- 大山晃司さんが口で弓を引くパラアーチェリーの技術と、事故から日本代表になるまでの歩み
- 大山晃司さんは35歳のパラアーチェリー日本代表|現在の所属はパーク24
- 50メートル先の的を口で狙う|大山晃司さんの射法
- 大学3年生の体操練習中に頸椎損傷|人生を変えた2012年の事故
- 警察官への夢を支えに約2年半のリハビリ
- 車いすラグビーや水泳を経てアーチェリーと出会う
- ベテラン選手の助けを受けて口で引く道具を開発
- 2017年に全国大会初出場で優勝|勝因は風を読む力
- 東京パラリンピック6位から杭州アジアパラ4位へ
- 昼はフルタイム勤務、夜は練習|仕事と競技を両立する毎日
- 口で弓を引き続けることの負担と、長く競技を続けるための課題
- 2026年アジアパラ競技大会の日程と会場|男子W1は10月22日に決勝
- 亡き憧れの選手への思いを胸に臨む地元開催の大会
- まとめ
- 関連
大山晃司さんが口で弓を引くパラアーチェリーの技術と、事故から日本代表になるまでの歩み
2026年10月22日放送の中京テレビ『アジアパラ超応援LIVE~これ見りゃ必ず熱くなる!~』では、口で弓を引いて50メートル先の的を狙うパラアーチェリー日本代表、大山晃司(おおやま・こうじ)さんが特集されます。
大山さんは大学3年生のとき、体操の練習中に首から地面へ落下し、頸椎を損傷しました。一時は首から下の感覚を失いながらも、約2年半のリハビリを経て警視庁に入り、その後パラアーチェリーと出会いました。
2017年には初出場の全国大会で優勝。東京パラリンピックにも出場し、2023年の杭州アジアパラ競技大会では男子W1クラスで4位に入りました。
現在はパーク24株式会社に所属。日本で初めて開催される愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会で、悲願のメダルを目指します。
この記事でわかること
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大山晃司さんの年齢・出身地・所属先と日本代表としての実績
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大学時代の頸椎損傷から警視庁への入庁、競技との出会い
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口で弓を引く独自の射法と、50メートル先の的を狙う技術
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アジアパラ4位から再挑戦する2026年大会の競技日程と会場
大山晃司さんは35歳のパラアーチェリー日本代表|現在の所属はパーク24
公式動画:中京テレビ「愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会 大山選手ver」
大山晃司さんは、千葉県松戸市出身のパラアーチェリー選手です。
1991年10月21日生まれで、2026年10月22日の放送時点では35歳。愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会の男子W1クラス日本代表に選ばれています。
以前は警視庁に所属していましたが、2026年9月1日付で競技上の所属先が変更され、現在はパーク24株式会社の所属選手です。
大山晃司さんのプロフィール
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名前:大山晃司(おおやま・こうじ)
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生年月日:1991年10月21日
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年齢:35歳(2026年10月22日時点)
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出身地:千葉県松戸市
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出身高校:専修大学松戸高等学校
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出身大学:専修大学
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競技:パラアーチェリー
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出場クラス:男子W1
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現在の所属:パーク24株式会社
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以前の所属:警視庁
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主な実績:東京2020パラリンピック男子個人6位、杭州2022アジアパラ競技大会男子W1・4位
大山さんの最大の特徴は、一般的なアーチェリー選手のように両腕で弓を引くのではなく、口の力を利用して弦を引くことです。
右腕に十分な力が入らないという身体的な条件に合わせ、道具を工夫しながら独自の射法を磨いてきました。
その技術によって、世界のトップ選手と争う日本代表へと成長しています。
50メートル先の的を口で狙う|大山晃司さんの射法
パラアーチェリーには、障害の種類や程度に応じた競技クラスがあります。
大山さんが出場するW1は、腕や体幹などに障害のある選手を対象としたクラスです。
競技では、50メートル先に設置された的を狙って矢を放ちます。
大山さんは頸椎損傷の影響で、右腕を十分に上げることができません。そのため、通常の方法で弓を引くことが難しい状態です。
そこで取り入れたのが、口で弓を引く射法でした。
口でくわえるための専用の部品を使い、弓の弦を引いて矢を放ちます。
この方法では、上半身の安定、狙いを定める姿勢、弦を引く動作などを細かく調整しなければなりません。
しかも、的までは50メートルあります。
わずかな姿勢の変化や風の影響も、矢の着地点に関わってきます。
