渡辺風馬は6歳で最年少記録を作ったクライミング少年
福岡県で育った渡辺風馬さんは、幼い頃から岩場とクライミングウォールに親しみ、6歳で2級・1級・初段の日本最年少記録を作ったユースクライマーです。『所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!(スーパーキッズ)(2026年9月4日)』をきっかけに気になるのが、強さの背景にある両親と練習環境。父母とも日本代表経験者という一家の歩みから、全国優勝、スポンサー、日本代表を目指す現在まで掘り下げます。
この記事でわかること
- 渡辺風馬さんが6歳で作った最年少記録
- 父・渡辺数馬さんと母・渡邉沙亜里さんの実績
- 家族が運営するZIP ROCKと強さの背景
- 全国大会優勝、スポンサー、日本代表を目指す現在
6歳で日本最年少記録を作ったクライミング少年
渡辺風馬さんは2013年生まれ、福岡県糟屋郡粕屋町で育ったスポーツクライミング選手です。
クライミングを始めたのは5歳。まだ小学校に入ったばかりの6歳で、外岩の2級、1級、そして初段まで登り、日本最年少記録を持つ選手として紹介されています。得意としているのはボルダリングと岩登りです。
特に2020年の成長は驚くほど速いものでした。
1月6日に大分県の竜体山で2級課題「鳴閃」を完登すると、同月26日には北九州・河頭山の「ガバトラSD」で1級を完登。そして6月21日には、同じ河頭山「チキンスラブダイレクト」初段を完登しています。
単に幼い頃からジムに通っていたというだけではありません。
岩場では決められたカラフルなホールドをたどる競技とは違い、自然の岩の形を読みながら、自分の体をどう動かすか考える必要があります。幼い時期から外岩でも高いグレードを登ってきた経験は、風馬さんの大きな特徴です。
そして、この成長を語るうえで切り離せないのが両親の存在です。
父・渡辺数馬は2007年ジャパンカップ王者
風馬さんの父、渡辺数馬さんは、日本のスポーツクライミング界で長く活躍してきた元トップ選手です。
2007年12月に行われた第3回ボルダリング・ジャパンカップで優勝。その後もリード・ジャパンカップや国内選手権で上位に入り、日本代表としてワールドカップや世界選手権にも出場しました。
2009年にはワールドカップのチェコ大会で9位。国内だけでなく国際大会を経験したクライマーです。競技生活の後は、選手を育てるコーチやルートセッター、クライミングジム経営者として活動しています。
つまり風馬さんにとって父は、ただクライミングを教えてくれる親ではありません。
競技会で勝つための動き、外岩への向き合い方、体調管理、練習の組み立て方まで、トップ競技の経験を持つ指導者が家庭のすぐ近くにいる環境です。
数馬さん自身も長年キッズやユース世代の指導に携わっています。ジムのスクールだけでも長期間にわたり子どもたちを育ててきており、その経験が息子だけでなく次世代クライマーの育成につながっています。
母・渡邉沙亜里も日本代表として世界で活躍
母の渡邉沙亜里さんも競技クライマーです。
1990年京都市生まれで、日本代表として世界選手権やワールドカップへ出場してきました。
主な国際大会だけでも、2009年の世界ユース選手権、世界選手権、中国・青海大会、2010年のワールドカップ・ミュンヘン大会、2011年のベイル大会、2016年の加須・インスブルック大会、2017年の八王子大会などに出場しています。
風馬さんは、父がボルダリング・ジャパンカップ王者、母も日本代表というクライミング一家に生まれたことになります。
ただ、両親が強かったから自動的に息子も強くなった、という単純な話ではありません。
クライミングは同じ課題でも、身長、腕の長さ、柔軟性、得意な動きによって攻略法が変わります。風馬さんは5歳から競技を始め、自分の体に合うポジション取りや動きを身につけてきました。
所属するチームでも、若い年代ながらポジショニングとテクニックのバランスに優れた選手として評価されています。
両親から受け継いだ環境に加えて、自分自身の技術を磨いてきたことが現在の強さにつながっています。
両親が運営するジップロッククライミングジム
風馬さんが普段のトレーニング拠点としているのが、福岡県糟屋郡粕屋町にあるZIP ROCK(ジップロック)クライミングジムです。
父・数馬さんと母・沙亜里さんが運営しているホームジムで、住所は福岡県糟屋郡粕屋町阿恵443-2。風馬さん自身もジップロッククライミングジム/ZIPPERS CLIMBTEAMに所属しています。
ZIP ROCKは、数馬さんがプロクライマーとして国内外を経験するなかで抱いてきた「自分のクライミングジムを作りたい」という夢から生まれました。
