62年磨き続けた「食べられる工芸」、谷崎文正さんの和菓子技術
『頂点サマ(衝撃神業10連発&伝説の海女・秘境のチーズ職人に2泊3日見習いSP)(2026年9月3日)』に登場する谷崎文正さんは、77歳の今も第一線に立つ和菓子職人です。15歳ごろから菓子の世界に入り、その道は62年。特に目を引くのが、花や植物などを和菓子の材料だけで本物のように作り込む「工芸菓子」です。黄綬褒章を受章するほど磨き抜かれた技術と、普通の和菓子作りとは違う工芸菓子の難しさを掘り下げます。
この記事でわかること
- 谷崎文正さんがどんな和菓子職人なのか
- 62年間続けてきた工芸菓子の技術
- 黄綬褒章を受章することの意味
- あんこだけで駅弁を再現できる理由
谷崎文正さんは77歳現役、和菓子一筋62年の職人

(出典:逸品和菓子 大野屋「工芸菓子の世界」)
谷崎文正さんは、77歳になった2026年も現役で仕事を続ける和菓子職人です。
和菓子の世界に携わって62年。年齢と経験年数から考えると、15歳ごろから菓子作りに向き合ってきたことになります。
ただ長く和菓子を作ってきたというだけではありません。
谷崎さんが高く評価されている分野の1つが、工芸菓子です。
工芸菓子とは、砂糖やあんなど菓子の材料を使いながら、花、葉、鳥、風景などを立体的に表現する作品です。
日本菓子協会東和会は、工芸菓子について、洗練された技術だけでなく幅広い知識や集中力が求められ、「一朝一夕に修得できる技術ではない」としています。
普通の上生菓子が手のひらほどの大きさなのに対し、工芸菓子には大きな作品もあります。
谷崎さんの場合、あんこを使った巨大作品から、本物と見間違えるほど細かな花びらまで作り分ける技術が大きな特徴です。
工芸菓子は「味」だけでは評価できない和菓子技術の最高峰
一般的な和菓子なら、おいしさや食感がまず気になります。
工芸菓子は少し違います。
「菓子」という材料を使いながら、
- 花びらの薄さ
- 葉の形
- 色の濃淡
- 枝や茎のバランス
- 全体の構図
- 立体物としての強度
まで考えなければなりません。
日本菓子協会東和会も、工芸菓子を**「和菓子技術の最高峰」**と位置付けています。技術者の腕を高めるだけでなく、和菓子文化を次世代へ残すためにも重要な分野とされています。
大きな作品になれば、単にあんを細工できるだけでは完成しません。
細い茎の上に花を付けても倒れないようにする。
離れて見たときにも自然に見えるよう全体を配置する。
近くで見ても花びらや葉に違和感が出ないよう仕上げる。
和菓子職人でありながら、彫刻家や造形作家に近い感覚まで必要になる仕事です。
62年という時間が、そのまま細工の精度に表れる世界だと考えると、谷崎さんの技術の重みが分かります。
黄綬褒章は「長く働いた」だけでもらえるものではない
谷崎さんの経歴で大きいのが、黄綬褒章の受章です。
黄綬褒章について内閣府は、農業・商業・工業などの仕事に長年励み、ほかの人の模範となるような技術や実績を持つ人を対象とすると説明しています。
つまり、単純に勤続年数が長ければ受章できるものではありません。
その仕事で培った技能や実績が高い水準にあり、同じ仕事をする人たちの模範となることが求められます。
和菓子一筋62年という数字もすごいのですが、それ以上に重要なのは、その62年間で磨いてきた技能そのものが評価対象になるという点です。
77歳になっても作品を作り続けていることを合わせて考えると、「過去の実績で知られる元職人」ではなく、今も手を動かしている現役の技能者であることが谷崎さんの大きな特徴です。
花びら1枚を本物に見せるには「薄さ」だけでは足りない
工芸菓子で花を作るとき、薄く伸ばせば本物らしくなるわけではありません。
自然の花びらをよく見ると、中心部と先端では厚さが違います。
色も1色ではなく、中心から外側へ少しずつ変化しています。
さらに花びらはすべて同じ角度に開いているわけでもありません。
そのため本物らしく見せるには、
形・厚み・曲がり方・重なり・色・配置
を同時に考える必要があります。
工芸菓子では自然界の質感そのものを表現する技法も研究されており、日本菓子協会東和会では、石や木など異なる素材感を菓子で表現するための講習も行われています。
谷崎さんが「本物と見紛う」と紹介される花びらを作れる背景には、単なる手先の器用さではなく、自然物を観察して菓子へ置き換える力があります。
「全部あんこの駅弁」は62年の技術を逆方向に使う挑戦
谷崎さんが挑むのが、本物そっくりの駅弁を和菓子で作るというものです。
しかも中心となる材料はあんこです。
この挑戦が面白いのは、普段の工芸菓子とは少し方向が違うところです。
工芸菓子では花や植物など、「きれいなもの」を美しく表現することが多くあります。
駅弁なら再現しなければならないのは、
ご飯、焼き魚、肉、煮物、漬物など、まったく質感の違う食べ物です。
白いあんを米粒らしく見せる。
焼いた料理なら焦げ目を表現する。
煮物なら水分を含んだようなツヤを出す。
同じ「あん」という素材から、全く違うものに見えるよう質感を変えなければなりません。
花びらを作る繊細な技術と、巨大な工芸菓子を組み立てる造形力。その両方を持つ谷崎さんだからこそ成立する題材です。
工芸菓子は商品として売る和菓子とは目的が違う
「これだけすごいなら買って食べてみたい」と思いますが、工芸菓子と店頭で販売される和菓子は目的が異なります。
工芸菓子は職人の技能を示す作品として、品評会や展示会などで制作されることが多い分野です。
全国菓子大博覧会にも工芸菓子部門があり、2025年開催の第28回大会でも最高賞となる名誉総裁賞が設けられています。
つまり工芸菓子には、
「食べておいしい」
だけではなく、
「和菓子という素材をどこまで操れるか」
という技能競技に近い側面があります。
だからこそ巨大な植物や細かな花、鳥など、普通の商品としてはまず作らない題材にも挑戦します。
谷崎さんの駅弁作りも同じです。
実際に弁当として販売するためではなく、62年間で身につけた和菓子の技術を使えば、あんこをどこまで別の物に見せられるのかという職人技そのものが見どころになります。
77歳でも現役という事実が、いちばん分かりやすく技術の深さを物語る
工芸菓子には「これを覚えれば完成」というゴールがありません。
形が作れても、より薄くできる。
花が作れても、もっと自然な色にできる。
大きな作品を完成できても、さらに繊細な表現に挑戦できる。
日本菓子協会東和会が工芸菓子を「一朝一夕に修得できない」と表現しているのも、技術の積み重ねそのものが作品へ表れるからです。
15歳ごろから77歳まで約62年間。
その長さだけでも驚きますが、谷崎文正さんのすごさは、過去に技術を極めて引退したのではなく、77歳になっても新しい題材に挑戦しているところにあります。
あんこから花を作る。
巨大な作品を組み立てる。
そして今度は駅弁まで作る。
同じ材料を62年間扱い続けても、まだ違う表現ができる。
谷崎文正さんの工芸菓子は、和菓子が「食べ物」であると同時に、日本のものづくり文化でもあることを分かりやすく見せてくれる仕事です。


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