大山さんの射法は、腕の代わりに口を使うという単純な置き換えではありません。
身体の動かせる部分を生かし、専用の道具と繰り返しの練習によって完成度を高めてきた技術なのです。
大学3年生の体操練習中に頸椎損傷|人生を変えた2012年の事故
大山さんは、高校時代までサッカーに取り組んでいました。
大学に入ってからは体操を始め、新しい技にも挑戦するようになります。
しかし、2012年、大学3年生のときに大きな事故が起こりました。
体操の練習中、新しい技を試した際にバランスを崩し、首から地面へ落下してしまったのです。
この事故によって頸椎を損傷しました。
直後は首から下の感覚がなくなり、自分の身体を思うように動かすことができない状態でした。
それまでスポーツに親しんできた大山さんにとって、突然の出来事でした。
当時は絶望感から気力も湧かなかったことを、後のインタビューで明かしています。
大きな転機になったのは、医師との話し合いでした。
リハビリによって身体の機能が回復する余地があると聞き、大山さんは再び前を向くようになります。
そのとき心の支えとなったのが、中学生の頃から抱いていた将来の夢でした。
警察官への夢を支えに約2年半のリハビリ
大山さんには、中学生の頃から警察官になりたいという夢がありました。
頸椎損傷という大きな事故に遭っても、その夢を諦めず、回復へ向けてリハビリを続けることを決めます。
リハビリの期間は約2年半に及びました。
最初から自由に身体を動かせたわけではありません。少しずつ身体の機能を取り戻しながら、地道な訓練を積み重ねました。
その努力を経て、2015年に警視庁へ入庁しています。
警視庁では職員として事務の仕事に携わり、社会人として働く生活が始まりました。
事故以前に思い描いていた将来と、実際の仕事の形は異なりましたが、警察という組織で働く道を実現したのです。
ただ、大山さんにとって身体を動かすことへの関心は失われていませんでした。
リハビリを兼ねてさまざまな競技に挑戦する中で、次第に新しいスポーツとの出会いを求めるようになります。
車いすラグビーや水泳を経てアーチェリーと出会う
大山さんは、事故後のリハビリとして車いすラグビーや水泳などに挑戦していました。
しかし、身体の状態や自分の特性に合う競技を見つけることは簡単ではありませんでした。
そんな中、友人と一緒に東京都内の障害者スポーツセンターを見学します。
そこで目にしたのが、車いすに乗りながら弓を引くアーチェリー選手の姿でした。
この競技なら自分にもできると感じた大山さんは、さらに方法を知るため、インターネットでパラアーチェリーの動画を探しました。
すると、片腕のない選手が口で弓を引いたり、両腕のない選手が足を使って弓を引いたりする映像を発見します。
アーチェリーは、必ずしも両腕を一般的な方法で使わなければできない競技ではありませんでした。
自分の身体の状態に合わせて道具や射法を工夫できることを知り、競技を始める決意につながります。
こうして、警視庁で働きながらパラアーチェリーに取り組む生活が始まりました。
ベテラン選手の助けを受けて口で引く道具を開発
競技を始めた大山さんにとって、最初の課題は道具でした。
通常のアーチェリー用品を、そのまま自分の身体の状態に合わせて使うことはできません。
そこで助けになったのが、障害者スポーツセンターで出会ったベテラン選手たちです。
先輩選手は大山さんに弓具を貸し、口で弓を引くための専用部品も作ってくれました。
さらに、代表経験のある選手や、ほかの競技に取り組むアスリートからも助言を受けます。
大山さんは、初めて矢を放つことができた喜びをきっかけに、練習を重ねていきました。
一度矢を放てるようになるだけでは、競技会で勝てるわけではありません。
毎回同じ動作で弓を引き、的の中心を狙うには、身体の動きと道具の調整を繰り返す必要があります。
大山さんの技術は、本人の努力だけでなく、周囲の選手たちとの交流によっても育てられてきたのです。
2017年に全国大会初出場で優勝|勝因は風を読む力
大山さんが大きな結果を残したのは2017年9月でした。
初めて出場した障害者アーチェリー全国大会で、男子W1クラスの優勝を果たしたのです。
当時のW1クラスには、日本代表経験者やパラリンピック出場経験者も参加していました。
競技を始めて間もない大山さんは、優勝を予想していませんでした。
大会当日は風が強く、矢を正確に飛ばすには風向きや風の強さへの対応が必要でした。
経験豊富な選手たちが風を読んで射る姿を見ながら、大山さんも1射ずつ対応を考えます。
その判断がうまくかみ合い、全国大会初出場での優勝につながりました。
この結果は、大山さんにとって大きな自信となります。
自分にも全国の強豪選手と競い合う力がある。
その手応えが、さらに大きな国際大会へ挑戦するきっかけになりました。
東京パラリンピック6位から杭州アジアパラ4位へ
全国大会で優勝した後、大山さんは国際大会でも経験を積んでいきます。
2018年にはインドネシアで開催されたアジアパラ競技大会に出場し、男子W1クラスで7位となりました。
そして、2021年開催の東京2020パラリンピックにも日本代表として出場しました。
大山晃司さんの主な国際大会成績
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2018年:インドネシア・アジアパラ競技大会 男子W1・7位
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2021年:東京2020パラリンピック 男子個人・6位
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2021年:東京2020パラリンピック 混合団体・6位
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2023年:杭州2022アジアパラ競技大会 男子W1・4位
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2025年:光州世界パラアーチェリー選手権 男子W1・17位
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2026年:愛知・名古屋アジアパラ競技大会 男子W1日本代表
