ろう者・難聴者が「自分でがん情報を得られる」仕組みづくり
2026年10月7日放送のNHK Eテレ「ハートネットTV #ろうなん『ろう者・難聴者とがん』」では、がんの症状や治療に関する情報を手話で届ける動画制作や、診察・入院時のコミュニケーションを改善する取り組みが紹介されます。出演するのが、国立がん研究センターがん対策研究所の八巻知香子さんと中島明子さんです。
八巻さんが研究代表者を務める研究班では、「手話版 がんの冊子『大腸がん』」をはじめ、肺がん、がん検診などを手話動画で伝える資料を公開しています。医療情報を単に文章で用意するだけではなく、情報を受け取る人に合った形へ変えて届ける取り組みです。
この記事でわかること
- 八巻知香子さんが進める障害のあるがん患者支援
- 無料で見られる手話版「大腸がん」「肺がん」「がん検診」
- ろう・難聴者の診察時に医療機関へ求められる配慮
- 中島明子さんら「がんば聾」が医療者研修へ参加してきた取り組み
手話版「大腸がん」は検査・治療・療養まで動画で確認できる
研究班が公開している代表的な資料が「手話版 がんの冊子『大腸がん』」です。
内容は「目次・がん診療の流れ」から始まり、
- がんと言われたときの心の変化
- 大腸がんの基礎知識
- 検査
- 治療
- 療養
まで、がんと診断された人が知りたい流れに沿って分けられています。治療については複数の動画に分割されているため、必要な部分を選んで確認できます。
元になっているのは国立がん研究センター「がん情報サービス」の冊子「大腸がん」第4版です。
なお、冊子本体は2022年12月に第5版へ更新されています。研究班のページにもその点が明記されているため、手話動画を利用する際は、現在の最新情報とあわせて確認することが大切です。
2026年には「手話版 わかりやすい がん検診」も公開
手話による情報提供は大腸がんだけではありません。
研究班の成果物ページには、「手話版 わかりやすい 肺がん」も公開されています。
肺がんとは何か、検査、医師との治療相談、治療、治療後の生活までを、それぞれ手話動画で確認できます。
さらに2026年8月28日には、「手話版 わかりやすい がん検診」が新たに公開されました。
内容には、
- がん検診とは何か
- 日本のがん検診の仕組み
- 肺がん検診
- 大腸がん検診
- 胃がん検診
- 子宮頸がん検診
- 乳がん検診
- 検診結果が出た後にどうするか
などが含まれています。
治療を始めた後だけでなく、「検診を受ける」という入口から情報へのアクセスを整えようとしている点が特徴です。
八巻知香子は障害のある患者が適切ながん医療を受けられる仕組みを研究
この取り組みを率いている八巻知香子さんは、国立がん研究センターがん対策研究所「がん情報提供部」の部長です。患者市民連携推進室長も兼任しています。
八巻さんが研究代表者を務めるのが、厚生労働科学研究費補助金による「がん罹患前より障害があるがん患者に対する医療機関における適切な医療・支援の実装に資する研究」です。
研究が目指しているのは、障害のある人ががんになったときにも、必要な情報と医療へアクセスできる環境を全国のがん診療連携拠点病院などへ広げることです。
大きく分けると、
- 医療機関で必要となる合理的配慮を明らかにする
- コミュニケーション支援ツールを継続的に提供する
- 医療者向け資料や研修プログラムを地域へ普及させる
という3つの方向から取り組んでいます。
手話動画を作ることだけが目的ではなく、病院側の対応まで含めて変えていく研究です。
病院向けに「ろう・難聴者の方が来院されたら」も公開
患者側へ情報を届けるだけでは、診察時のコミュニケーション問題は解決しません。
そこで研究班では、医療従事者向けの「ろう・難聴者(聴覚障害者)の方が病院に来院されたら」というサポートガイドも公開しています。
ろう者・難聴者といっても、必要なコミュニケーション方法は一人ひとり異なります。