開設時には数馬さん自身が、妻の沙亜里さんとの「2人3脚」でジムを作っていくことを記しています。トップレベルの競技経験を持つ2人が、自分たちの経験を次の世代へ還元する場所でもあるわけです。
さらに選手育成チーム「ZIPPERS」も設けられています。
特定のジムだけに閉じず、同世代のクライマー同士が刺激し合える環境を作る考えからスタートした取り組みです。
風馬さんは、こうした環境で日常的にトレーニングを積んできました。
日本代表経験を持つ両親、競技用の壁、仲間とのセッション、そして週末には外岩へ向かえる環境。幼い頃からクライミングが生活の中に自然に存在していたことは、大きな強みになっています。
全国大会優勝まで伸びたボルダリングの実力
風馬さんの実力が「幼い頃の最年少記録」だけではないことを示したのが、成長後の大会成績です。
2023年9月に開かれた第6回全国ボルダリング小学生競技大会では、小学3・4年男子のカテゴリーで優勝しました。
この大会には全カテゴリーを合わせて208人が出場。風馬さんにとって全国大会初優勝となりました。
さらに同年11月には、JMSCA公認の小学生リード大会「岸和田CANCANカップ2023」に出場。
JユースB男子で予選2ルートをともに完登して単独トップとなり、決勝でも2位に8手差をつけて優勝しました。これによって、同じ年に全国レベルのボルダリングとリードの両方で優勝しています。
ボルダリングは比較的低い壁で難しい動きを何度も試す競技、リードはロープを使って高い壁をどこまで登れるか競う種目です。
要求される能力は同じではありません。
瞬間的な判断や爆発的な動きが求められるボルダーと、長いルートを登り切る持久力やペース配分が必要なリード。この両方で結果を残していることが風馬さんの強みです。
2024年には九州ブロックの大会でも小学生5〜6年男子で優勝。そして2026年6月のU15ボルダー大阪選手権では男子2位に入っています。小学生時代の記録だけで終わらず、年代が上がってからも競技成績を残しています。
スポンサーが付く13歳世代の注目選手
風馬さんは2013年生まれで、13歳となったユース世代のクライマーです。
すでに競技活動を支援する企業やブランドとのつながりもあります。
クライミング用品ブランドのMADROCKではチームメンバーとして紹介され、チーム最年少クラスから将来を期待されてきました。
また、クライミング用チョークなどを展開するADDFRICTIONのサポートクライマーにも名を連ねています。
さらに面白い縁があるのが食品加工機械メーカーのワタナベフーマックです。
「渡辺風馬」と「ワタナベフーマック」という名前のつながりもきっかけとなり、10歳の時にスポンサー契約を締結しました。企業広告などにも登場する取り組みです。
子どもの競技選手にスポンサーが付くというのは、単に強いだけでは成り立ちません。
大会で結果を残し、将来的な成長が期待され、競技を続けていく姿そのものにも価値があるからこその支援です。
そして2026年にはU15カテゴリーへ活動の舞台が移っています。
幼い頃の「6歳で初段」という驚きの記録から、これからは同年代の強豪たちと国内トップを争う段階へ入っています。
日本代表を目指すこれからの挑戦
風馬さんが掲げている将来の目標は、はっきりしています。
「日本代表」になることです。
これは風馬さんにとって特別な言葉でもあります。
父の数馬さんは日本代表として長年ワールドカップを戦い、母の沙亜里さんも世界選手権やワールドカップへ出場しました。
次は息子が日の丸を背負う番を目指していることになります。
ただし、ユースカテゴリーに上がれば相手も急速に強くなります。
2026年6月のU15ボルダー大阪選手権では2位。全国優勝経験を持っていても、次の年代では再びトップを追いかける立場になります。
ここから面白くなる選手ともいえます。
6歳の最年少記録はすでに過去の実績です。これから問われるのは、成長して体格が変化する中で技術をどう伸ばし、国内ユースの強豪を突破し、日本代表につながる成績を残せるかという点でしょう。
父はジャパンカップ王者、母も日本代表。
そして風馬さん自身も、全国ボルダリング小学生競技大会優勝、リード大会優勝、U15大会での上位進出と、少しずつ自分自身の実績を積み上げています。
「クライミング一家の息子」から、渡辺風馬という1人の競技選手としてどこまで登っていくのか。今後の大会結果まで追いたくなるユースクライマーです。


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