特に大きな節目となったのが、2023年に中国・杭州で開催されたアジアパラ競技大会です。
大山さんは男子W1クラスで4位となりました。
メダルまであと一歩という結果でした。
世界の強豪と戦える力を示した一方、表彰台には届きませんでした。
その悔しさを胸に迎えるのが、2026年の愛知・名古屋大会です。
今回は日本で初めて開催されるアジアパラ競技大会という特別な舞台になります。
昼はフルタイム勤務、夜は練習|仕事と競技を両立する毎日
大山さんは、競技だけに専念してきたわけではありません。
警視庁に所属していた時期には、平日は仕事をこなし、勤務が終わると練習場へ向かっていました。
週末も練習や大会への出場に使う生活でした。
大山さん自身、過去のインタビューで、仕事があるからこそアーチェリーを続けられるという考えを語っています。
その生活を支えたのは、職場の人たちの協力でもありました。
重い物を持つ作業を手伝ってもらったり、残業が長くならないよう配慮を受けたりしながら、仕事と競技を両立してきました。
2026年10月22日の番組でも、フルタイム勤務と練習に取り組む日常が重要なテーマとして扱われます。
大山さんは2026年9月1日からパーク24所属となっています。
日本代表という華やかな舞台の裏側には、働く時間と練習時間を調整しながら競技を続ける日々があります。
口で弓を引き続けることの負担と、長く競技を続けるための課題
大山さんの射法には、もう1つ大きな課題があります。
それは、口で弓を引くことによる歯や顎への負担です。
通常のアーチェリーとは異なり、弦を引く動作の一部を口で支えるため、繰り返し練習すると身体への負担が蓄積します。
大山さんも過去のインタビューで、長く競技を続けるためには、将来的に別の射法を検討する必要があると語っています。
海外には、肩に装具を取り付け、わずかに動かせる手でスイッチを操作する選手や、顎を使って矢を放つ選手もいます。
こうした技術は、身体への負担を軽減しながら競技生活を続けるための選択肢となります。
ただし、大山さんが現在どの射法を採用しているかについては、競技映像や本人の説明に基づいて確認する必要があります。
競技を続けるには、的を射抜く技術だけでなく、自分の身体を守りながら練習できる方法を考えることも重要なのです。
2026年アジアパラ競技大会の日程と会場|男子W1は10月22日に決勝
愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会は、2026年10月18日から24日まで開催されます。
パラアーチェリー競技の会場は、愛知県岡崎市にある岡崎中央総合公園です。
大山さんが出場する男子W1クラスでは、10月22日に3位決定戦と決勝が予定されています。
アジアパラ競技大会・パラアーチェリー概要
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大会名:第5回アジアパラ競技大会
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開催期間:2026年10月18日~24日
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アーチェリー競技期間:10月19日~24日
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会場:岡崎中央総合公園
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所在地:愛知県岡崎市
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大山晃司さんの出場種目:男子W1
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男子W1の3位決定戦・決勝予定日:10月22日
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当日の決勝競技時間帯:午前9時~11時40分の予定
中京テレビの特別番組は、10月22日午前10時25分から11時22分まで放送されます。
番組では、超応援団長の西川貴教さんと高橋成美さんが、大会の熱戦や選手たちの舞台裏を伝えます。
中京テレビはTVerでの特別番組の生配信とアーカイブ配信も案内しています。
なお、放送開始時点の競技の進行状況によって、紹介される試合の内容や中継の構成は変わります。
亡き憧れの選手への思いを胸に臨む地元開催の大会
10月22日の番組では、大山さんが胸に秘める、今は亡き憧れの選手への思いも取り上げられます。
大山さんは競技を始めた頃から、ベテラン選手たちに弓具を貸してもらい、練習方法について助言を受けてきました。
口で弓を引くための道具を作ってくれた選手もいました。
さまざまな人の支えによって技術を磨き、全国大会優勝、パラリンピック出場、アジアパラ4位という実績を積み重ねてきたのです。
2026年大会は、日本で初めて開催されるアジアパラ競技大会です。
自国開催の舞台で、2023年に届かなかったメダルを目指すことになります。
首の大けがでスポーツを続けることが難しくなった大学生が、約2年半のリハビリを経て仕事に復帰し、自分の身体に合った競技を見つけ、日本代表として世界の舞台に立つ。
大山晃司さんの歩みには、競技成績だけでは語りきれない時間が積み重なっています。
まとめ
大山晃司さんは、1991年生まれ、千葉県松戸市出身のパラアーチェリー日本代表です。
大学3年生で頸椎を損傷し、一時は首から下の感覚を失いましたが、約2年半のリハビリを経て警視庁に入りました。
その後、障害者スポーツセンターでアーチェリーに出会い、口で弓を引く独自の射法を習得。2017年の全国大会で初出場優勝を果たし、東京パラリンピックでは男子個人6位、2023年杭州アジアパラでは4位の成績を残しています。
現在はパーク24株式会社に所属し、2026年の愛知・名古屋アジアパラ競技大会に出場します。
50メートル先の的を狙う技術だけでなく、事故からの再起、仕事との両立、そして競技を支えてくれた人々とのつながりも、大山さんの大きな物語です。
参考リンク


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