【NNNドキュメント’25】シベリア抑留を描き継ぐ画家・千田豊実さんの祈り|2025年6月9日放送

NNNドキュメント

つなぐ絵筆 祖父と孫娘のシベリア

2025年6月9日(月)深夜0時55分から日本テレビ系列で放送された『NNNドキュメント’25』では、「つなぐ絵筆 祖父と孫娘のシベリア」と題し、シベリア抑留の記憶を絵画で語り継ぐ画家・千田豊実さんの姿に迫りました。祖父・川田一一(かずいち)さんが体験したシベリア抑留。その過酷な記憶を一一さんは絵に描き続け、亡くなった後、その思いを受け継いだ孫・千田さんが、今もなお平和を願って筆をとり続けています。番組では、その“記憶をつなぐ”活動と、世代を超えた思いが丁寧に描かれました。

川田一一さんが描いた“語らぬ記憶”

香川県さぬき市に住んでいた川田一一さんは、終戦後シベリアに抑留された元軍属です。旧満州で武装解除された後、ソ連軍によりシベリアへと連行され、1945年から約3年間、炭坑での強制労働を強いられました。極寒の地での作業、すし詰めの貨車移送、粗末な食事、体調不良、仲間の死。抑留された57万人のうち約5万5000人が命を落としたと言われる中、一一さんも生還したものの、身体にも心にも深い傷を残しました。

日本に戻ったのは1948年12月。ようやく祖国の地を踏んだものの、当時の社会では「抑留者は共産主義に染まった」と偏見を持たれていました。帰国後もその体験を誰にも語ることなく生きてきた一一さんは、中学生だった孫の豊実さんが絵を始める際、自らも一緒に絵筆を手に取ります。そこから、封じ込めていた記憶をキャンバスにぶつけるように、シベリア抑留の記憶を絵に描き始めたのです。

描かれたのは、極寒の収容所、炭坑での強制労働、飯盒の中のじゃがいも、仲間の死、祖国への思いなど、重く深いテーマ。しかし、一一さんの絵にはどれも「鎮魂」の祈りが込められていました。絵の中で祖国に帰らせてあげたい、そんな願いが強くにじんでいました。2012年、肺を患って87歳で他界した一一さんは、約30点の絵を遺しました。

千田豊実さんが受け継ぐ祖父の絵筆

画家・千田豊実さんは、東京の美大を卒業後ドイツ・ベルリンで活動した経験を持ちます。2009年に香川に拠点を移してからは、祖父の絵と向き合う日々が始まりました。かつて一緒に並んでキャンバスに向かっていた日々、画材を買いに行った記憶。祖父が描いた「語らなかった戦争」の記録は、千田さんにとっても大きな意味を持っていました。

2009年以降、「私のシベリア 私の祖父」という二人展を数回開催。戦後70年となった2015年には、祖父の体験と向き合うように、自身も新作「シベリアで眠る人々」を制作しました。祖父の体験をなぞるのではなく、自分の表現として戦争を描くという挑戦。絵には、シベリアの深い森の中で眠る亡き人々の姿、悲しみや無念が込められており、鑑賞者の心に静かに響くものでした。

昨年10月には、祖父が使っていた絵筆を12年ぶりに手に取り、新たな作品作りに着手。しかしその背後には「自分は経験していないのに描いてもよいのか」という葛藤がありました。

祖父の帰還地・舞鶴を訪れた理由

その思いに向き合うために、千田さんは2025年4月、京都府舞鶴市を訪れました。舞鶴は祖父が77年前に帰還した港であり、全国の引き揚げ者たちにとっての希望の地でもあります。舞鶴引揚記念館を訪問し、語り部・仲井壽さんに悩みを打ち明けた千田さん。仲井さんは、「描いてよいのかという問いは日本人の視点。シベリアに眠る人々は“忘れないでほしい”と願っているのでは」と語ります。

その言葉に背中を押された千田さんは、帰宅後、新たな作品に向き合い始めます。経験していないからこそ、描く責任があるという想い。祖父の筆を継ぐということは、単に「絵を描くこと」ではなく、「記憶と向き合い、語り継ぐこと」なのだと気づかされます。

「つなぐ絵筆」に込められた思い

祖父・川田一一さんが描いたのは、個人の体験でありながら、戦争の悲惨さと平和の願いを伝える証言でした。その記憶を、孫の千田豊実さんは**「つなぐ絵筆」として次の世代へ引き継ごうとしています。**これは家族の物語であると同時に、現代の私たちにとって大切な「戦争を風化させないための問いかけ」です。

番組では、アトリエで資料と向き合いながら筆を運ぶ千田さんの姿、祖父の言葉を思い返す場面、展覧会での様子が静かに映し出されました。激しい言葉や演出はありません。ただ、静かな映像と語りを通して、見る人に深く訴える構成でした。

今、戦争を直接知らない世代が増えるなかで、「記憶をどうつなぐか」は社会全体の課題です。その中で、千田さんの活動は、絵という方法で確かに“忘れない”という意思を形にしていました。

これからも千田さんは祖父の遺した絵筆とともに、描き続けていくはずです。そしてその絵を通して、見る人の心に静かに問いかけ続けていくでしょう。祖父と孫の絆が生んだ「つなぐ絵筆」は、過去と現在をつなぐ大切な架け橋となっています。

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