手話を使う人もいれば、文字によるやり取りを利用する人もいます。聞こえ方や情報を受け取る方法を最初から一つに決めつけず、本人に確認しながら環境を整えることが重要になります。
研究班では医療者が知識を得るだけでなく、当事者や家族、福祉関係者と一緒に考える研修も行っています。
2026年3月4日に開かれた研修では、がん検診機関、がん相談支援センター、病院職員、福祉関係者、障害のある当事者や家族が参加対象となり、「医療現場における合理的配慮」などについて学びました。
中島明子ら「がんば聾」も医療者向け研修に参加
10月7日の「ハートネットTV」には、中島明子さんも出演します。
中島さんは、国立がん研究センターが実施した「障害のある患者さんへの対応」研修に、ろう者のがん患者会「がんば聾」のメンバーとして参加してきました。
2024年度の研修では、聴覚障害についてギャローデット大学の皆川愛さんが講師を担当し、「がんば聾」から皆川明子さん、依田寿美さん、中島明子さんが参加しています。
ここで大切なのは、医療者側だけで「必要な支援」を決めないことです。
実際に病院を利用する当事者の経験が入ることで、受付、診察、検査、入院、治療説明など、それぞれの場面で何が壁になるのかを具体的に考えることができます。
がんという重大な病気だからこそ、「説明した」ことと「本人が十分に理解できた」ことを同じにしない仕組みが求められます。
手話への翻訳は日本語を置き換えるだけではない
医療情報の手話化には、もう一つ重要なポイントがあります。
専門的な文章を日本語から手話へ単純に置き換えれば完成するわけではありません。
がん冊子の手話動画制作については、皆川愛さん、高嶋由布子さん、八巻知香子さんらによる研究も発表されています。そこでは、医学情報を視覚的な言語で伝える際、動作の大きさや表現によって病変のイメージが実際以上に大きく伝わるなど、誤解や不安を生む可能性にも注意しながら翻訳する必要性が示されています。
医学的に正確であることと、ろう者に理解しやすいこと。
両方を満たすには、医学の知識だけでも、手話の知識だけでも足りません。当事者、手話に詳しい専門家、医療関係者が一緒に作る意味がここにあります。
実用情報
現在、研究班の「障害のあるがん患者支援」サイトから、誰でも手話動画や支援資料を確認できます。
公開されている主な手話資料は、
- 手話版 がんの冊子「大腸がん」
- 手話版「わかりやすい 肺がん」
- 手話版「わかりやすい がん検診」
- 手話版「糖尿病」
- 新型コロナウイルス関連の手話版情報
などです。
医療従事者向けには「ろう・難聴者(聴覚障害者)の方が病院に来院されたら」などのサポートガイドも用意されています。
がんについて具体的な症状や治療方針を判断する資料ではなく、信頼できる情報を理解するための入口として活用し、個別の診断や治療については担当医やがん相談支援センターなどへ相談することが大切です。
まとめ
ろう者・難聴者にとってのがん医療の課題は、単純に「音が聞こえにくい」ことだけではありません。
がんと告げられた後、病気のことを自分で調べる、検査内容を理解する、治療法について医師と相談する、入院中の説明を受ける――その一つ一つに情報とコミュニケーションが必要です。
八巻知香子さんが代表を務める研究班では、手話版「大腸がん」「肺がん」「がん検診」などを公開するとともに、医療機関向けの支援ガイドや研修も進めています。
さらに、中島明子さんら当事者が医療者研修へ参加することで、支援する側だけでは見えにくい困りごとを医療現場へ届けています。
「情報が存在する」だけではなく、「本人が使える言語と方法で受け取れる」。
10月7日の「ハートネットTV」が扱うのは、その違いが安心してがん医療を受けられる環境につながるというテーマです。
参考リンク
・障害のあるがん患者支援・研究概要
・手話版「大腸がん」「肺がん」「がん検診」などの公開資料
・国立がん研究センター「障害のある患者さんへの対応」研修


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