を控えた時期でした。

レースに出場する夢を持っていた20歳の青年にとって、大きな転機となる出来事でした。

義足との出会いが走る楽しさを取り戻すきっかけになった

事故によって右脚を失った後も、井谷選手はモータースポーツを諦めませんでした。

退院すると、アルバイトをしていたサーキットへ向かい、再びカートの運転に挑戦します。

義足でアクセルやブレーキを操作することは簡単ではありませんでしたが、練習を重ねてレース活動を再開しました。

さらに、事故から約3か月後には、義足で走る体験会にも参加します。

この体験が、パラ陸上を始める大きなきっかけになりました。

競技用義足を装着して走ることに、新たな楽しさを見いだしたのです。

その後、モータースポーツの活動を続ける一方で、パラリンピック出場という目標も持つようになります。

ただし、競技用義足を用意するには費用が必要でした。

その転機となったのが、レーシングドライバーの脇阪寿一さんとの出会いです。

レーサー脇阪寿一との出会いがパラ陸上への道を開いた

井谷選手は、レース活動の資金を集めるため、自分でスポンサー向けの企画書を作成していました。

その中には、レーサーとして活躍する目標と、パラリンピックを目指したいという希望も書かれていました。

この企画書をきっかけに、モータースポーツ界で活躍する脇阪寿一さんと出会います。

脇阪さんは、SUPER GTのGT500クラスで年間王者に輝いた実績を持つレーシングドライバーです。

井谷選手が競技用義足の費用を用意できずにいることを知ると、その購入を支援しました。

さらに、陸上競技に取り組むための環境づくりにも協力します。

トレーナーや練習場所などの支援を受け、井谷選手はパラ陸上へ本格的に進むことができました。

義足で速く走るためには、単に筋力をつけるだけでなく、義足の反発力をコントロールする技術が求められます。

井谷選手は転倒を繰り返しながら練習を重ね、短距離選手として成長していきました。

その後、競技開始から約10か月でアジアの大舞台に立つまでになります。

2018年のアジアパラ競技大会で100m金メダル

井谷選手が国際大会で大きな結果を残したのは、2018年のジャカルタ・アジアパラ競技大会でした。

男子100mで金メダルを獲得したのです。

事故で右脚を切断したのは2016年。そこからわずか2年ほどで、アジアの頂点に立ちました。

その後も国際大会への出場を重ねています。

主な競技実績

  • 2018年:ジャカルタ・アジアパラ競技大会 男子100m金メダル

  • 2023年:杭州アジアパラ競技大会 男子200m金メダル、100m銀メダル

  • 2024年:パリパラリンピック 男子200m7位

  • 2025年:ジャパンパラ陸上競技大会 男子200m優勝

  • 2026年:日本パラ陸上競技選手権大会 男子200m・走幅跳優勝

2024年のパリパラリンピックでは、男子200mの決勝に進出しました。

7位という結果を残し、パラリンピックの大舞台でも世界の選手たちと競い合いました。

そして2025年からは、これまでの短距離走に加えて走幅跳にも挑戦しています。

2025年から走幅跳に挑戦!短距離用とは異なる義足を使用

井谷選手が新しく取り組んだ走幅跳は、短距離走とは義足の使い方が大きく異なります。

短距離走では、地面を繰り返し蹴って前へ進むための性能が求められます。

一方、走幅跳では助走の最後の1歩で、地面からの力を使って体を空中へ跳び出させます。

そのため、井谷選手は走幅跳専用の義足を導入しました。

2026年3月には、新しい走幅跳用の競技義足を使って練習しています。

2種類の競技用義足の違い

  • 短距離用:走る動作と加速に適した構造

  • 走幅跳用:最後の踏み切りで力を生かすための構造

井谷選手は、2種類の義足を同じ日に履き替えるだけでも、走る感覚が変わると説明しています。

つまり、200mの練習で身につけた動きを、そのまま走幅跳で使えるわけではありません。

競技に合わせて義足を調整し、それぞれに適した体の使い方を習得する必要があります。

それでも2026年4月には5m99を記録。

さらに5月17日、名古屋のパロマ瑞穂スタジアムで開催されたジャパンパラ陸上競技大会では6m42を跳び、アジアパラ出場のための基準を突破しました。

そして6月、日本新記録の6m82を達成しました。

約2か月間で記録を大きく伸ばしたことが、走幅跳への挑戦における重要な転機となりました。

愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会は10月18日開幕

井谷選手が出場する「愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会」は、2026年10月18日から24日まで開催されます。

アジア各国・地域のパラアスリートが参加する大規模な国際大会です。

大会の基本情報

  • 大会名:愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会

  • 開会式:2026年10月18日(日)

  • 閉会式:2026年10月24日(土)

  • 大会期間:7日間

  • 実施競技:18競技

  • 実施種目:502種目(2026年7月時点)

井谷俊介選手の出場予定種目

  • 男子200m T64

  • 男子走幅跳 T64

井谷選手は、9月4日に三重県庁を訪れ、日本代表として出場することを報告しています。

三重県の公表資料でも、200mと走幅跳の2種目への出場が確認されています。

これまで得意としてきた200mと、新たに日本記録を樹立した走幅跳。

異なる2種目で金メダルを獲得することが、大きな目標です。

100校以上で子どもたちに夢と挑戦を伝えてきた

井谷選手は競技活動だけでなく、子どもたちに向けた講演会にも積極的に取り組んでいます。

これまでに100校を超える学校を訪れ、自身の経験を伝えてきました。

講演会では、交通事故で右脚を失ったことや、義足で走る楽しさに出会ったこと、目標へ向かって努力することの大切さなどを話しています。

2026年5月のジャパンパラ陸上競技大会では、講演会を通して交流していた名古屋市内の小学生たちも応援に訪れました。

その大会で、井谷選手は走幅跳6m42を記録します。

子どもたちは、応援していた選手が新しい種目で自己記録を伸ばす姿を間近で見ることができました。

井谷選手が子どもたちへ伝えているのは、過去の経験だけではありません。

現在も新しい競技に挑戦し、記録を伸ばし続ける姿そのものが、講演活動と結び付いています。

2026年の地元開催アジアパラ競技大会は、そうした活動の集大成となる舞台です。

まとめ

井谷俊介選手は、三重県大紀町出身、愛知県春日井市在住の31歳のパラ陸上選手です。

2016年、20歳で交通事故に遭い、右脚の膝から下を切断しました。

その後、競技用義足との出会いをきっかけにパラ陸上へ進み、2018年のアジアパラ競技大会で100m金メダル、2024年のパリパラリンピックでは200m7位の実績を残しました。

2025年からは走幅跳にも挑戦し、2026年6月には6m82の日本新記録を樹立しました。

10月18日から始まる愛知・名古屋アジアパラ競技大会では、200mと走幅跳の2種目で金メダルを目指します。

事故から10年を迎えた今も、新しい挑戦を続けている井谷選手。

短距離走で培った経験と、走幅跳用の義足を使いこなす新しい技術を武器に、地元愛知で2種目の頂点に挑みます。

参考リンク

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